今シーズン、ついに13年ぶりのセリエA昇格を果たした古豪ジェノアですが、実は2シーズン前の04-05シーズンにも、セリエBで2位になって昇格の権利を手にしていました。それを棒に振らせたのが、この八百長疑惑。

事件の顛末は、当時『El Golazo』のコラムに2回連続で書いた下の記事の通りで、その結果ジェノアはA昇格どころかセリエC1への降格を強いられることになりました。そこから2年でAまで上がってきたのですから、プレツィオージも大したものではあるのですが。

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<前編>

11年ぶりのセリエA復帰を果たした古豪ジェノアを巡って、八百長疑惑が持ち上がっている。ちょうどFC東京・今野獲得の噂で注目を集めていたこともあり、このニュースをすでに目にした読者も多いかもしれない。

事の発端は、セリエB最終節・ヴェネツィア戦の直前に起こった奇妙な出来事。ジェノアのオーナー会長、エンリコ・プレツィオージが経営する玩具メーカーの本社からわずか数百メートル離れたところで警官の職務質問を受けたヴェネツィアのスポーツディレクター、ピーノ・パリアーラの車の中から、現金25万ユーロ(約3300万円)が入ったアタッシュケースが発見されたのだ。

カズがセリエA初の日本人選手としてプレーした94-95シーズンを最後に降格し、その後10年にわたってセリエBに低迷してきたジェノアだが、今シーズンは開幕前からA昇格の大本命と見られていた。2年前に経営権を買い取り、クラブを破産の危機から救ったプレツィオージ会長が大金を投じて補強を進め、セリエAでも楽々残留を果たせるといわれるほどのメンバーが揃ったからだ。

実際、シーズン前半は下馬評通りの強さを見せて首位を独走、昇格は楽勝と思われた。ところが後半戦も半ばを過ぎたあたりから息切れ、あっという間に貯金を使い果たして、最終戦に勝たなければプレーオフに回るという、予想だにしなかった苦境に追い込まれることになる。しかも、ひとつ前のピアチェンツァ戦(勝てば昇格決定だった)では、終了5分前に同点ゴールを喫して引き分けに終わり、試合後に両チームが大乱闘に及ぶという事件まで起こっていた。

最終戦の対戦相手・ヴェネツィアは、ダントツの最下位ですでにセリエC1降格が決まっている。戦力的にもモティベーション的にも、普通に考えればまったく敵ではない相手だ。しかし、もし勝てなかったら……。試合を前に、ジェノア周辺の空気がどれだけ大きな不安とプレッシャーに満ちていたかは、容易に想像がつくだろう。

あまりにも出来過ぎた場所と状況で行われた職務質問は、もちろん偶然の産物ではない。何らかの形で情報を掴み内偵を進めていた検察が、パリアーラとジェノアの幹部が交わした電話を盗聴(イタリアでは容疑が確定していれば合法)した上で張り込み、現場を押さえたのだ。

パリアーラは質問に対し、当初「私のような仕事をしていれば、大金を持って動き回るのは日常的なこと」と答えたが、後になって「あれは、ヴェネツィアの選手をジェノアに売却した、その移籍金を現金で受け取ったもの」と供述を変えている。ジェノア側も同様の主張をしているのだが、問題はその選手(パラグアイ人DFルベン・マルドナド)自身は、移籍の話をまったく聞いていないと証言していること。

肝心の試合は、あろうことかヴェネツィアが先制、ジェノアが一旦は逆転したものの、ヴェネツィアが後半15分に2-2の同点に追いつき、その4分後にジェノアが決勝ゴールを挙げてそのまま逃げ切るという、絵に描いたようにスリリングな展開となった。マスコミの報道も、ヴェネツィアの戦いぶりが、八百長が疑われるような無気力なものではなかったという点では一致している。しかしそうであっても、25万ユーロという大金の素姓が甚だ怪しいものであることに変わりはない。

検察は、このヴェネツィア戦だけでなく、他の試合にも範囲を広げて捜査を進めているようだ。20日に参考人として事情聴取を受けたプレツィオージ会長とその子息、ジェノアのスポーツディレクター、ヴェネツィアの元会長フランコ・ダル・チン、そしてパリアーラは、いずれも黙秘権を行使している。報道を見る限り、検察の側もまだ手の内を明かすことなく駆け引きを仕掛けているようで、事件がどういう容疑でどこまで広がるのか、まだ全貌は見えていない。

検察が動き出したことを受けて、サッカー協会内でも規律委員会がこの問題を巡る調査に乗り出しており、その結果(時間的制約もあり、検査の捜査結果を待たずに裁定が下される見込み)によっては、ジェノアに来シーズンの勝ち点はく奪、あるいはA昇格取り消しという処分が下される可能性もある。後者の場合には、現在、最後の昇格枠を巡ってプレーオフを戦っているトリノとペルージャの敗者が、代わりに昇格することがすでに決まっている。

――という状況を眺めていると、すごく嫌な予感がしてくる。セリエAが現在の20チーム制になったのは、2年前の夏、ペルージャのガウッチ会長が当時所有していたカターニアのC1降格取り消しを求めて提訴し、1ヶ月以上に渡るすったもんだの末、BからC1に落ちるはずだった4チームすべての降格を凍結するという玉虫色の裁定が下ったためだった(昨シーズンはA18/B24チーム、今シーズンからA20/B22チームという構成になった)。

もし今回、規律委員会がジェノアのA昇格を確定させる裁定を下したら、プレーオフの敗者がその処分に異議を唱えて提訴したりして、また大混乱が生じるような気がする。来シーズンのセリエAは21チームの変則体制、なんて結末にならないことを祈りつつ、動向を見守ることにしたい。■

