ツイッターで「デュエル」についてちょっと触れましたが、代表監督が発する目新しい(あるいはまだ定着していない)横文字言葉をキーワードとして取り上げ、その意味するところをめぐってあれこれ議論するというのは、日本のサッカー論壇の特徴のひとつです。ザッケローニの時には「インテンシティ」でした。このテキストも、このキーワードをめぐって立てられた特集に寄稿したものです。いちおう定義から入っています。

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日本のサッカー・ボキャブラリーにおいて、「インテンシティ」という言葉は「プレー強度」と訳されることが多いようだ。大ざっぱに言い切ってしまえば、一定の時間とスペース内におけるプレーの凝縮度、となるだろうか。その度合いは、試合のリズム、プレーのスピード、プレッシャーの厳しさなどから見て取ることができる。

単なる印象論に過ぎないことを承知でいえば、イタリアサッカー、より具体的にはセリエAで行われている試合のインテンシティは、総じてそれほど高いとは言えない。ただ、これは筆者個人の印象であるだけでなく、一般的にもそのように考えられていることは確かだ。

ハイテンポの試合運びを90分間続けようとするチーム、コンパクトな陣形を高く押し上げて前線からアグレッシブなプレッシングを敢行するチーム、ボールのラインより前に4人、5人と選手を送り込んで分厚い攻撃を見せるチームは、セリエAでは多数派とは言えない。

どちらかと言えば、7人、8人による守備ブロックを低い位置に形成して相手の攻撃を待ち、人数をかけない逆襲速攻を狙うチーム、相手が引いているにもかかわらず攻撃のリズムを上げず、前線に配したタレントがその個人能力で試合を解決してくれるのを待つチームの方が目立つ。同点で後半半ばを過ぎると双方ともに引き分けで上等といわんばかりに守りに入り、何も起こらないまま終わる試合も少なくない。

その大きな背景にあるとしばしば指摘されるのが、イタリアにきわめて広く、そして深く根付いている結果至上主義だ。

実のところ、この「結果」という言葉はかなりの曲者である。カルチョの世界において、この言葉は必ずしも「勝利」を意味しない。イタリア語で “fare risultato” (直訳すると「結果を作る make result」)と言った時には、勝ちだけでなく引き分けも「結果」のうちに含まれるのだ。つまるところ、「勝つこと」以上に「負けないこと」を重視するという、いつもおなじみ「カテナチオ的メンタリティ」である。

リスクを冒して勝ちに行くよりは、リスクを最小限に抑えて負ける可能性を減らす方を選ぶというのが、この国の多くの監督に共通する振る舞いだ。なぜそうなるのかについては、拙稿『「カテナッチョ」と「カテナチオ」』においてじっくり考察したので、ここで繰り返すことはしない。

ただ、「インテンシティ」というテーマにつながる文脈で言えば、インテンシティの高いスタイル、すなわち攻守両局面に人数をかけるアクティブでアグレッシブなサッカーよりも、攻守分業志向が強いパッシブでリアクティブなサッカーの方が、「負けにくい」と考えられていることは注記しておく必要があるだろう。

「セリエAにスペクタクルがない?それは、誰もそんなことを要求しないからだ。人々が求めているのは勝利だけだ。スペクタクルという観点から見ればイタリアサッカーは明らかに遅れている。セリエBやレーガ・プロはもちろん、セリエAでもしばしば、笑ってしまうほどリズムが低く、インテンシティが足りず、プレッシングなど存在すらしない試合が戦われている」

これは、現在イタリア代表の育成年代統括コーディネーターを務めるかつての名将アリーゴ・サッキの言葉だ。

80年代末、相手を敵陣に押し込めてプレーすらさせないアグレッシブかつコレクティブなプレッシングサッカーでサッカー界に「トータルフットボール」以来の革命を引き起こしたサッキは、常々イタリアに支配的な結果至上主義、そしてそれがピッチ上にもたらしている様々な「弊害」について苦言を呈してきた。その中でもとりわけ強く繰り返されているのが、攻守分業型のスタイルに対する批判である。

