過去に書いたFFP関連の記事を少しずつ上げていくシリーズその2は、バックグラウンドとしての欧州クラブ勢力地図(2009年時点)。デロイトのフットボールマネーリーグについては、2007年くらいから出るたびに毎年何かしらレポートしてきているので、それもこの流れの中で順次アップします。手前味噌ですが、この時点でドイツの復権について言及している人は、日本ではもちろんこっちでもまだあまりいなかったと思います。

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世界四大監査法人のひとつデロイトによる欧州プロサッカークラブ経営分析レポート「Deloitte Football Money League」の2010年版がさきごろ発表になった。「ビジネスとしての欧州サッカー」の現状を浮き彫りにする毎年恒例のこのレポート、08-09シーズンの売上高ランキング(トップ10+2)は次の通り。

1) Real Madrid €401.4M;2)Barcelona €365.9M;3)Man Utd €327.0M;4)Bayern €289.5M;5)Arsenal €263.0M;6)Chelsea €242.3M;7)Liverpool €217.0M;8)Juventus €203.2M;9)Inter €196.5M;10)Milan €196.5M;11)Hamburg €146.7M;12)Roma €146.7M

一見してわかるのは、トップ10と11位以下の間に大きな溝があるということ。実際、イングランドの4大クラブ、イタリアのビッグ3、スペインの2強、そしてバイエルンというトップ10の顔ぶれは、ここ10年以上ほとんど変わっていない。
 
10クラブ間の勢力地図を見ると、まず目立つのは1、2位に君臨するスペイン2強の好調ぶりだ。R.マドリー、バルセロナとも、この5年間平均二ケタの伸び率で売上高を伸ばしており、昨シーズンは円換算すると共に400億円の大台に乗せている。

3~7位を占めるのは、イングランドの4大クラブとバイエルン。イタリア勢は8~10位と、ついにトップ10の最後尾に後退してしまった。スペイン2強とは対照的に、この5年間の売上高は横這いからむしろ減少傾向にある。

このままだと、上にいる7チームとの差はさらに拡大し、遠からず先頭集団から脱落してしまう可能性すらある。この経営的な困難が、ピッチ上の結果にもはっきりと表れ始めていることは、CLの結果を見るだけでも明らかだ。

例年は上位20クラブのリストしか出てこないこのレポートだが、今年は21-30位のランキングも公開された。これを見ると、ビジネスという観点から見た国別の勢力地図がかなりはっきりと浮き上がってくる。

面白いのは、トップ30に入っている国別のクラブ数だ。イングランド10、イタリア6、ドイツ6、フランス4、スペイン3、その他1。これを元にしてクラブ単位ではなく国単位で切り取ってみると、クラブ別のランキングとはまた違う状況が見えてくる。

ダントツと言っていいのは、トップ30の1/3にあたる10チームがランクインしているイングランド。おなじみ4強に加えて、トッテナム(15位)、マンチェスター・シティ(19位)、ニューカッスル(20位)、アストン・ヴィラ(25位)、エヴァートン(27位)、ウェストハム(29位)というのがその顔ぶれだ。

近年のプレミアリーグの隆盛ぶりがはっきりと表れた結果だが、今シーズンに入ってから出てきた様々な動きを見ていると、その隆盛もおそらくこの08-09シーズンがピークではないかという印象も受ける。

かつて97-98シーズンにはこのランキングで5位になったこともあるニューカッスルは、昨季の不振で今年はついに2部落ち。ウェスト・ハムも、経済危機の影響をもろにかぶる形で身売りを余儀なくされ、戦略変更を余儀なくされている。

さらに不安なのは、投資以外の目的を持たないアメリカ人オーナーによって巨大な負債を抱え込まされているマンUとリヴァプールの状況である。

マンUの負債は昨シーズン末で約7億ポンド(1000億円弱)に上っているが、元々これはオーナーのマルコム・グレイザーがクラブを買収するために銀行から借りた借金を、帳簿上の操作でクラブに付け替えたために生じたもの。クラブの経営状態は健全であるにもかかわらず、この負債のおかげで債務超過の危機に陥っており、昨夏は決算の帳尻を合わせるためにC.ロナウドを売却しなければならなかった。現経営陣は、5億ポンドの社債を発行してそれを借入金の返済に充当しようと目論んでいるが、これは銀行からオーナーが借りた負債を投資家に押し付けるのと変わらない。

これに対して、サポーターの間で反グレイザーの動きが強まっていることは、先週のCLミラン戦で、黄色と緑をシンボルカラーにしたサポーター団体「マンチェスター・ユナイテッド・サポーターズ・トラスト(MUST)」が、「UNITED AGAINST GLAZER」とか「I LOVE UNITED, I HATE GLAZOR」といった派手な横断幕を張り出していたことからもうかがわれる通り。

