気がつくと1ヶ月も更新をサボってしまったので、罪滅ぼしにシリーズ物の蔵出しを。
2009年の秋に、ジョゼ・モウリーニョのインテルでの1年目を時系列で追った『モウリーニョの流儀』という本を上梓したんですが、その翌シーズンもWSD誌上で月1回、続編的な連載を持っていました。全7回、最終的にCL、スクデット、コッパ・イタリアの「トリプレッタ」を達成することになる09-10シーズンのモウリーニョをお楽しみください。

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「我々にはパーソナリティと勝利への意志があった。皆さんは戦術や采配の話がお好きだが、私は人間やグループについて、その強い意志やパーソナリティについて話したい。ハーフタイムには戦術的な修正も施した。しかし最も重要だったのは、チームに届けるべきメッセージが届いたことだ。試合が終わってから涙を流しても無駄だ。それをするべきなのはピッチの上だ。持てる全てをピッチの上で出し切ったという確信を持って試合終了のホイッスルを聞かなければならない――。私は彼らの心の中に、失敗や敗北を怖れる気持ちの中に入り込むことができた。そして彼らは爪、歯、心臓、すべてをピッチに吐き出して戦い抜いた。だから勝つことができたのだ」

11月4日、氷点下のキエフ、ヴァレリー・ロバノフスキー・スタジアムで行われたUEFAチャンピオンズリーグ・グループリーグ第4節、インテルはディナモ・キエフに試合終盤まで1点のリードを許しながら、85分にディエゴ・ミリート、89分にウェズレイ・スナイデルがゴールを決めて、劇的な逆転勝利を掴み取った。

ここまでのグループリーグ3試合(うちホームが2試合)でいずれも引き分け止まり、勝ち点3でグループFの最下位に留まっていたインテルにとって、このディナモ・キエフ戦はシーズンの行方を決定的に左右しかねない重要な一戦だった。もしここで敗れれば、屈辱的な、そしてあらゆる意味でクラブに大きなダメージをもたらしかねない悪夢のようなグループリーグ敗退がきわめて濃厚になる。

にもかかわらず試合は、前半21分にシェフチェンコのゴールで先制を許し、後半に入ってほぼ一方的に攻め立てるものの、なかなかゴールが決まらないまま残り時間だけが少なくなって行くという最悪の展開だった。それだけに、敗退の不安と恐怖を克服して最後の最後にもぎ取った勝利の意味は大きい。2つのゴールをもたらした最後の5分間は、今シーズンのチャンピオンズリーグにおけるインテルの歩みを劇的に変える分水嶺となる可能性もある。

試合後、ジョゼ・モウリーニョが最初に口にしたのは、チームの強靭な精神力への賛辞だった。しかし、この逆転勝利をもたらした大きな要因のひとつとして、モウリーニョの思い切りのいい采配を挙げないわけにはいかない。

当初ピッチに送り出したのは、今シーズンの基本システムと言うべき、前線にエトーとミリート、トップ下にスナイデルという3人の新戦力を配した4-3-1-2だった。しかし、1点先制された後も逆襲のきっかけが掴めないまま前半を終えると、モウリーニョはDFキヴに代えてMFティアーゴ・モッタ、MFカンビアッソに代えてFWバロテッリを後半開始から投入し、システムを4-2-1-3に切り替える。

そして残り10分を切ったところで、DFサムエルに代えてMFムンターリを投入、この時点でインテルの布陣は、最終ラインがルシオ、サネッティ、マイコンの3人、中盤センターにスタンコヴィッチ、モッタが並び、トップ下にスナイデル、前線はバロテッリ、エトー、ミリート、ムンターリの4トップ、3-2-1-4という極めて前がかりなスクランブル体制となっていた。

もはや後がない絶体絶命の状況とはいえ、終盤になって相手の足が止まったところでDFに代えてFW(ムンターリは前線でプレーした)を投入し、攻撃の圧力を高めて相手を自陣深くに押し込め一気に力で押し切った采配は、タイミング、システム変更ともにどんぴしゃりだった。
 
