FFP関連のテキストを少しずつ上げていくシリーズ、第3弾はFFP導入前夜の2011年、10-11シーズン冬の移籍ウィンドウにかこつけて書いた、クラブ側のメンタリティについての話。目先の戦力補強を我慢するというのは、クラブ経営者にとって最も難しい選択のひとつです。

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「UEFAはヨーロッパ移籍市場の終了間際の動きについて承知している。ファイナンシャル・フェアプレー(以下FFP)は、クラブが選手獲得のために投資するのを妨げるものではなく、収支の均衡を要求するものだ。今回行われた移籍は、FFP原則に基づく最初の審査対象期間である2012年度、2013年度の決算に影響をもたらすだろう。UEFAは、クラブがFFP原則についての認識を深め、今後4~6回の移籍市場セッションを経る間に、収支の均衡を達成することを確信している」

これは、冬の移籍市場がクローズした翌日、2月1日にUEFAが出したステートメント(の抜粋)である。

ご存じの通りFFPは、プロサッカークラブに経営の健全化を強制するためにUEFAが導入しようとしている新ルール。来シーズンから段階的に導入され、5年後には赤字経営や損失補填が一切禁止される。上で言及されている「移籍市場終了間際の動き」というのはもちろん、5800万ユーロという法外な金額を積んでリヴァプールからフェルナンド・トーレスを獲得したチェルシーのそれを指すものだろう。

チェルシーは、マンチェスター・ユナイテッドと並んでヨーロッパで累積債務が最も大きなクラブとして知られている。クラブは昨年5月、「チェルシーFCは負債を一切持っておらず(debt free)、大株主であるFordstam Ltd(旧Chelsea Ltd)からも、ローマン・アブラモヴィッチからも借り入れはしていない」というステートメントを出しているが、7億ポンドを超える累積赤字が消えたわけではなく、複雑な会計操作によって関連会社に付け替えているだけだという見方が専ら。

事実、Fordstam Ltdはアブラモヴィッチから7億2600万ポンドを無利子で借り入れているとされる。UEFAがFFPの審査において、こうした会計操作をどこまで追及するのかはわからないが、これを許容すればFFPそのものが骨抜きになることは必至だけに、見逃してもらえる可能性は少ないだろう。

いずれにせよ、5800万ユーロというのは、チェルシーの年間売上高(2億5600万ユーロ)の2割以上にあたる数字だ。夏の移籍マーケットでは、年俸の高いベテラン(デコ、カルヴァーリョ、バラック、J.コール)を手放す一方で新戦力の補強は最小限に抑えるなど、FFP導入を見据えた緊縮財政に舵を切ったかに見えたが、その結果はここ数年で初めての優勝戦線早期脱落。マスコミやサポーターの不満は募るばかりで、アブラモヴィッチも我慢ができなくなった格好である。

長期的な財政立て直しよりも目先の勝ち負けに振り回され、本来使ってはいけないカネを使ってしまったのは、イタリアのビッグ3も同じ。おかげさまで冬のカルチョメルカートは近年稀に見る盛況だった。

その具体的な動きは文末の表の通り。まずはミランがカッサーノで動き、インテルがパッツィーニ獲得でそれに応えると、ユヴェントスもメルカート最終日になって慌ててそれに追随、マトリを獲りに行くという展開だった。

積極的な補強で戦力が強化されたのはまことに結構だが、そんな買い物をして決算は大丈夫なのか、赤字にはならないのかというのは当然の疑問である。UEFAが冒頭に引用したステートメントを出した翌日、ミランのアドリアーノ・ガッリアーニ会長は自虐的にこうコメントしたものだ。

「誰もがFFPについて話をしながら、その一方では気が違ったように選手を買っている。我々も含めてね。FFPが導入されたらどんなことになるのか?わからない。その時はその時だ」

実際、各クラブの直近の決算内容を踏まえて今シーズンの移籍市場での動きを見る限り、ミランもインテルも収支の帳尻はまったく合いそうにない。今シーズンの決算はFFPの審査対象ではないが(スタートは来季から)、構造的な赤字体質はそう簡単に解消できるものではない。

