FFP特集その8(とりあえずこれで打ち止め)は、2015年に導入されたFFP審査基準改定について。今ミランが使おうとしている「ヴォランタリー・アグリーメント=自主協定」が導入されたのもこの時です(まだ誰も使ってないけど)。時代と環境の変化に対応する形で、新規参入へのインセンティブを高める方向で見直しが行われたわけですが、こうした形である程度柔軟に状況に自らを最適化していくところは、UEFAの良さだと思います。その点は会長がプラティニからチェフェリンに替わっても引き継がれているように見えます。

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UEFAは2015年6月30日、プラハで行われた定例理事会で、ファイナンシャルフェアプレーの審査基準を緩和の方向に見直した改訂案(対象期間は15-16シーズンからの3年間)を承認した。
 
「FFP2.0」とでも呼ぶべきこの改訂にあたってUEFAが取った考え方を短くまとめると「緊縮から計画的投資へ」「新規参入と競争の促進」という2点になる。ミシェル・プラティニ会長は5月21日、フランスのラジオ局とのインタビュー(UEFAオフィシャルサイトに転載された)でFFP緩和の方針について、次のように予告していた。

「FFPの導入を決めた2011年、ヨーロッパのクラブは総額で年間17億ユーロもの赤字を出していた。しかし現在は4億ユーロと5億ユーロの間に収まっている。これは大きな成果だ。FFPはクラブの財政を大幅に改善し、サッカーのビジネス的な信頼性を大きく高めた。これからは緊縮の時期を終えて、持続可能な成長の機会をより多く提供できる時期に入って行く」

FFPが構想された00年代末は、2007年のリーマンショックとそれに続く世界的な大不況によってオーナーが資金力を失い経営難に陥るクラブが相次ぐという状況があった。そこで赤字経営に規制をかけることでクラブの経営基盤を安定させ、欧州サッカー全体の健全かつ持続可能な発展を図ることが導入の狙いだったわけだ。

しかしそれから5年あまりが過ぎた現在、経済環境は変わりつつある。CLというビジネスが市場のグローバル化(とりわけアジアでの急拡大)に伴って不況知らずの成長を続けているのを見て、これまでの北米に加えてロシア、中東、そしてアジア、さらには多国籍投資ファンドまでが、ヨーロッパのプロサッカーにビジネスチャンスを見出して投資を始めたのだ。

だが、オーナーによる赤字補填に厳しい制限をかけた従来のFFPには、新規参入オーナーによる新興勢力のチーム強化を大きく制約するという側面もあった。その一方で、すでに経営と戦力の基盤を確立して「CL上位の常連」となったエリートメガクラブについては、その既得権を守る方向に働いてもいた。FFPが「格差の固定化」を助長するという構造があったわけだ。

十分な資金力を持って新規参入したものの、FFPの縛りによって大型投資そのものが許されなかったPSGやマンCがこれに反発してきたのもそのためだ。

FFPのこうした側面に対しては、そのPSGとマンCのサポーター有志、そしてベルギー人の代理人ダニエル・ストリアーニが、赤字幅を制限する仕組みはEU憲章が保証する自由競争の原則に反しているとして、ベルギーの裁判所に制度の適用中止を求める訴訟を起こしてもいる。

その原告をサポートしている弁護人は、20年前にサッカーの歴史を変えた「ボスマン判決」を引き出し、その後も代表招集時の故障に対する損害賠償訴訟など、FIFAやUEFAを相手取った大型訴訟をいくつも起こしてきた「天敵」ジャン・ルイ・デュポン。

この裁判は6月23日、赤字許容額を第1期の4500万ユーロから第2期の3000万ユーロに引き下げるというプロセスを停止すべしという一審判決が下され、UEFAはすぐさま上告した(判決は確定まで法的効力を持たない)。

こうした批判に応えるため、UEFAは今回の改訂で、FFPの基本的な考え方を維持しながらも、意欲を持った新規参入オーナーの投資を促進するような仕組みを新たに組み込んだ。これまでPSGやマンCがやってきたような短期集中型の投資による一時的な赤字経営が、条件付きとはいえ許容されるようになったのだ。