<後編>

先週のこのコラムでお伝えしたジェノアの八百長疑惑。その後も動きがあったので、今週も続報をお届けすることにしたい。
結論を先に言ってしまうと、「疑惑」が単なる疑惑で終わらず「事件」に発展することはほぼ間違いない。したがって、ジェノアがセリエA昇格取り消しの処分を受ける可能性も非常に高い。

疑惑の焦点となっているのは、3-2でヴェネツィアを下して昇格を決めた、セリエBの最終戦。ジェノアにとって、自力でセリエAへの切符をもぎ取るためには、この試合に勝つことが絶対条件だった。勝利を確実にしたいあまり、エンリコ・プレツィオージ会長自らが、対戦相手ヴェネツィアの買収に動き、八百長試合を持ちかけたというのだ。

それが発覚したのは、この最終戦の2日後、プレツィオージが経営する玩具メーカーの本社から出てきたところを、張り込んでいた警官に職務質問されたヴェネツィアの幹部ピーノ・パリアーラの車から、現金25万ユーロ(約3300万円)が発見・押収されたためだった。すでに以前から、検察は情報を掴んで内偵を進めていたというわけだ。

このあたりまでは前回お伝えした内容と重なるのだが、その後の報道で、検察の捜査内容や買収行為のディーテイルが、かなり明らかになってきている。

一番スキャンダラスなのは、試合の前後、さらには試合中に、ジェノアとヴェネツィアの関係者が電話で交わした会話の内容だろう。イタリアでは、警察による電話の盗聴は、容疑が確定している場合に限り合法とされており、今回も複数の試合を巡ってたくさんの通話が盗聴・録音されたようだ。証拠として提出されたテープ起こしの文書は、全部で400ページにも上るという。

中でも、検察が決定的な証拠になると考えているのは、試合中にプレツィオージ会長がパリアーラの携帯電話にかけた通話の内容。前半13分、ヴェネツィアのDFヴィセンテが美しいボレーでゴールネットを揺らし先制した直後のことだ。

―プレツィオージ:「一体お前んとこの連中は何を考えてんだ?ゴールを決めやがった。頭がおかしいんじゃないのか?間違ってゴールを決めるなんて」
―パリアーラ:「ご存じの通りヴィセンテはああいう奴なもんで……。まだ逆転する時間はたっぷりありますから」

「間違ってゴールを決めた」という表現には、そうするべきではなかったというニュアンスがはっきりと漂っている。一部の新聞報道では「話が違うだろう」という表現すらあったとされており、いずれにしても、何らかの(というかジェノアに勝たせるという)合意があったと考える状況証拠としては十分以上だ。

最終的には3-2でジェノアの勝利と“収まるべきところに収まった”試合の翌日、今度はパリアーラがプレツィオージ会長の息子に、曰くあり気な電話をかける。
―パリアーラ:「なしのつぶてとはどういうことだね?約束は守ってもらわなきゃ……」
―会長の息子:「わかってますよ。ミラノまで来てくれれば帳尻はちゃんと合わせますから」

こうしてそのさらに翌日、ミラノ近郊にある玩具メーカー工場で「帳尻を合わせる」手はずが整えられたというわけだ。だがすべては検察にも筒抜けだった……。

ジェノアとヴェネツィアの両者は、問題の25万リラはヴェネツィアのDFマルドナドをジェノヴァに売却した、その移籍金だと主張している。しかし、選手本人が移籍話をまったく聞いていないと証言している上に、盗聴された数多くの通話でも、マルドナドの名前は一度も出ていないといわれ、移籍金説の説得力はゼロに等しい。そもそも、移籍金を現金でやり取りするなど前例がないのだ。

今週に入って検察から捜査資料の提供を受け、審査に入ったイタリアサッカー協会・規律委員会の裁定責任者も、この資料だけで八百長行為は立証可能と判断していると伝えられる。当事者(両クラブの経営者や幹部)および関係者(両チームの選手など)に対する規律委員会の事情聴取は、水曜日(29日)から始まっており、来週一杯かかる予定だが、もはや形式的な意味しか持たないと見られている。

容疑は確定、あとは処分の重さの問題ということだ。裁定が下るのは7月半ば。おそらく来シーズンのジェノアはセリエBで、しかも勝ち点を剥奪(マイナス6あるいは9ポイント)されて戦うことになるだろう。A昇格どころか、B残留も厳しい条件である。

しかし、こうして経緯が明らかになってみて驚かされるのは、プレツィオージの手口のあっけらかんとした稚拙さである。八百長の手口というのは、もっと微妙でデリケートなものだと思っていたが、今回に限るとそれはまったく当てはまらない。

検察は、この最終戦だけでなくひとつ前のピアチェンツァ戦(1-1の引き分け・試合後乱闘事件あり)など終盤戦の5試合で、同様の買収を相手に持ちかけた疑いがあると見て捜査を続行中という。

一代で財を築き上げた典型的な成り金のプレツィオージは、カルチョの世界でも金にモノを言わせて何度かクラブを“買い替え”、2年前にやっと名門ジェノアを手に入れた。きっと、セリエAという地位も同じように金で買えると錯覚したのだろう。だがそれは明らかにやり過ぎだった。

11年ぶりのA復帰に沸いた直後に、こんなヘボな八百長で奈落の底に突き落とされたジェノアサポの皆さんには本当に気の毒だが、古豪復活はまだもう少し先の話になりそうだ。■

(2005年6月22日、29日/初出:『El Golazo』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。