イタリアでは攻撃のタレントを特別扱いして、守備の負担を免除するかわりに、攻撃では個人の力で決定的な違いを作り出すことを期待/要求するというやり方を取るチームが多い。7~8人(時には9人)で守りを固め、攻撃は個人能力に委ねる方が、失点のリスクはずっと少なくて済むからだ。

しかし、攻撃陣が守備参加しなければ前線からのプレッシングを機能させることは不可能であり、チームはリトリートして守らざるを得なくなる。結果的に中盤を相手に明け渡すことになるから、試合の主導権は握れず受けに回って、カウンターに活路を見出すというスタイルに自然と落ち着いてしまうという筋道である。

イタリア国内で同じようなスタイルの相手と戦っていれば、相対的に個のクオリティが高いチーム、とりわけ独力で決定的な違いを作り出せる攻撃のタレントを擁しているチームが勝利を収めることになる。2004-05シーズン以来、セリエAではイブラヒモヴィッチを擁するチームがほぼ常に優勝し続けてきたという事実は示唆的だ。

しかし、これがCLやELというヨーロッパの舞台になると話は違ってくる。そのイブラヒモヴィッチを擁するインテルが、08-09シーズンの決勝トーナメント1回戦でマンチェスター・ユナイテッドになすすべなく敗退した直後、チームを率いていたジョゼ・モウリーニョはこう語ったものだ。

「チャンピオンズリーグで勝つためには、もっとプレーのインテンシティを上げることが必要だ。今のそれでもイタリアで頂点に立つことができるが、ヨーロッパの舞台では不十分だ。イングランド勢にはそれがある。だから4チームがベスト8に勝ち残った」

実際、ヨーロッパの舞台で戦うイングランドのチームとイタリアのチームを比較すれば、そのスタイルの違いは明らかだ。前者は、守備の局面になるとボールのラインよりも後ろに8人、9人が素早く戻り、前線からボールにプレッシャーをかけながら迅速に守備陣形を整える。それを支えているのは、攻撃陣のハードワークである。一方後者は、前線の2、3人は守備にほとんど参加せず、残る7、8人がその分まで走り回り、きわめて洗練された戦術的対応も含めて帳尻を合わせる。しかし、力が拮抗した欧州カップでの一発勝負では、1人、2人の差は致命的な違いを作り出すものだ。

セリエAなら、相手はせいぜい3人、多くても4人しか攻め上がってこないので余裕ではね返せるが、CLで上位を狙うレベルのチームは、躊躇なく4人、5人をボールのラインよりも上に送り込んでくる。07-08シーズン以来5年間、イタリア勢はCL決勝トーナメントでイングランド勢と8度当たり、一度も勝てずにいる。攻守分業型イタリアンスタイルの限界はもはや明らかだ。

サッキは現在、自らが責任者を努める育成年代(U-21からU-15まで)のイタリア代表全チームに、「イタリアの新たなスタンダードとなるべきスタイル」を導入し、浸透させようという取り組みを先頭に立って推進している。そのプレーコンセプトは、次のように説明されている。

1. “インターナショナル”で現代的なスタイル(11人全員が攻守の両局面で常にアクティブなポジションを取るコレクティブなトータルフットボール)
2. ピッチを支配し、ゲームを支配する
3. コンパクトで連携の取れたチーム
4. ボールを迅速に奪回する(ゾーン&プレッシング)
5. ボール支配率を高める

これは、ここまで見てきたようなイタリアに支配的なスタイルとは正反対とも言える、アクティブでアグレッシブ、インテンシティの高いスタイルだ。サッキのこの問題意識は、代表レベルでは育成年代はもちろん、A代表のチェーザレ・プランデッリ監督にも共有されている。先のEURO2012でイタリア代表が見せた、これまでとは一線を画すコレクティブで攻撃志向の強いスタイルも、その最初の果実のひとつと言えるだろう。

