タイトルの通り、サッカー選手の食事についての話です。単なる栄養学上の配慮だけでなく、食文化そのものが反映しているところが興味深いです。日本では、朝食はしっかり食べるべし、というのが常識ですが(イタリアで行われた世界選手権に遠征に来ていた競輪選手が、朝の6時からどんぶり飯をがんがんかっこんでいたのを見たことがあります)、イタリア人にそういう習慣はありません。

元々は、『Arigatt』という食の雑誌(今はもうない)に書いたネタなのですが、その後、大幅に手を入れた上で『El Golazo』の連載コラム「カルチョおもてうら」(現在も『footballista』に引っ越して継続中)にも寄稿したので、今回、両方を合わせてリライトしました。

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イタリアと聞いて、一般の人々が一番最初に思い浮かべるのは、カルチョよりもむしろイタリア料理だろう。地中海の豊かな自然がもたらす新鮮な食材、素材の味を生かしたシンプルな料理法、軽くて消化がよく、栄養のバランスも申し分なし――とくれば、日本人の食生活にすっかり溶け込んだ理由もわかろうというもの。

そうした特徴を持つイタリア料理は、サッカー選手を含めたアスリートにとっても理想的な食事だといわれる。少なくともイタリアではそういうことになっている。もちろん、アスリートのためのイタリア料理(クチーナ・イタリアーナ・スポルティーバと呼ばれる)は、美食を目的とするそれと同じではない。

消化の良さ、カロリー、そしてすぐエネルギーになることなど、非常に科学的、かつ実利的な目的が最優先されるからだ。ピッツァとかスパゲッティを食べていればいい、というものでもないのである。

アスリートにとって食事は、エネルギー摂取と体調維持にとって根本的な重要性を持つ、コンディショニングの基本中の基本である。毎日の食事によって、体調が左右されるようなことがあってはならない。そのためには、決まった栄養素を安定して摂取する必要があるから、食事(昼、夜)のメニュー構成も、料理に使われる食材の構成も、それほど種類が多いわけではない。というよりも、逆に一定でなければならないのだ。

とはいえ、毎日同じものばかり食べていると飽きが来るし、食事は気持ち良く美味しくいただかないと消化にもメンタルコンディションにも良くないので、それなりのバラエティをつけることが必要だ。そのあたりは、チーム付きのコックや栄養士の腕の見せどころということになる。

毎日のメニューは、胃酸を出し過ぎない、肝臓に負荷をかけない、胃の中に水分を残さないといった、消化・吸収のプロセスにまで配慮して組み立てられる。

具体的にいえば、主食となるのは、食べてからすぐにエネルギーとなる炭水化物が主体のプリモピアット、しかも米(リゾット)と比べると消化のいいパスタである。たんぱく質が主体のセコンドピアット(肉や魚)は、必要な量だけ摂取して摂り過ぎないようにすることがむしろ大事だという。赤い肉(牛肉など)よりも白い肉(鶏肉など)、脂肪よりもたんぱく質、というのが基本である。野菜類も、消化を考え、生ではなく茹でたもの、あるいはグリルしたものを中心に食べる。

以下は、イタリア代表チーム付きの料理長フランコ・ソンチーニ氏による、アズーリ合宿時の典型的なメニューだ。

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◆朝食(300-400カロリー)
――トースト、ビスケット、コーンフレーク+はちみつ、ジャム/マーマレード
――ミルク、コーヒー、ヨーグルト
朝食に重いものを摂らず、甘いクロワッサンやビスケットとカプチーノ(またはカフェオレ)で済ませるというのが、一般的なイタリアの食習慣。アスリートもそれは変わらない。午前中の練習で燃やすだけのカロリーが摂取できていれば、それでOK。