このMUSTと連携を取る形で結成された投資家グループ「レッド・ナイツ」は、10億ポンド規模の資金を準備してのクラブ買収計画を進めているとも伝えられる。とはいえ、計画が具体化するまでにはまだ時間が必要だろう。その間もマンUが債務超過の危機に晒されていることに変わりはない。

リヴァプールの状況はもっと深刻だ。負債の金額そのものはマンUの半分程度だが、6月30日までに返済できなければ破産の恐れすらあると伝えられる。今夏はジェラード、トーレス、マスチェラーノといった主力の売却は必至という噂も流れている。

2000年代に入って以降のプレミアリーグの隆盛は、単に有利な投資先を求めて流入した国外資本に頼る部分が決して少なくなかった。昨年来の世界経済危機によってそのバブル部分が消え、調整局面に入ったというのが現在の状況だろう。それが一段落する数年後、プレミアリーグの勢力地図がどう変わっているのかはまだまだ不透明だ。

そのイングランドに次ぐ6チームをトップ30に送り込んでいるのがドイツとイタリア。だが両者の現状はまったく対照的だ。

この10年ほど、明らかな衰退期を過ごしていたドイツだが、W杯を開催した2006年前後から、ブンデスリーガが着実に隆盛を取り戻しつつある。ビジネスという観点から見た成長性は、プレミアリーグをも上回ると言っていいだろう。

そう言い切れる最大の理由は、現在の隆盛が投資や投機ではなく、入場料やスポンサーフィーといった地に足のついた収入に支えられていることだ。象徴的なのは、09-10シーズン前半(12月末まで)の1試合平均観客動員数で、ブンデスリーガが4万2630人とダントツの首位に立っていること。ちなみにそれに次ぐのがプレミアリーグで3万3934人、さらにリーガ・エスパニョーラ2万8706人、セリエA2万5169人、リーグ・アン1万9965人となっている。その背景にあるのは、W杯でスタジアム環境が一気に整備されたこと。

またドイツは、クラブの経営内容に対する規制が厳しく、移籍マーケットに過大投資をするような放漫経営が許されていないため、どのクラブも財務的には健全そのもの。地味で堅実といういかにもドイツ的なやり方で少しずつ着実に失地回復を続け、ついにかつての隆盛を取り戻すところまで来た感がある。

5年前の03-04シーズン、売上高ランキングのトップ20に入っているのはバイエルン(9位)とシャルケ(17位)の2チームだけだった。しかし昨シーズンは5チームを送り込み、ついにイタリア(4チーム)を抜き去った。

ブンデスリーガの隆盛は、ピッチ上の結果にもはっきり表れている。UEFAカントリーランキングで3位に上がり、4つめのCL出場枠をイタリアからもぎ取るのはもはや時間の問題である。

そのイタリアは、最初に見た通り明らかな後退局面に入っている。これまでこのコラムで何度も取り上げてきた通り、その大きな理由は、ドイツとは対照的に劣悪なスタジアム環境。ユーロ2012開催で一気に刷新を図ろうという目論見が外れ、続くユーロ2016にも立候補したものの、プラティニUEFA会長のお膝元フランスがライバルとあって、見通しは明るくない。

意外なのは、トップ30にスペイン勢が3チームしか入っていないことだ。欧州の頂点に立つ2強を除けば、22位にA.マドリーが入っているだけ。見方によっては、スペインサッカーに集まる経済的リソースはR.マドリーとバルセロナがほぼ独占して、彼らが通った後にはペンペン草も生えない、ある意味で非常にいびつな構造になっていると言うことも可能だ。ちょっと、巨人、阪神だけが突出していた昔の日本プロ野球界を思わせるところもある。

そんな中、トップ30にも入らない資金力で、ここ5年間欧州の第一線で結果を残し続けているセヴィージャには感服させられるが、それはそれとして、リーガ・エスパニョーラ全体の経済状況が決していいとは言えない(ように見える)ことは、長い目で見れば問題だろう。経済的な困難は着実にピッチ上の困難へとつながって行くからだ。

事実、直近3シーズンを見ると、2位と3位を占めるスペインとドイツのカントリーランキングポイントはほとんど変わらない。これは、今後2シーズンの結果によってはドイツがスペインを抜く可能性があることを示している。

2013年にUEFAのファイナンシャル・フェアプレーが導入されれば、健全経営を保ってきたクラブはさらに有利になる。遠からず、ドイツの時代がやって来るのかもしれない。□

(2010年3月13日/初出:『footaballista』連載コラム「Calcioおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。