日本では結局カルチャーとして根付かないまま、単なる宝くじの一種として突如ブレイク、延命が図られたトトカルチョですが、イタリアではブックメーカー方式のスポーツベッティングに喰われて、ほとんど虫の息と言っていい状態です。

今シーズン開幕前後、事実上の廃止に陥ったという報道も流れたのですが、最近タバッキ(煙草屋。トトカルチョや宝くじの販売所も兼ねている)をのぞいてみたら、まだ細々と続いていました。

でも、日本でもネット上ではスポーツベッティングが可能になってきているようだし、政治家の皆さんはカジノ解禁をはじめ、ギャンブル市場拡大を水面下で目論んでいるという噂もあるし、何年かするうちに同じような流れになるのかもしれません。

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「トトカルチョ」といえばサッカーくじの代名詞。カルチョというイタリア語がくっついていることからもわかる通り、起源はここイタリアである。その本家トトカルチョが今、このままでは廃止もやむなし、というほどの深刻な危機に陥っている。

第二次大戦後の1946年に始まったトトカルチョは、それから半世紀にわたり、ロト(数字合わせ)くじと並んで、イタリア人が抱く一獲千金の夢を象徴する存在だった。「”13″を出す fare tredici」(=トトカルチョで13試合全部を的中させる)という表現が、日常会話の中で「ひと山当てる」という意味で頻繁に使われているという事実は、そのことをよく物語っている。

年間の総売り上げ高が最も大きかったのは1993年。金額は17億2500万ユーロというから、日本円にして2400億円以上のポケットマネーが、トトカルチョに投じられていたことになる。

ところが、それから10年あまりの間に、トトカルチョの売上高は信じられないほどの激減を記録することになった。

95年には14億3200万ユーロ(2年前と比較して17%減)、その後2年おきに見て行くと、97年は11億1500万ユーロ(同22%減)、99年は6億1600万ユーロ(同45%減)、2001年4億7500万ユーロ(同22%減)、2003年3億2300万ユーロ(同32%減)という急降下。今年2005年の見通しは約1億8200万ユーロ(同44%減)で、ピーク時のほぼ10分の1という、目を覆うような凋落ぶりである。

それでは、イタリア人は一獲千金の夢を捨ててしまったのかといえば、まったくそんなことはない。今から10年前の1995年、トトカルチョに、ロトくじと競馬を加えた“公営ギャンブル”の総売り上げ高は、89億5700万ユーロ(約1兆2540億円)だった。それが2003年には151億2900万ユーロ(約2兆1180億円)と、8年間で1.7倍近くにも膨れ上がっている。

トトカルチョの売上高が7割以上も減少した(14億3200万ユーロ→3億2300万ユーロ)一方で、ロトくじの売上高は2.5倍(27億9600万ユーロ→69億3800万ユーロ)に増え、競馬も売上を1.3倍に伸ばしている。完全なトトカルチョの1人負けである。

ここにさらに、近年認可されて加わった3つの種目(スーパーエナロットという新たな数字合わせくじ、ビンゴ、ブックメーカー方式のスポーツベッティング)の売上を加えたのが、前述の151億ユーロという数字になる。これを単純にイタリアの人口で割ると、277ユーロ強。イタリア人は年間ひとり当たり約3万8000円近くを、公営ギャンブルに注ぎ込んでいる計算になる。

それなのに、なぜトトカルチョだけがこれほど急激な衰退を見ることになったのか。その決定的な要因はおそらく、イタリアにおける“公営ギャンブル”の多角化である。10年前にはトトカルチョ、ロトくじ、競馬の3つに“種目”が限られていたものが、国の財政難を少しでも穴埋めする目的からか、近年になって新たにいくつかが認可された。その中で、トトカルチョのマーケットを事実上まるごとかっさらって行ったのが、1998年に公認されたブックメーカー方式のスポーツベッティング(賭け)だ。

13試合の結果(1X2)の組み合わせを当てる仕組みのトトカルチョは、運任せの部分が非常に多く、当たる確率は低いが当たれば大きい。ギャンブルというよりはくじに近い感覚である。しかしスポーツベッティングは、ブックメーカーのつけたレートに応じて、単独の試合結果はもちろん、前後半のスコアや得点経過などに金を賭ける、文字通りのギャンブルだ。当たる確率はずっと高いが金額は低い。宝くじと馬券の違いである。

イタリアには現在、SNAI、Matchpointというふたつの公認ブックメーカーが存在しており、それぞれ独自に店舗(というか受付所)を展開している。93年の売上高は、合わせて11億2300万ユーロ(約1572億円)。これは、90年代後半のトトカルチョの売上高に匹敵する額である。かつて、トトカルチョの予想に割かれていたスポーツ新聞のページは、いまやスポーツベッティングの予想記事で埋められている。

トトカルチョは、日本のサッカーくじがモデルにしたように、長年、スポーツ振興のための重要な財源として機能してきた。事業主体としてトトカルチョを運営し、収益を傘下の競技団体に分配してきたCONI(イタリアオリンピック協会=日本の体協とJOCを合わせたようなスポーツの統括団体)にとって、この急激な衰退はスポーツ振興財源の枯渇を意味する重大な事態のはずである。にもかかわらず、そうした話は不思議と聞こえてこない。

というのも、これまでトトカルチョをスポーツ振興の独自財源としてきたCONIは、売上高がピーク時の半分以下に落ち込んだ2000年、政府に泣きついて年間5億ユーロ(固定)の補助金を約束してもらうのと引き換えに、トトカルチョ事業そのものを国営の専売公社(すべての公営ギャンブルの胴元である)に移譲してしまったからだ。独自の財源確保による「スポーツの自治」を手放し、政府に身売りしたというわけだ。

厄介者を押し付けられた格好の専売公社は、儲かる見込みのないトトカルチョに身を入れるはずもなく、ここ何年かはほとんどテコ入れもせず惰性で事業を続けている。このままだと、今後数年のうちにトトカルチョの命運は尽きる可能性が高い。

日本のtotoも相変わらず苦戦しているようだが、そのうち文部科学省も“ヨーロッパの先進事例”に倣って、スポーツベッティングの胴元を外郭団体として設立する構想をぶちあげたりして。■

(2005年11月2日/初出:『El Golazo』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。