FFP関連のテキストを上げていくシリーズその4は、FFPが導入された11-12シーズン半ばに発表された10-11シーズン売上高ランキングをベースにした考察。ここで見たトレンドはその後5年経った現在まで続いており、UEFAのチェフェリン会長が「競争の中のバランスを見出して格差拡大を食い止めなければ」とコメントするに至っています。ラグジュアリータックスや保有選手枠削減などの可能性にも言及。

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世界四大監査法人のひとつデロイトによる欧州プロサッカークラブ経営分析レポート「デロイト・フットボールマネーリーグ Deloitte Football Money League」が、例年通り今年も2月に発表された。

毎年12月に発表されるUEFAの「クラブライセンシング・ベンチマークレポート Club Licencing Benchmark Report」と併せて、ヨーロッパにおける「ビジネスとしてのプロサッカー」の全体像を掴む上では、今や不可欠な資料である。

後者がヨーロッパサッカー全体の経済規模やトレンドを映し出しているのに対して、前者は売上高ベースで上位20クラブというきわめて限られたスーパーエリートについてのレポート。今回の本題はこちらだが、まず最初にUEFAの報告書をベースに、経済的側面から見た欧州プロサッカーの全体像を把握しておくことにしよう。

UEFA加盟53協会の1部リーグで戦う734クラブの総売上高(2010年期)は、127億9700万ユーロ。しかも前年比伸び率は9.1%と、EU経済全体の停滞ぶり(GDP成長率はほぼ横這い)が信じられないような成長を記録している。さらに言えば、2006年から2010年まで5年間の成長率はなんと42%。ヨーロッパのプロサッカーは1兆3000億円の市場規模を持ちながらさらなる急成長を続けている巨大産業なのである。

とはいえ、状況は決して薔薇色ではない。このビジネスを回していくために必要なコストは、この大きな売上高をさらに上回っており、欧州サッカー産業トータルの収支は赤字になっているからだ。しかも赤字幅は前年の約12億600万ユーロから約16億4000万ユーロへと33%も増加している。これは、収入に対して支出がおよそ2割も超過していることを意味する。

全734クラブのうち、2010年の決算が赤字だったクラブは半数を上回る56%。UEFAが主催する欧州カップ(CL/EL)のグループステージに参加した計80のエリートクラブに母数を限ると、赤字クラブの比率は65%(52クラブ)とさらに高くなってくる。これに歯止めをかけようという試みが、本誌前号の特集でも取り上げられていたファイナンシャルフェアプレー(FFP)規制ということになるわけだ。

さて、「フットボールマネーリーグ」が対象にしているのは、そのエリート層の中でもさらに限られた、売上高ランキング20位までの超エリートクラブである。驚かされるのは、数の上では全体のわずか2%強にすぎないこの20クラブの売上高が、欧州サッカー産業全体の売上高(約128億ユーロ)のおよそ3分の1にも達しているいう事実。

さらに言えば、レアル・マドリー、バルセロナ、マンチェスター・ユナイテッドというトップ3の売上高(12億9800万ユーロ)だけで、全体の約1割の富を独占している。これまでCLやELの話題を取り上げる時に「格差」という言葉をしばしば使ってきたが、欧州サッカー界の中にある「格差」がこれほどわかりやすく表れている数字は他にはないかもしれない。

表は、最新の「フットボールマネーリーグ2012」による10-11シーズンの売上高トップ20の一覧。デロイトは15年前からこのレポートを作成しているそうだが、筆者の手元には02-03シーズン以降の資料しかないので、比較の材料としてこの8年前のトップ20とその売上高も並べてみた。10-11シーズンの各クラブ売上高に続く(カッコ)内は、8年前と比較した売上高の伸び率である。

一見してわかるのが、スペイン2強の圧倒的な売上規模の大きさ。ともに4億5000万ユーロを超えており、毎年の伸び率も平均して2ケタを保っていることから、5億ユーロの大台達成も時間の問題だろう。