具体的に見てみよう。インテルは過去数年間に渡って1億5000万~2億ユーロ規模という巨額の赤字を垂れ流してきた。しかし昨シーズン(09-10)の決算ではそれが6900万ユーロにまで圧縮されている。この数字だけを見れば、収支は大きく改善されたように見えるかもしれないが、実際にはまったくそんなことはない。赤字の縮小をもたらしているのは売上高の大幅な増加だが、その増加分は大半が営業外の臨時収入であり、基盤となる営業収入はそれほど増えていないのだ。

臨時収入というのは、イブラヒモヴィッチの売却益(5800万ユーロ)、モウリーニョの契約解消に伴う違約金(1600万ユーロ)、そしてUEFAからのCL分配金。これらを含めたインテルの売上高は3億2300万ユーロに上るが、そのうち営業収入は2億2500万ユーロ(全体の70%弱)に過ぎない。

最大の問題は、支出総額が08-09シーズンと比べてさらに増え、4億ユーロの大台に乗っていること。ここにはCL優勝ボーナスを初めとする臨時支出も含まれているが、通常の支出も3億5000万ユーロは下らない。2億ユーロ台前半の営業収入に対し、支出が3億ユーロ台後半となれば、赤字は1億ユーロを軽く超える(実際過去数年はそうだった)。

来季から適用されるFFP第1ステップのガイドラインは、2シーズン(11-12/12-13)合計の赤字総額が4500万ユーロを超えてはならないというもの。許される年間の赤字幅はたった(!)2250万ユーロにすぎない。インテルが今後の努力によって営業収入を年間2億5000万ユーロまで増やすと仮定しても、支出を現在よりも7-8000万ユーロ圧縮しない限り、帳尻は合わない計算になる。

そんなことが現実として可能なのだろうか。支出削減の最も有効な手段は、人件費の圧縮である。インテルの人件費は現在1億2140万ユーロだが、たとえ3割削減に成功したとしても、圧縮幅は3600万ユーロ強に過ぎない。残りは地道な経費削減、そして移籍金収支をプラスにすることによる収入増でカバーする以外にはないだろう。

昨夏の移籍マーケットでインテルが新戦力補強を実質ゼロに抑え、バロテッリ、クアレスマの売却で移籍金収支を4000万ユーロ以上のプラスにしたのも、FFPを見据えてのこと。しかしこの冬のお買い物で収支はほとんどチャラになってしまった。

パッツィーニとラノッキア、そして長友のレンタル料で3350万ユーロ。長友とカルジャの完全移籍は来シーズンだが、合わせれば1000万ユーロ近い移籍金を来季の補強予算からすでに先食いしている格好である。他にも収支改善の手段があるのなら別だが、そうでないとすればFFP基準適合はまったくおぼつかないと言わざるを得ない。

昨季決算で赤字を大幅に圧縮(6600万ユーロ→980万ユーロ)したのはミランも同じ。しかしこちらも、カカの売却益という臨時収入による売上高の大幅増(2億3790万ユーロ→3億2760万ユーロ)がその要因であり、構造的にはインテルとまったく同じ。

昨季の赤字幅はFFPの許容範囲に入っているが、来季以降もこれを維持するためには、パト、ティアーゴ・シルヴァといった大物を売却するのでなければ、現在1億3000万ユーロとリーグで最も多い人件費の大幅削減に手をつける以外にない。実際ミランは、今シーズン末に満了を迎えるピルロ、セードルフ、アンブロジーニ、ネスタ、インザーギといったベテラン勢の契約更新を凍結しており、彼らが大幅減俸を受け入れない場合には延長を見送る可能性もある

今季の移籍金収支は夏冬合わせてマイナス2000万ユーロ強と、常識的な範囲に収まっているように見える。しかし、夏に獲得したイブラヒモヴィッチの移籍金2400万ユーロは、来季からの3年分割払い。こちらも未来の補強予算をたっぷり先食いしている。