◆昼食(通常1600-1700カロリー/試合前1900-2000カロリー)
――前菜:野菜(茹で、グリル)、軽めのフレッシュチーズ(モッツァレッラなど)、生ハム類をビュッフェ形式で
胃の中に消化のための土台を作る食べ物を自由に摂る。必ず主食(パスタ)の前に食べる。
――主食:パスタを食べたいだけ(通常は100-150g)
最大のエネルギー源となる炭水化物を摂取する。少しでも消化を早めるため、よく噛んで食べざるを得ないショートパスタを使い、スパゲッティは避ける。シンプルなトマトソースで和えるか、茹でただけのパスタにオイルとパルミッジャーノチーズをかけて食べるか。
――肉、魚:もし食欲があれば。普通はパスタで満腹になるようだが。
――デザートとコーヒー:デザートは、スフレ、タルトなど小麦粉と天然の甘味だけを使ったもの。チーズやクリームを使ったもの(ティラミス、パンナコッタなど)は消化が悪いので避ける。コーヒーはもちろんエスプレッソ。

◆夕食(1500カロリー前後)
――前菜:昼食と同じ
――主食:パスタあるいはリゾット(100g前後)
夕食は消化を急ぐ必要がないのでスパゲッティも可。ソースも、肉や魚介類(ただし貝類は消化が悪いので使わない)、きのこなどを使ったものを。必ず昼食とは違うものを出し、変化をつけて飽きさせないようにする。時にはピッツァ・マルゲリータ(トマトとチーズだけのシンプルなもの)も。
――肉、魚:肉が主体で、魚は木曜か金曜に食べる(イタリアの習慣がそうなので)
脂肪が少ない白い肉(鶏、七面鳥、ほろほろ鳥、兔、子牛)が中心。たまにはローストビーフやヒレステーキも可だが、子羊、マトンなど繊維質が多く消化がよくない肉は避ける。魚も、白身魚が中心で、赤身はあまり食べない。いずれも味付けは常にシンプル。オイル、塩、ハーブ類のみ。
――デザートとコーヒー:昼食と同じ
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このソンチーニ氏は、イタリアでも食の都として知られるパルマの出身。かつては地元の料理協会を代表し、エリザベス女王(英)や故・ミッテラン元大統領(仏)が臨席する晩餐のために腕を振るったこともあるという。そんな一流の料理人を、代表チームの料理長として迎えてしまうところにも、イタリアならではの並々ならぬ食へのこだわりが表れている。

イタリア料理に典型的な食材の中にも、様々な理由からアスリートのための料理には使われないものがある。その代表的なものがニンニクとタマネギ。これは、人によって消化できない場合があるためだ。また豆類は、胃の中で発酵してげっぷやおならの因になるため、全面的にオフリミット。野菜類の中では、利尿作用があるアスパラガス(尿によってミネラル分を失う)、鉄分は多いが消化に悪い繊維質を含むアーティチョークがご法度である。また、胡椒と唐辛子も、刺激物だからという理由で料理には使われない。

――と、これだけ気を使っていながら、イタリア代表の場合、試合の前日に食べる夕食のメニューは、主食がパルミッジャーノチーズのリゾット、その後にローストチキン&ポテトと決まっているという。消化や栄養の観点からすると決して優れているとはいえない料理が定番になっているのは、これが82年ワールドカップ決勝前夜のメニューだったから。最後に勝負を分けるのは科学よりも縁起の良し悪し、というのが本音だったりするわけだ。

ところで、イタリア代表のスター選手たちは、年俸数億円を稼ぎ出す大金持ちである。さぞかしグルメなのだろうと思いきや、日々の食事がこうだからか、食事の好みはみんなシンプルそのものだった。

「ディフェンスのカンナヴァーロは、ナポリ出身らしく、トマトソースのパスタやピッツァマルゲリータがお好み。マルディーニもピッツァが好きですね。トッティの好物はこってりしたラザーニャ。デル・ピエーロは好き嫌いを言わず何でも食べます」

究極は、イタリアが誇るストライカーのひとり、フィリッポ・インザーギの好物だろう。パスタビアンカ(白いパスタ)、つまり茹でただけの素のパスタである。

このパスタビアンカ、普通はオリーブオイルとパルミジャーノチーズだけをかけて食べるのだが、これに別皿に盛った生トマトを添えるのが「インザーギ風」だとか。試合前の昼食にはこれを150gは食べるという。日本の感覚でいえば「ふっくら炊き立ての白いご飯にきゅうりの一夜漬けを添えてどんぶり三杯」というところか。そう考えるとすごく美味しそうだと思いませんか?■
 
(2005年2月16日:初出『El Golazo』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。