スペインで起こった八百長スキャンダルに、事件当時サラゴサを率いていたハビエル・アギーレ日本代表監督が巻き込まれて大きな問題になっています。残留争いをめぐる「星の貸し借り」みたいなものは、スペインに限らず色々なところで、色々な形で行われているのではないかと推測します。イタリアで10年ほど前に起こったこれもそのひとつ。
ただ、近年ヨーロッパで大きな問題になっているのは、これらとはちょっと違ったタイプ、オンラインベッティングが絡んだ八百長行為です。2011年にイタリアで表面化して、現在もなお捜査が継続中の八百長スキャンダルについて、当時概要をまとめたテキストを。この前後にも関連で何本か経過報告を書いているので、それも追い追いアップします。

bar

2ヶ月ほど前にお伝えしたイタリア下部リーグの八百長スキャンダルは、クレモーナの検察局から捜査資料を受け取ったイタリアサッカー協会(FIGC)によって、八百長行為に直接・間接に関与した関係者を処分するためのスポーツ裁判が進行中だ。

8月18日に下された第二審の判決は、その10日前に出た一審判決の内容をほぼ全面的に支持するものだった。選手として直接八百長行為を行ったとされるクレモネーゼのGKマルコ・パオローニ、アスコリのMFヴィンチェンツォ・ソンメーゼをはじめ、サッカー賭博で利益を得るために八百長行為を教唆したとされる元イタリア代表FWジュゼッペ・シニョーリ、元バーリMFアントニオ・ベッラヴィスタなど計7人に対して、5年間の資格停止後に除名(永久追放)という最高刑が言い渡されたほか、今季セリエAに昇格したアタランタのキャプテンで元イタリア代表のMFクリスティアーノ・ドーニにも、八百長を組織しようとした罪によって3年6ヶ月の資格停止処分が下された。彼が所属するアタランタも連帯責任を問われ、今季のセリエAで勝ち点マイナス6ポイントという処分を受けている。

2006年の「カルチョポリ」に続く不正行為スキャンダルということもあり、イタリアサッカーのイメージがこれでさらに低下することは間違いない。しかし、この2つのスキャンダルには、その根本のところで明確な違いがある。

「カルチョポリ」で問題になった不正行為は、クラブの首脳が審判に対する影響力を行使して、特定のチームを勝たせることを目的に試合結果を操作するというものだった。大きな特徴は、その操作を行う主体が選手ではなく審判だったこと。少なくともピッチ上の選手は両チーム22人全員が100%の力を出し切って「勝つために」プレーしていた。また、スキャンダルに関与した当事者(=利害関係者)はサッカー協会首脳、審判部首脳と何人かの審判、そしてクラブ首脳とすべてサッカー界のインサイダーであり、外部の人間はいかなる形でも関わっていない。直接的な金品の授受も一切行われていなかった。

一方、今回の八百長スキャンダルにおける操作の主体は選手である。その目的は勝利ではなく、引き分けあるいは敗北。ピッチ上の何人かは、明らかに「負けるために」手を抜いてプレーしていたのだ。しかも、それと引き換えに決して小さくない額の金銭を受領している。そしてその出所は、サッカー界の外側にいるサッカー賭博のブローカーや大口のギャンブラー(犯罪組織であることも少なくない)だ。試合結果をめぐる利害はサッカー界の外側にまで広がっており、しかもそこにはしばしば非合法のアンダーワールドが関わっている。

言ってみれば「カルチョポリ」は、カルチョの世界に蔓延する極端な結果至上主義と、この国の権力につきもののマフィア的メンタリティが出会ったところに生まれた、きわめて「イタリア的」で特殊なスキャンダルだった。しかし今回のスキャンダルは、サッカー賭博という国際的な「ビジネス」とのつながりで巨額の金銭が動く八百長行為という、普遍的でインターナショナルな成り立ちを持っているのだ。

