FFP関連のテキストを順次ゆるゆると上げていくシリーズ、その5は11ー12シーズンのデロイト売上高ランキングに絡めて、マンCとPSGがスポンサー契約を通してオーナーからの資金注入を試みた経緯について。この時点ではまだUEFAもこうしたケースへの対応を想定していませんでしたが、この後間もなく「フェアヴァリュー」という考え方に基づき、オーナーと資本的なつながりのある企業からの過大なスポンサー料は、市場価値に準拠した金額に換算した上で扱う、という対抗策を打ち出すことになります。これに続いて、クラブとの直接のネゴシエーションに基づく和解協定settlement agreementという仕組みが導入されるわけですが、その話は次回以降で。

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毎年この時期の恒例となっている、世界四大監査法人のひとつデロイトによる欧州主要プロサッカークラブ経営分析レポート「Deloitte Football Money League」が今年も発表された。

レポートの対象となっている昨11-12シーズンの売上高トップ20ランキングは右上の表の通り。1位R.マドリーから6位アーセナルまでの顔ぶれはここ5シーズン変わっておらず、スペイン2強の「ワンツー」もこれが4年連続。00年代終わりから続いているランキングの固定化傾向に大きな変化はなかった。

この20クラブの売上高総計は48億6000万ユーロで、その伸び率は前年比10%。ユーロ圏、そしてEU全体の経済が深刻な不況に陥り、GDPがマイナス成長となっているにもかかわらず、プロサッカーのトップレベルは、全体として見ればその影響をほとんど受けていない。フットボールは不況知らずの成長産業なのである。

ただし、これはこのレポートで取り上げられている欧州主要国のメガクラブ、ビッグクラブに関しての話。欧州カップとは無縁の各国リーグ中位以下のクラブの中には、小さくない経済的困難に陥っているところが少なくないことは、本誌でもしばしば伝えられている通りだ。

ヨーロッパ、そして世界経済の中で、一部のグローバルな巨大資本による市場の寡占、富の独占が進んでいるのと同じように、プロサッカーの世界においても、売上高ランキングでトップ10に入るメガクラブの間に新たな格差が生まれ、ごくひと握りのトップクラブだけが他を置き去りにして成長を続ける「さらなる寡占化」が生じていることは、1年前にこのレポートの昨年版をレビューした際に指摘した通り。今年のレポートも、それが着実に進行していることをはっきりと示している。

売上高5億ユーロ規模というとてつもない数字で突出するR.マドリーとバルセロナ、3億ユーロ台後半でそれを追うマンU、バイエルンという上位4クラブが、5位チェルシー以下のグループに売上規模で明らかな差をつけ始めたという構図は、昨シーズンから継続している。

一見すると、売上高を3億ユーロ台に乗せたチェルシーが第2グループから一歩抜け出してトップ4に迫っているようにも映るが、これは昨季のCL優勝がもたらしたUEFAからの分配金(放映権料)大幅増によるもの。グループリーグ敗退を喫した今シーズンは大幅減が見込まれており、トップ4との差は再び開く可能性が高い。アーセナル、ミラン、リヴァプールといった1ケタ台後半のメガクラブも、売上高はここ数年横這い傾向で成長が鈍っている。

その中で唯一、劇的に売上高を伸ばしたのが、12位から7位にジャンプアップして初めてトップ10入りを果たしたマンチェスター・シティである。10-11シーズンの1億6960万ユーロから2億8560万ユーロへと、1億1600万ユーロ(前年比68%)もの伸び。増収分だけで19位ローマの売上高に匹敵する数字だ。

もちろん、これだけの急激な伸長にはからくりがある。1億1600万ユーロのおよそ3分の2にあたる7450万ユーロは、スポンサー収入の増加分。その大部分は、オーナーであるアブダビの王族シェイク・マンスールと深い関係を持つエティハド・エアラインとの胸スポンサー契約によってもたらされたものなのだ。

マンCが近年、最も巨額の資金を移籍マーケットに投じてきたクラブであることは周知の通り。2008年夏からの5年間の累計投資額は約4億9000万ユーロにも上る。売上高をはるかに上回る投資が可能だったのは、もちろん大富豪であるオーナーが赤字を補填してきたから。しかし、UEFAが昨年から導入したファイナンシャルフェアプレー(FFP)規程によって、それも今後は許されなくなる。その「抜け道」として使われているのがスポンサー契約というわけだ。

FFPは本来、オーナーによる赤字補填を禁止することによってクラブ経営を完全な独立採算とし、公正な競争の確保とプロサッカー全体の健全かつ持続的な発展を図ることを目的とするものだ。その考え方からすれば、スポンサー契約という抜け道を通してオーナーが実質的な赤字補填を行うというのは、許容し難い不公正である。しかし、法律上スポンサー契約は通常の商取引であり、相手がオーナーの関連企業であろうと、UEFAにはそれを禁じる権限はない。

それを承知の上で、さらに極端かつ露骨にこの抜け道を使っているのが、マンCと同じくアラブの大富豪(こちらはカタールの王族)をオーナーに擁するパリ・サンジェルマンだ。この11-12シーズンのレポートでは売上高ランキングでベスト30にも入っておらず、したがって売上高は1億ユーロ以下。にもかかわらず、ここ2シーズンだけで2億5000万ユーロもの資金を移籍マーケットに投じてきており、経営収支が巨額の赤字となっていることは間違いない。通常ならば到底FFP基準をクリアできる状況ではないはずだ。

ところが昨年12月仏『ル・パリジャン』紙が報じたのは、PSGはカタールの政府機関であるカタール観光局との間に年間1億5000万ユーロという途方もないスポンサー契約を結ぶことで、この赤字をすべて穴埋めするという掟破りの大技。もしこれが現実になれば、PSGの売上高は一気に2億ユーロ台後半となり、ランキング7~8位のマンCやミランと肩を並べる規模になる。

つい数年前まで、胸スポンサー契約の「相場」は、R.マドリー(B-win)やマンU(AIG→Aon)クラスの国際的なメガクラブでも年間2000万ユーロがいいところだった。昨シーズンからバルセロナがカタール財団と交わした契約は年間3000万ユーロ(来季からはロゴがカタール・エアウェイズに変わる予定)、マンUが最近アメリカの自動車メーカーGMと交わした過去最高額の契約ですら約5000万ユーロである。

そのさらに3倍にも上るPSGとカタール観光局とのスポンサー契約は、どう考えても市場原理を逸脱している。しかし、今のところそれを規制する手だてはUEFAにはない。余談になるが、UEFA会長ミシェル・プラティニの息子ローランは、昨年からPSGの親会社であるカタール・スポーツ・インヴェスティメントの社員となっている。

現実問題として、この抜け道を使って法外な赤字補填をできるオーナーは、アラブ、そしておそらくロシアというEU圏外の大富豪以外には存在しないと思われる。PSGとは別系統のカタール資本がたった2年で投資をストップしたマラガの例を見てもわかるように、マンCやPSGのようなクラブが今後も出てくる可能性は大きいとは言えないだろう。

とはいえ、クラブの資金力とピッチ上の結果に強い相関性があることは誰もが知る通り。その観点から見ると、スペイン2強、マンU、バイエルンという「ビッグ4」の座を今後数年の間にピッチ上で脅かす可能性を持つのは、チェルシーやアーセナル、ミランやユベントスよりもむしろマンCやPSGの方なのかもしれない。それが「フェア」なことなのかどうかは筆者にはわからないが……。□

(2013年2月2日/初出:『footballista』連載コラム「Calcioおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。