FFP関連のテキストを時系列でゆるゆると上げていくシリーズもこれで6回目。前回の1年後、2014年1月末時点での話ですが、この段階ではまだUEFAも「フェアヴァリュー」や「和解協定」といった落とし所を打ち出すには至っていません。この頃に水面下での駆け引きと調整が進んでいたわけですね。

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欧州メガクラブの売上高ランキングに異変が起こっている。

毎年この時期の恒例となっている、世界四大監査法人のひとつデロイトによる欧州主要プロサッカークラブの経営分析レポート「Deloitte Football Money League」(DFML)が今年も発表された。右上の表が、レポートの対象となっている昨12-13シーズンの売上高トップ20ランキング。

07-08から11-12までの5年間、その顔ぶれにまったく変化がなかったトップ6に、パリ・サンジェルマン、マンチェスター・シティという、アラブ資本をオーナーとする2つのクラブがランクインしてきたのだ。

アブダビの王族シェイク・マンスールをオーナーに持つマンCの売上高は、3億1620万ユーロ。12位から7位にジャンプアップした昨年からさらにひとつ順位を上げ、アーセナル、チェルシーを上回る6位となった。

さらに大きな変化は、昨年までこのレポートではトップ30にすら入っていなかったPSGが一気に、そのマンCよりも上の5位に入ってきたこと。12-13シーズンの売上高は3億9880万ユーロ。5億ユーロ前後という抜きん出た売上でトップ2を独占するスペイン2強にはまだ及ばないにしても、バイエルン(4億3120万ユーロ)、マンチェスター・ユナイテッド(4億2380万ユーロ)という名門中の名門とほぼ肩を並べる数字である。

ただ、ひとつ腑に落ちないのは、そのPSGの前年ランキングが10位と記載されていること。昨年版のレポートを見ると、10位はユヴェントスとなっておりPSGの名前は影も形もない。つまり、奇妙なことにランキングの書き換えが行われているのだ。

レポートの中ではその理由はもちろん、事実そのものにもまったく触れられていないのだが、なぜそうなったかを推測することは可能だ。それは間違いなく、PSGの売上高の大半を占めているカタール観光局(QTA)とのスポンサー契約に関わっている。

周知の通り、PSGの筆頭株主は、カタールの国営企業であるカタール投資庁の子会社カタール・スポーツ・インベスティメント(QSI)。クラブの会長を務めているナセル・アル=ケライフィは、カタールの首長タミール・アル=サーニーの友人とされるが、実質的には首長自身がオーナーだと考えていい。そして、スポンサー契約を結んだQTAは国の政府機関である。

つまり、この契約は実質的に、オーナーがクラブに資金を間接的に注入するためのチャンネルとして機能しているということだ。年間1億2500万ユーロというスポンサー料は、ランキング19位のローマ、20位のアトレティコ・R.マドリーの売上高全体と変わらない莫大な数字である。

この契約が結ばれたのは、昨シーズン半ばの2012年12月。したがって通常ならば、その売上が計上されるのは12-13、すなわちレポート最新版の対象シーズンからになるはずだ。ところがこの契約には、スポンサードの開始は契約締結を1年遡る11-12シーズンからとする、という遡及条項が盛り込まれており、PSGにはこの後すぐに、11-12シーズン分のスポンサー料が支払われている。

実際、昨年1月に公表された11-12シーズンの決算にはこの1億2500万ユーロが計上されており、それを含めた売上高は2億2050万ユーロとなっている。にもかかわらず昨年版のレポートでランク外になっているのは、デロイトが独自調査に基づき11-12のランキングを確定した2011年末の時点では、この契約はまだ影も形もなかったからだ。PSGは過去に遡って売上を計上し決算数字を書き換えているわけで、どう考えてもアブノーマルな話である。

ではPSGはなぜ、そうまでして11-12シーズンの売上を「水増し」したかったのか。その答えは、UEFAが公正な競争の確保とプロサッカー全体の健全かつ持続的な発展を目的として2011年から導入した、ファイナンシャルフェアプレー規程(以下FFP)にある。

FFPは、オーナーによる赤字補填を禁止し、クラブを完全な独立採算とした上で、決算収支の黒字化を求めている。PSGの決算報告書によれば、11-12シーズンの収支は500万ユーロの黒字だが、もしこの「水増し」がなければどうだろう、1億2000万ユーロという巨額の赤字が計上されていたはずだった。

なにしろこのシーズン、PSGはパストーレ、メネーズ、ティアーゴ・モッタ、マクスウェルらを獲得するために1億ユーロ近い資金を移籍市場に投下しているのだ。これはQTAからのスポンサー料を抜いたPSGの「実質的な」売上高を上回る数字。FFPの精神に照らせば、本来許容されるべきレベルの「金遣い」ではない。

この11-12シーズンを初年度としてFFPに関わる各クラブの財務内容をモニター・審査しているUEFAのクラブ・ファイナンシャル・コントロール・ボード(CFCB)は、PSGのこの決算内容がFFP規程に抵触する可能性があるとして、昨年11月、ジャンクロード・ブランGD(元ユヴェントス社長)をニヨンの本部に召喚して事情聴取を行っている。これは、売上高の50%以上を占めるスポンサー料を支払っているQTAが、FFP規程が定めるところの「オーナー関連法人」(そこからの支払いはオーナーによる補填として扱われる)にあたるのではないかという疑いによるもの。

もしそうであると考えられた場合、PSGがFFP規程をクリアできなくなる可能性は極めて高い。また、そうでない場合にも、スポンサーの契約額が市場価格と大きく乖離している場合には、利益供与のための「水増し」と見做され、CFCBによる審査においては、市場価値にあたると評価された金額だけが売上高に算入される(つまり水増し分は収入として認められない)ことになる。

もちろんPSGは、この2点についてUEFAに対する反論を準備している。ひとつめについては、オーナーのQSIが利益目的の投資ファンドであるのに対し、QTAは国営の公共機関であり、異なる法人格を持っているので相関してはいないというもの。2つ目については、QSIにとってPSGは、プロサッカーの世界的な認知度を利用してカタールの観光集客、さらには2022年ワールドカップのプロモーションを行うためのメディアという位置づけであり、通常の企業広告スポンサーとは異なる、ワールドカップの経済効果は数百億ユーロに上るもので、それと比較すれば1億2500万ユーロというのはプロモーション費用として妥当――というのがその論理だ。

しかし、もしこの主張が全面的に認められることになれば、FFP規程が骨抜きになることは避けられない。カタール王族のような国と直結した大富豪だけが、企業スポンサーではなく政府機関という立場を隠れ蓑にして、プロサッカークラブに桁違いのカネを投下できることになれば、公正な競争も何もなくなってしまうからだ。

実際UEFAは、ブランが行った11月の説明に納得しておらず、1月末、PSGのクラブオフィスに監査に入っている。この監査の結果も含めて、CFCBが11-12シーズン(モニター開始初年度)について行った審査結果は、今後数ヶ月のうちに公表されることが決まっている。その内容は、FFPの、そして欧州プロサッカーの未来を大きく左右するほどの重要性を持つことになるだろう。

ミシェル・プラティニUEFA会長は、昨年のクリスマスに発表した2014年を総括する所感で、次のように語っている。
「FFPについては、人々からの広く支持を得られないような決断を下さざるを得ない可能性もあることを承知している。しかし私の使命は、広い支持を得ることではなく自らの責任を果たすことにある。我々が愛するフットボールというスポーツに永続的な発展を保証するという責任を果たす準備はある」□

(2014年1月30日/初出:『footballista』連載コラム「Calcioおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。