事実、サッカー賭博絡みの八百長スキャンダルは、イタリアだけでなく世界中多くの国々で起こっている。イタリアとちょうど同じ頃(6月初め)に発覚し、自殺者まで生んだ韓国Kリーグの事件。7月に入って表に出たトルコ、ギリシャ、イスラエルでの八百長問題(トルコリーグは調査と処分のため今季の開幕を1ヶ月延期している)。少し遡ると2009年11月にドイツのボーフムで摘発された、9ヶ国(ドイツ、ベルギー、スイス、オーストリア、クロアチア、スロヴェニア、トルコ、ハンガリー、ボスニア)、計約200試合に関わる大がかりな疑惑――。

その基本的な構図はすべて同じである。すなわち、サッカー賭博で特定の結果に賭けて巨額の利益を手に入れるため、ブローカーや犯罪組織が選手やクラブ首脳を金品によって買収し、「負ける(あるいは引き分ける)ために」プレーさせる。あるいは、どうしても勝ち点がほしいクラブ首脳が対戦相手の買収を目論み、そこに賭博のブローカーや犯罪組織がぶら下がってくる。

こうした賭博絡みの八百長行為というのは、決して目新しいことではない。イタリアでも1980年に「トトネーロ」と呼ばれる非合法サッカー賭博に絡んで、ミランがセリエB降格、セリエAだけでパオロ・ロッシをはじめ20人以上の選手が資格停止処分を受ける一大スキャンダルが起こっている。しかし、これだけの頻度で、これだけ多くの国で八百長疑惑が勃発するというのは、21世紀になって以降の話である。

その背景にあるのは、サッカー賭博をめぐる環境が近年になって大きく変化したという事情である。具体的に言えば、オンラインベッティング、すなわちインターネットを通じたブックメーカー賭博の国際的な普及がそれだ。

オンラインベッティングが普及する以前、合法的なサッカー賭博で最も一般的だったのは、トトカルチョ方式のサッカーくじだった。複数の試合結果を組み合わせで当てる低確率・高配当タイプのギャンブルである。単独の試合結果、さらにはどちらが先制するか、誰がゴールを決めるかといった試合の個別要素についても賭け(その多くは高確率・低配当タイプ)を行うブックメーカー方式の賭博が合法化されているのは、イングランドなど一部の国に限られていた。しかもどの賭博にも国境があり、市場が国内に限られているためにひとつの胴元が動かす金の総額(つまりビジネス規模)にも限界があった。これは犯罪組織が「トトネーロ」など非合法のサッカー賭博を胴元として行う場合も同じである。

しかし、インターネットの普及によって勃興したオンラインベッティングという新たなフォーマットは、合法的なサッカー賭博の世界を大きく変えた。インターネットに国境はない。オンラインベッティングの普及によって、それまでトトカルチョ方式の低確率・高配当タイプのギャンブルしか知らなかった国々(イタリアもそのひとつ)にも、単独の試合結果などを対象とする高確率・低配当タイプの賭博があまねく広まり、それによってブックメーカーのビジネス規模は一気に巨大化した。

象徴的なのは、オーストリアに本社を持つ1997年設立の新興企業Bwinが、レアル・マドリー、ミラン(2010年まで)といった欧州メガクラブの胸スポンサーになるほどの急成長を遂げたという事実。今や欧州各国には大小のオンラインブックメーカーが林立しており、プレミアリーグ、リーガ、セリエAのいずれにおいても、複数のブックメーカーが胸スポンサーとしてクラブを支えているのを見ることができる。例えばイタリアでは、オンラインブックメーカーの市場規模は50億ユーロ(約5500億円)を上回ると言われる。

だがオンラインベッティングの普及とビジネス規模の拡大は同時に、八百長の垣根を低くするというネガティブな副作用をももたらすことになった。オンライン賭博の匿名性と国際性に目をつけた犯罪組織が、マネーロンダリングも含めた資金源のひとつとしてこれを使おうという動きが出始めたのだ。