スペインの場合、3番手が20位のバレンシアだという事実が示す通り、サッカーに集まる経済的リソースのほとんどをマドリーとバルセロナが独占しているという特殊事情があるが、もちろんそれだけでは合わせて9億ユーロにも上る市場規模の大きさは説明できない。

ブロードキャスティング収入(TV放映権料、UEFAからの分配金など)、コマーシャル収入(マーチャンダイジング、スポンサーなど)のいずれでも1億5000万ユーロを上回る数字を叩き出しているのは、スペインやヨーロッパにとどまらず、アジアや北米を含めた国際市場において傑出した競争力、すなわち知名度と人気を誇っているからだろう。

8年前と比較した伸び率でも、この両クラブは他を圧倒している。マドリーが2.5倍、バルセロナに至っては3.6倍増を記録しているのだ。当時はランキングでむしろ上回っていたイタリア勢が8年間でほとんど売上を伸ばせずにいるのとはまったく好対照。今や両者の間には倍以上の差がついてしまった。

FFPが導入されてオーナーによる赤字補填が許されなくなった今、クラブの売上高は移籍マーケットにおける「購買力」と直結していると言っていい。単純に考えれば、マドリーやバルセロナの補強予算はミランやインテル、ユヴェントスの2倍以上ということである。この「経済格差」がそのままピッチ上での「戦力格差」につながることも言うまでもない。

事実、8年前と比較すると、トップ10のうち8クラブが同じ顔ぶれ(ニューカッスルとユヴェントスが落ちてバルセロナとシャルケが入った)だが、その中での「経済格差」は明らかに拡大している。8年前は1位マンUと10位チェルシーの間には、売上高で1.87倍の格差しかなかった。しかし昨シーズンの1位マドリーと10位シャルケの格差は2.37倍まで開いている。1位と20位を比較すると、02-03の3.12倍に対して昨シーズンは4.17倍だ。

トップ10の売上高をざっと見ると、4億ユーロ台のスペイン二強を追って3億ユーロ台のマンU、バイエルンと、上位4クラブが5位以下のグループ(いずれも2億ユーロ台前半)に明らかな差をつけ始めていることがわかる。

これは何を意味するのだろうかと考えてみると、ひとつの仮説が浮かび上がってくる。それは、「メガクラブ」と呼ばれる超エリートクラブの中でも、さらに一握りのクラブだけが世界のマーケットで他を置き去りにして成長を続けるという「さらなる寡占化」が始まりつつあるというものだ。

象徴的なのは、この4クラブが他を引き離して売上高を伸ばし始めた07-08以降の4シーズン、CLのファイナルを戦ったのはマンU3回、バルセロナ2回、バイエルン、インテル、チェルシー各1回。8枠中6枠を売上高トップ4のクラブが寡占しているのである。

04-05シーズン以来不動の1位を保っているマドリーが、昨季のベスト4を除くとずっとベスト16で敗退し続けていたのはご愛嬌だが、もしマドリーが売上高に見合った結果をピッチ上で残していれば、それこそCLファイナリストの座、そしてビッグイアーはトップ4による完全寡占状態になってしまっていたかもしれない。そして、今シーズン以降がそうならないという保証はまったくどこにもない。

こうしてみると、「格差のさらなる拡大と超エリートクラブによる寡占化」が欧州サッカー産業のメガトレンドということになりそうだ。FFPの導入によって、今後かつてのチェルシーや近年のマンチェスター・シティのように、金満オーナーによる集中的な資金注入で一気に戦力を増強し、短期間で主役の座に躍り出るという力技はご法度になった。これもこのトレンドに拍車をかける結果になるのかもしれない。

今回は俯瞰的なトレンド分析だけで紙幅が尽きてしまったので、停滞が続くイタリア勢を含めた各クラブの個別事情については、機会を改めて掘り下げることにしたい。お楽しみに。■

(2012年2月02日:初出『footballista』連載コラム「Calcioおもてうら」)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。