FFPシリーズその7は、最初のチェック期間が終わった2014年6月に、UEFAがPSGとマンチェスター・シティに対して「和解協定」という絶妙な落とし所を見つけてソフトランディングした経緯について。この翌年には、オーナー交代時に限って最大4年間でのブレークイーブンを条件に単年度の集中投資を許容する「自主協定」という仕組みも導入することになるわけですが(まだどのクラブも使っていない。ミランが申請に向けてネゴシエーション中)、その話は次に上げるテキストで。
UEFAコンペティション(CL、EL)に参加するクラブに経営の健全化を義務づけた「ファイナンシャルフェアプレー(FFP)規程」が本格導入されてから2年。
5月16日、過去2シーズン(11-12、12-13)を対象にUEFAクラブ財政管理委員会(CFCB)が行った初めての審査に基づき、定められた基準をクリアしなかった以下の9クラブが、UEFAとのネゴシエーションに基づく「和解協定」として、罰金をはじめとする一連の処分を受け入れたことが、正式に発表された。
パリ・サンジェルマン(フランス)、マンチェスター・シティ(イングランド)、ゼニト・サンクトペテルブルグ、ルビン・カザン、アンジ・マハチカラ(ロシア)、ガラタサライ、ブルサスポル、トラブゾンスポル(トルコ)、レフスキ・ソフィア(ブルガリア)。
予想通りというか何と言うか、一番厳しいペナルティを受けたのは、PSGとマンCというアラブのオイルマネーをバックグラウンドに持つ2つのクラブだった。
「UEFAコンペティションの参加資格剥奪」という最も重い処分の適用は見送られたものの、以下で具体的に見る通り、ペナルティは経済的側面とスポーツ的側面の双方に及んでおり、クラブにこれまでの金満路線の転換を迫る厳しい内容になっている。ほとんどの項目はPSGとマンCに共通しており、一部のディテールが異なるのみだ。
○経済的ペナルティ
(1)罰金6000万ユーロ。ただしそのうち4000万ユーロは、期限内に以下の目標数値をクリアした場合には返還される。
(2)目標数値:2014年度のFFP決算収支*を-3000万ユーロ(PSG)/-2000万ユーロ(マンC)、2015年度はゼロ(PSG)/-1000万ユーロ(マンC)以内に抑える。
(3)14-15の人件費を現在の水準以下に抑制。上記目標をクリアした場合、15-16はこの制限を撤廃する。
(4)14-15、15-16の移籍市場への投下金額(移籍収支ではなく純粋な新規選手獲得支出)に厳しい制限を設ける(2000万ユーロという情報あり)。
○スポーツ的ペナルティ
(5)14-15のAリスト登録人数を通常の25人から21人に制限。前述の目標数値をクリアした場合、15-16はこの制限を撤廃する。
(6)Aリストへの新規選手登録を制限。
FFPの最も基本的な趣旨は「ブレークイーブン」、すなわちクラブの支出を収入の枠内に収めること。赤字経営の慢性化による財政破綻を避けることが最大の狙いだが、同時にオーナーによる赤字補填を禁止し、クラブを完全な独立採算で運営することも義務づけている。
PSGとマンCは、このFFPの縛りがあることを知りつつも移籍市場に莫大な資金を投資してチームを強化し、その赤字をスポンサー契約という隠れ蓑を使って穴埋めするという手法を取ってきた。それゆえ、この手法をCFCBがどう判断するかが、FFPが初めて適用される今回の審査における最大の焦点だった。
結論から言えば、その判断は、実質的に「スポンサー経由の赤字補填」と見做される収入はその形態にかかわらず認めないという基本原則に則った、きわめて筋の通ったものになった。
PSGは、本誌2月号の当コラムで取り上げたように、カタールの国営機関であるカタール観光局(QTA)と年間1億2500万ユーロという巨額のスポンサー契約を交わすことによって売上高を大きく水増ししてきた。
「公共機関であるQTAは、民間の投資ファンドであるPSGのオーナー企業カタール・スポーツ・インベスティメント(QSI)とは直接の関連性がないので、FFPが禁止するオーナー関連法人にはあたらない」というのが、PSGの主張だった。
それに対してCFCBが下した判断は、その主張そのものは受け入れるが、スポンサー契約額が市場価値を大きく上回っているため、FFPの審査においては市場価値に見合った金額(フェアバリュー)のみを売上高に算入する、というもの。算入額は明示されていないが、「PSGが計上した額を大幅に下回る」と明記されている。