「ガサエフ監督がミレフスキを下げて守りに入ったのを見て、これならばDFを3人にして敵のFWと3対3にするリスクを冒しても大丈夫だろうと思った。もしそれで最悪の事態になっていたら、皆さんは間違いなく私を頭がおかしくなったと非難しただろう。最後の5分で2点を挙げたという点から言えば、我々は幸運だったと言えるかもしれない。しかしもしゴールが決まっていなかったら、それは単に運がなかっただけだったと思う。ゴールを奪うための条件はすべて整っていたのだから。選手たちは素晴らしかった。後半の戦いは記憶に留めるべき内容だった」

こうしてインテルは、グループ首位の座を手にしてミラノに帰還することになった。グループFは、勝ち点6のインテルに続いて、ルビン・カザンとバルセロナが勝ち点5、ディナモ・キエフが勝ち点4と、4チームすべてに1位抜けから最下位まですべての可能性が残る、今シーズンのCLグループリーグ最大の激戦区となっている。だが、続くアウェーのバルセロナ戦、ホームのルビン・カザン戦で合計勝ち点3を挙げれば自力で勝ち上がりを決められるインテルが、最も有利な立場にいることは間違いない。

だが、ここに至るまでの歩みは決して平坦なものではなかった。シーズン開幕を目前に控えた8月18日、就任2年目を迎えたモウリーニョは『インテル・チャンネル』の独占インタビューで、次のように語っていたものだ。

「サッカーにおける最大の歓びは勝利にある。この考えを変えるつもりは毛頭ない。しかし、同じ勝利にも勝ち方というものがある。もし、勝つだけでなくその勝ち方に深い満足を覚えることができるなら、その方がずっといいに決まっている。我々は、クオリティの高いサッカーを見せて勝つという方向性を選んだ。新しいチームは、サッカーの質という点できわめて要求水準が高いチャンピオンズリーグという現実に、より適したスタイルを持っている」

この発言からもわかるように、大黒柱のイブラヒモヴィッチを手放した今シーズンのインテルは、エトー、ミリート、スナイデル、ティアーゴ・モッタ、ルシオと5人の新戦力を獲得してレギュラーの約半分を入れ替え、サッカーのコンセプト自体も抜本的に見直してチームの再構築に取り組んでいる。しかし、その進捗度はまだ道半ばというところだ。

昨シーズンのインテルは、前線のイブラヒモヴィッチにロングボールを入れて、そこからの二次攻撃で一気にフィニッシュを狙う即決型のダイレクトプレーを基本としていた。だが、新たに前線に獲得したエトーとミリートは、共にグラウンダーのスルーパスや狭いスペースでのコンビネーションによる崩しを要求するプレースタイルの持ち主。後方からショート/ミドルパスをつないで攻撃を組み立て、グラウンダーのコンビネーションによって局面を打開する、ボールポゼッション重視型のテクニカルなサッカーへとモウリーニョが舵を切ったのは、避けようのない必然だった。

「私のチームは、個々のクオリティに関してはどのチームにも引けを取らない。しかし、まだオートマティズムとダイナミズムが欠けている。チームの半分を入れ替え、サッカーのコンセプトも変えた以上、完成までに2、3カ月の時間は必要だ。もちろん、結果に関してはいかなるアリバイも存在しないが」 
 
モウリーニョがそう語ったのは開幕戦の直後。しかしその後9月から10月にかけて、ミリート、ティアーゴ・モッタ、スナイデルと、攻撃にクオリティをもたらすべきキープレーヤーが相次いで故障欠場したこともあり、インテルの組織的なメカニズムは期待されたほどに完成度が高まっていない。

ボールポゼッションは安定しているものの、最後の30mで組織的なコンビネーションからの崩し(オートマティズムとダイナミズム)が見られることは稀だ。それでもカンピオナートでは力ずくで勝利をもぎ取ることができるが、より戦いがシビアになるCLではその完成度の低さが結果に反映されてしまうのが現実である。

だが、ここに来て故障者もほぼ全員が戦列に復帰、キエフでの「最後の5分間」という大きな成功体験も手に入れて、09-10バージョンのインテルは少しずつではあるが着実にひとつの像を結びつつある。■ 

(2009年11月2日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。