マトリの獲得でこれと同じ手を使ったのがユヴェントス。移籍金1700万ユーロのうち、今季支払うのはレンタル料150万ユーロだけで、残る1550万ユーロは3年分割の支払いとなる。

FFPの導入が近づいているにもかかわらず、ビッグ3が我慢できずに赤字覚悟で選手を買いまくってしまった背景にあるのは、今季のセリエAの混戦状態だろう。7年ぶりのスクデットがどうしても欲しい首位ミラン。監督交代で調子が上向き諦めかけたスクデットが視野に入ってきたインテル。ここで崩れればCL出場権すら危うくなってしまうユーヴェ。いずれも、目先の利害に囚われざるを得ない状況に置かれているのだ。

「予算がない」という理由で動かず、その結果として目標を逃すことになれば、マスコミやサポーターから集中砲火を浴びることは目に見えている。それ以前にまず、補強すればタイトルが手に入るかもしれないのにそれを我慢しろということ自体、モラッティやガッリアーニにとっては拷問のようなものだろう。彼らは金を持っていないわけではないのだから。「FFPなんてその時に考えればいい」とお買い物に踏み切ってしまう気持ちはよくわかる。

とはいえ、もしひとりの個人がこういう行動パターンを取れば、行き着く先は間違いなくカード破産だし、プロサッカークラブの経営が破綻する時の典型的なパターンもまさしくこれだ。優勝や昇格や残留を見込んで大型補強をしながら目標をしくじり、そのツケが一気に回ってくるというやつである。実際、イタリアにもイングランドにもスペインにも、いつそうなってもおかしくないクラブはごろごろしている。

UEFAのミシェル・プラティニ会長は、移籍マーケット終了間際の1月27日、イタリアサッカー協会が主催したクラブ向けのFFPセミナーに出席してこう語っている。

「私が求めているのはきわめてシンプルなことだ。クラブが持っている以上の金を使わない、赤字経営をしない、それだけだ。UEFA加盟全クラブの約半分が赤字で、昨シーズンの損失額は12億ユーロにも上っている。この状況を放置するわけにはいかない。FFPのルールは厳格に適用する。基準を満たせないクラブはUEFAコンペティションから排除される。その結果破産するとしてもそれは経営者の責任だ」

もし今シーズンからFFPが適用されていたら、UEFAコンペティションに参加した235クラブのうち少なくとも11クラブは参加資格がなかったと言われる。UEFAは「ブラックリストは出さない」という方針で具体的なクラブ名は公表していないが、ミラン、インテル、マンU、チェルシーがそこに含まれていることは間違いないようだ。彼らの尻に火がついた時、果たしてどんなことが起こるのか……。□

<インテル>
ラノッキア(DF・ジェノア)1250万ユーロ*
カルジャ(MF・ジェノア)レンタル
パッツィーニ(FW・サンプドリア)1900万ユーロ
カスタイフノス(FW・フェイエノールト)300万ユーロ**
長友(DF・チェゼーナ)レンタル200万ユーロ**

総額3650万ユーロ+400万ユーロ
*共同保有権買い取りによる完全移籍
**保有権取得のみ。移籍はシーズン終了後
***シーズン終了後の買い取り(残金400万ユーロ)合意済み

<ミラン>
カッサーノ(FW・サンプドリア)170万ユーロ
エマヌエルソン(MF・アヤックス)140万ユーロ
ファン・ボンメル(MF・バイエルン)フリー
レグロッタリエ(DF・ユヴェントス)80万ユーロ
ディダク・ヴィラ(DF・エスパニョール)300万ユーロ

総額690万ユーロ

<ユヴェントス>
バルザーリ(DF・ウォルフスブルク)30万ユーロ
トーニ(FW・ジェノア)フリー
マトリ(FW・カリアリ)レンタル150万ユーロ*

総額180万ユーロ+1550万ユーロ
*シーズン終了後の買い取り(残金1550万ユーロを3年分割)合意済み

(2011年2月12日/初出:『footballista』連載コラム「Calcioおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。