マンCも、オーナーのアブダビ王族が経営するエティハド航空とのスポンサー契約によって売上高を水増ししていたが、CFCBはこれを「オーナー関連法人」による実質的な赤字補填だと判断して、FFPの審査における売上高に算入しないという措置を取った。
これによって、両クラブはいずれもFFP規程に定められた許容範囲(11-13の2年間で4500万ユーロ)を大きく上回る赤字を計上したと見做され、6000万ユーロという巨額の罰金が科されただけでなく、向こう2年間でCFCBの基準に基づくブレークイーブンの達成を約束させられた。
興味深いのは、単なる罰金や決算収支の目標数値の提示にとどまらず、さらに、チームのピッチ上での競争力を大きく制限する上記(3)から(6)までのペナルティも同時に科されているところ。
3)の人件費は、現時点でPSGが2億4000万ユーロ、マンCに至っては2億8000万ユーロという途方もない金額に膨れ上がっている。これを現在の水準以下に抑制し、さらに移籍市場に2000万ユーロ以上支出することができないとなれば、レギュラークラスの新戦力獲得は事実上不可能になる。その上、CLへのAリスト選手登録が4人も削減されるのだから、両クラブとも来季の競争力低下は避けられない。
しかし、今回の一件に関して最も注目すべきなのは、一連の処分がUEFAによって一方的に科されたものではなく、CFCBとクラブの間で、審査結果に基づくネゴシエーションが行われ、その結果「和解協定」としてクラブが処分を受け入れるという形が取られているところ。一方的な処分を受け入れさせられたのではなく、双方合意の上でクラブが基準に適合する義務を自ら負ったというところがポイントである。
この和解協定条項は、今年2月に公表されたCFCBの審査手続きマニュアルに盛り込まれたものだ。2009年にUEFA理事会でFFPの導入が決定され、翌年5月に具体的な審査基準が公表された当初は、審査結果に基づきUEFAがクラブに対して一方的に処分を通達するという、通常のプロセスが想定されていた。
当時は、2008年のリーマンショックとそれに続く世界金融危機の影響を受けて多くのクラブの財政基盤が揺らいでいた時期。まだマンCやPSGのように、ヨーロッパとは価値観が異なる中東の王族が桁違いの資金を投じて「新規参入」し、既存のルール(FFPもそのひとつだ)をカネの力で「強行突破」しようとするような事態は、そもそも想定されていなかった。
もしUEFAがFFP規程を厳格に適用して、そのまま一方的に処分を言い渡していたならば、おそらくPSGもマンCもCL、ELの参加資格剥奪は免れなかっただろう。しかし、そうなればそれを不服とするオーナー側との決定的な対立は避けられず、フットボールの世界に大きな混乱が生じたであろうことは、容易に想像がつく。
和解協定というプロセスも、そうした混乱を予め予見したUEFAが、問題をソフトランディングさせるひとつの妥協点として審査手続きの中に盛り込んだものだろう。
もしクラブが和解協定のネゴシエーションに応じないという敵対的な態度をとった場合には、UEFAはより厳しい処分(例えば参加資格剥奪)を一方的に通達することになる。しかしクラブが和解に応じれば、処分を軽減した上で目標達成のための時間を与えるという温情措置も用意されている(このあたりは司法取引と同じメカニズムである)。そしてどちらのクラブも、これを受け入れる方を選んだ。
PSGのアル・ケライフィ会長は、「QTAのスポンサーシップについての考え方で、UEFAとの間に埋められない溝があった。クラブは競争力維持について大きなハンディキャップを負うことになる。しかしヨーロッパ最強のチームを築くという我々の野心が、今回の一件によって挫かれることはない」とコメントしている。
PSGにとっても、そしてマンCにとっても、CLに出場できず、UEFAからの分配金も得られないというリスクを背負ってまで、UEFAを敵に回して戦うのは、どう考えても得策ではない。
こうした絶妙な落としどころを妥協点として用意できる柔軟性が、UEFAの、というよりもヨーロッパという戦争と外交で成り立ってきた世界の懐の深さである。□
(2014年6月1日/初出:『footballista』連載コラム「Calcioおもてうら」)