チームスポーツであるサッカーにおいて、1人か2人の選手を買収するだけで試合結果を操作するのは、それほど簡単なことではない。しかし、明らかに実力差があるカードで弱い方のチームが大量失点したり、勝負の決まった試合で負けている敵に1点だけでも決めさせるのは、それと比べれば難易度は低い。そしてブックメーカーが用意する賭けのメニューには「1試合の総得点○点以上/以下」とか「両チームが得点するか一方しか得点しないか」といった項目も用意されているのだ。そしてその結果が確実に予想できるならば、間違いなく元手を何割か、時には数倍に増やすことができる。豊富な資金力を持つブローカーや犯罪組織が、選手を買収することでこうした確実な稼ぎをコンスタントに手に入れようと考えたとしても、何の不思議もないだろう。

近年における八百長疑惑の急増は、まさにその必然的な結果のひとつである。イタリアの事件がそうであったように、操作を行っても目立ちにくい下部リーグやマイナーカントリーの試合が対象になっているのがひとつの特徴だ。

この事態を強く憂慮するUEFAは、クラブの経営健全化を目指す「ファイナンシャルフェアプレー」と並んで、「違法賭博絡みの八百長行為撲滅」を当面の最重要課題のひとつと位置づけている。2009年からは、加盟53ヶ国の国内リーグ(1、2部)とカップ戦の全試合をすべてモニターし、ブックメーカー各社からもひとつの結果に賭けが集中するなど不自然が動きがあればすぐに報告を受ける体制を構築している。そのモニターによれば、疑惑が持たれる試合は年間に行われる全試合の1%、およそ300試合に上ることが明らかになっているという。

ブックメーカーとUEFAの協力体制が確立されたことで、少なくともヨーロッパの中ではブックメーカーの掛け率を大きく変動させるほどの「不自然な」金額を賭けることは、難しくなっている。しかしそれでもブローカーや犯罪組織はまったく困っていない。非合法も含めたアジア(シンガポール、マレーシアなど)のブックメーカーは、そうしたリスクの大きい賭けも平気で受け入れるからだ。

CLとELのプレーオフの組み合わせ抽選を控えた8月5日、UEFAのジャンニ・インファンティーノ事務局長は「違法賭博への関与には厳罰を以て対応する」という異例のメッセージを参加96チームに送った。にもかかわらず、ELのステアウア・ブカレスト対CSKAソフィアを巡って、アジアのあるブックメーカーには2億4000万ユーロという巨額の賭けがステアウアの勝利に集まったというニュースも伝わってきている。試合は18日に行われ、2-0でステアウアが勝利を収めた。偶然か必然かは今のところ明らかではない。

日本でも昨年翻訳が出たイギリスのジャーナリスト、デクラン・ヒルの著書『黒いワールドカップ』には、逆にアジアのブローカーがベルギーやノルウェーで選手を買収し八百長を仕込んだという話が出てくる。ヨーロッパからアジアまで、世界の地下経済が生み出す巨額のカネが、プラネット・フットボールの周りでうごめき始めているということなのだろう。

では日本は、Jリーグは大丈夫なのか、というのも当然の疑問である。日本のあるウェブサイトで、totoは低確率・高配当タイプで勝敗を操作して儲けることが不可能だし、Jリーガーは八百長など受け付けない特性を持っており、闇の組織(暴力団のことか)も相撲やプロ野球はともかくサッカーを賭博のネタにしようとは考えていないようだ――という考察を読んだが、これはいささか楽観的に過ぎるような気がする。

最近イタリアのある同業者からもらったメールに、こんなことが書いてあった。
「最近はJリーグの試合で儲けさせてもらっている。ガンバ大阪と名古屋グランパスは必ず得点を挙げる。それに賭ければ鉄板だぜ」

日本でオンラインベッティングは合法化されていないが、Jリーグに賭けているのは日本人だけではないのだ。もしアジアのどこかの国から送り込まれてきた人物が、どこかのチームのGKやセンターバックにこっそり接触して、強豪相手の次の試合で2失点すると約束してくれたら1000万円渡す、と持ちかけたら、そしてその選手が何かの都合でまとまった金を必要としていたら……。■

(2011年8月20日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。