もちろん、セリエAのクラブレベルでも、コレクティブでインテンシティの高いスタイルを導入しようという取り組みは、少しずつだが目立ち始めている。現在その最も進んだ形と言えるのが、昨シーズンのスクデットを獲得し、今シーズンも一頭地を抜いた強さを見せて首位に立っているユヴェントスである。

今シーズンは、昨季後半から使い始めた3バックの3-5-2システムを基本システムに据え、前線の攻撃陣も動員したアグレッシブなハイプレスと、両ウイングバックが高く張り出して実質4トップに近い形になる分厚い攻撃によって、大半の時間帯で相手をゴール前に押し込め敵陣で戦うという、ハイ・インテンシティな戦いを続けている。

本号の別稿で取り上げたズデネク・ゼーマン率いるローマも、最終ラインを高く押し上げたハイプレスから、奪ったボールを素早く縦に展開して一気にゴールを目指す、ハイテンポで前がかりな攻撃サッカーが看板だ。

攻撃の局面におけるインテンシティの高さを測るモノサシとして、セリエAの主要チームを対象に、ボール保持時間(攻撃している時間)に占める敵陣でのプレー時間を、セリエA公式サイトに掲載されているスタッツから割り出してみたのだが、その結果は以下の通りなかなか興味深いものだった。 

1)ローマ 0.49
2)ミラン 0.47
3)ユヴェントス 0.45
3)フィオレンティーナ 0.45
5)ラツィオ 0.44
6)ナポリ 0.41
7)インテル 0.39
8)サンプドリア 0.34

自陣でボールを保持するだけなら、プレッシャーを受けない最終ラインでパスを回しているだけでもボール保持時間は稼げるが、敵陣でボールを保持し続けるためには、高いプレッシャーと狭いスペースの中でもパスをつないでフィニッシュを目指す、インテンシティの高いプレーが必要になる。

1位のローマは、ボール保持時間では6位にとどまっているにもかかわらず、攻撃している時間のほぼ半分を敵陣でプレーしている。まだゼーマンのスタイルが完全に根付いたとは言えない今の段階ですでにこれならば、シーズン後半にはさらにスペクタクルでインテンシティの高いサッカーが見られるかもしれない。

深刻な得点力不足で下位に低迷しているミランの2位は少々以外かもしれない。ボールを支配して敵陣でプレーしている時間は長いにもかかわらず、ゴールどころか決定機を作ることすらままならないのは、プレーのインテンシティは高いものの、それにクオリティ(個と組織の両方)が伴っておらず、最後の30mが形にならないからだ。

興味深いのは3位にユヴェントスと並んでフィオレンティーナが入っていること。ヴィンチェンツォ・モンテッラを監督に迎え、レギュラー11人中8~9人を新戦力が占めるこのチーム(システムは3-5-2)は、低い位置からスムーズにパスをつなぐ無駄のないポゼッションで敵陣にボールを運ぶと、スペースの狭いアタッキングサードでも細かくパスをつなぎ、人数をかけたコンビネーションでフィニッシュを狙っていく、快活でハイテンポな攻撃サッカーを見せる。今シーズンのセリエAではローマ、ラツィオと並ぶ注目株だ。

5位のラツィオも「私のチームは常にピッチを支配しなければならない」と語るクロアチア人監督ウラジミール・ペトコヴィッチを迎えて、昨シーズンまでのリアクションサッカーとは違うアクティブなスタイルで、インテンシティの高いサッカーを見せている。

ここまでの5チームと比べれば、ナポリやインテルはややオールドファッションドな印象だ。同じ3バックでも、ユヴェントスやフィオレンティーナと比べると明らかに重心が低く、主導権を握って敵陣で戦う時間は短い。いずれにしても、少しずつではあるが、セリエAでもインテンシティの高いスタイルが徐々にではあるが浸透しつつあるのは、間違いなくポジティブなことだ。低迷期の中でイタリアサッカーも変わり始めている。□

(2012年10月14日/初出:『SOCCER KOZO』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。