この仕組みは「自発的協定Voluntary Agreement」と呼ばれるもの。資金的な裏付けを持った新規参入オーナーがチーム再建・強化のために短期的な大型投資を必要とする場合、UEFAに投資計画と収支の見通し(赤字幅)を明確化したビジネスプラン、そしてその赤字を全額穴埋めできる保証を予め示してネゴシエーションを行えば、その結果に従う形で最大4年間にわたって計画的な赤字経営を行うことができるという仕組みだ。

この新ルールの詳細がまだ公表されていないため、どの程度まで赤字が許容されることになるかは明らかではない。当初から定められている第2期(2015-18)の赤字幅(3年間で3000万ユーロ)を上回る数字になることは間違いないが、かといってその何倍もの巨額の赤字が認められることはないはず。

というのも、最大4年の協定期間が終われば、クラブはFFPの枠内で経営を進めなければならなくなるため、人件費をはじめとする固定費を収入を大きく上回るレベルにまで膨らませて慢性的な赤字体質の種を蒔くことは、実質的に許されないからだ。

したがってクラブはビジネスプラン策定時から、クラブが本来持つ収益源(マッチデー、ブロードキャスティング、コマーシャル)だけをベースとして収支計画を立て、赤字として見込むのは選手獲得など一時的な投資分だけに制限することが必要になる。CLやELへの出場を前提にUEFAからの分配金を収入計画に組み込むことは、もちろん許されない。 

UEFAとネゴシエーションを行う仕組みとしては従来も、FFP基準をクリアできなかったクラブが行う「和解協定Settlement Agreement」があった。PSG、シティ、インテル、ローマなどが、FFP基準を超える赤字を出した結果としてこの協定を結んだのは周知の通り。今回の「自発的協定」はこれとは別枠だが、ひとつのクラブがこの両方の協定を使うことはできないため、PSGをはじめ上記のクラブは対象外となる。

一方、新オーナーの下でこれからチーム再建・強化のために大型投資を行おうとしているバレンシア、あるいは資本参加した少数株主が資金を提供しようとしているミランなどは、その恩恵を受けることができる立場だ。

ただし、一旦「自発的協定」を結んだクラブは、もしそれを守れなかった場合にも「和解協定」を求めることができないため、ビジネスプラン以上の赤字を出してFFP基準をクリアできなくなった場合には、すぐに厳しいペナルティ(選手登録制限、移籍制限、欧州カップ登録資格剥奪など)を受けなければならなくなる。

これで、事前に赤字を申告すれば認められるが予算をオーバーすれば厳しい罰が待っているのと、赤字幅に制限はあるがもし出た場合は事後に解決策を話し合う余地が残されているのと、クラブには2つの選択肢が与えられたことになる。いずれにしても、赤字の垂れ流しやオーナーによる無制限の補填が許されていないことに変わりはない。

とはいえ、この「自発的協定」制度によって、北米からロシア、中東、アジアまでのEU外資本がオーナーとしてCLビジネスに新規参入しやすくなることは間違いない。

イングランドからフランス、スペイン、イタリアに広がってきたEU外資本参入の流れは、今後ポルトガル、ベルギー、オランダ、オーストリアなど、の中堅国に波及する可能性が大きい。こうした国の有力クラブを買収して一気に戦力を強化するのが、短期間でCLへの切符を手に入れる一番の近道だからだ。

ただし、国内の間ケットは小さいため、最初からグローバルマーケットをターゲットにしたビジネスプランを策定する必要がありそうだ。これはこれでひとつのハードルだが、逆に思わぬブレイクスルーを生み出す可能性もある。

こうしたEU外資本の流入拡大によって、ミランやインテル、ポルトやバレンシアやアヤックスが復活し、あるいはアンデルレヒト、バーゼル、ザルツブルグといったクラブがメガクラブと肩を並べて群雄割拠するようになれば、CLはさらに魅力を増すだろう。

もちろん、その一方ではそれぞれのクラブがローカル性を失い均一化と画一化が進むなど、ビジネス化の進展がもたらすマイナス面も同時に膨らむことは避けられないが、それも時代の流れだろう。□

(2015年7月2日/初出:『footballista』連載コラム「Calcioおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。