今夏くらいFFPについての議論が盛り上がったメルカートはありませんでした。ただ、導入されて7シーズン目にもなると、元々の趣旨や基本的なルールの枠組みに対する理解も曖昧になってきているような気もするので、確認の意味でUEFAが導入を決めた時に書いた解説的なテキストを。最近ツイッターばかりでこっちに過去記事上げるのさぼってたので、ぼちぼち再開します。FFPについては他にもいくつか、その折々に書いてきたので少しずつ上げて行きます。

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「クリスティアーノ・ロナウドのために支払われた移籍金は常軌を逸した額だ。居心地の悪さと不快感を感じずにはいられない。レアルは移籍マーケットを破壊した」

「収支を黒字にするためにCLへの参加を必要とし、それを可能にする戦力を整えるために借金を積み重ねるという負のスパイラルにクラブが陥ることは許容できない」

「売上高を超える支出を借金で穴埋めするのはフェアとはいえない」

これらはいずれも、ミシェル・プラティニUEFA会長の最近の発言である。

2007年1月の選挙で前任のレナート・ヨハンソンを下してUEFA会長の座に就いたプラティニは、それ以来、ビジネス至上主義に偏りすぎていた欧州クラブサッカーのあり方を是正するべく、様々な改革に取り組んできた。

経済的利害をめぐってUEFA、FIFAと対立してきたビッグクラブ連合「G-14」の解散、欧州カップの改革(CLのレギュレーション変更、UEFAカップからUEFAヨーロピアンリーグへの改変)による中堅・弱小国のクラブへの門戸開放、欧州選手権(EURO)の規模拡大(16チームから24チームへ)――。

プラティニが進めてきたこれらの取り組みはすべて「プロサッカーの繁栄は、一部の強者に富をもたらすものではなく、サッカー界全体を豊かにするものでなければならない」という明確な論理に貫かれている。

そのUEFAが次のテーマとして掲げているのが、クラブ経営の健全化である。そのキーワードは「ファイナンシャル・フェアプレー」。わかりやすく訳すならば「経営的フェアプレー」となるだろうか。

その背景にあるのは、ヨーロッパのクラブサッカーが直面している2つの現実である。ひとつは、国や経営規模にかかわらず、多くのプロクラブが旧来的などんぶり勘定の赤字経営を続けていること。目先の勝利を追求するために収入以上の支出を戦力強化(移籍金や年俸)に注ぎ込んだあげく、赤字や借金を積み重ねて経営危機に直面するという悪循環は、どの国でも頻繁に起こっている。リーズ(イングランド)、旧フィオレンティーナ(イタリア)、ヴァレンシア(スペイン)、ボルシア・ドルトムント(ドイツ)といった例は、そのほんの一部に過ぎない。UEFAによれば、ヨーロッパの全クラブの約50%が赤字で、その割合は増え続けているという。

もうひとつは、レアル・マドリーを筆頭とするメガクラブの過当競争による移籍マーケットのバブル化だ。2年前まで続いた欧米の一時的な好景気に乗って、イングランドのビッグ4、スペインのビッグ2、インテル、バイエルンなどのメガクラブがワールドクラスの争奪戦を展開した結果、2000年代初頭に一度落ち着いた移籍金と年俸の相場は急騰し、クラブの経営を圧迫し続けている。しかも、メガクラブの多く(とりわけイングランド勢)は高額の移籍金と年俸を賄うために巨額の負債を抱えている。プレミア・ビッグ4の負債総額は18億ユーロ(約2500億円)を上回っており、これは4クラブの年間合計売上高の倍近い数字だ。

UEFAはすでに昨年から、こうした状況を是正するためにはクラブの経営について何らかのルールを定める必要があると明言していた。テイラー事務総長(当時)が「クラブが年間売上高の何倍もの負債を背負っている状況を放置しておくわけにはいかない。最低限の財務基準がクリアできないクラブはUEFAコンペティションから排除することも考えなければならない」とコメントしたのは、リーマンショックに端を発する世界金融危機が表面化した昨年10月のことだ。

そして、それから10ヶ月後の今年8月末に、UEFA事務局のほか、各国リーグ、クラブ、選手の代表によって構成されるプロフットボール戦略評議会(PFSC)で「ファイナンシャル・フェアプレー」の基本的な考え方が全会一致で承認され、9月15日のUEFA理事会で導入が決定された。

それを受けてUEFAの内部で策定が進められている「ファイナンシャル・フェアプレー規程」の概要は、以下の4点に集約することができる。

1)クラブは、定められた一定の期間(当初は3年間になると見られる)における収支決算を黒字あるいはイーブンにしなければならない。すなわち、支出を収入の範囲内に抑えることが義務づけられる。
2)それに関連して、人件費(選手、スタッフの年俸)と移籍金収支(補強予算)が売上高に占める割合についてのガイドラインを定める。
3)同様に、負債(借金)についてもガイドラインを定める。
4)すべてのクラブにこの規程の遵守が義務づけられる。基準を満たさないクラブは、UEFAコンペティション(欧州カップ)への参加資格を得られない。

この規程は今から3年後、すなわち2012-13シーズンからの適用が見込まれている。逆に言えば、ヨーロッパの全クラブは、それまでの3年間で現在の経営状況を見直し、「ファイナンシャル・フェアプレー」を達成しなければならないということだ。

ひとことで「支出を収入の範囲内に収める」と言っても、多くのクラブにとってこれは簡単なことではない。とりわけ、現在CLやELに参戦している強豪国のメガクラブ、ビッグクラブは、その多くが決して小さくない経営の見直しを迫られることになりそうだ。

皮肉なことだが、経営規模の小さな中堅・弱小クラブほど、厳しい状況を生き延びるために緊縮財政を余儀なくされている上、資金調達力にも限りがあるため、収入を大きく上回る支出をすること自体が難しい。したがって、「ファイナンシャル・フェアプレー」を実現しやすい立場にいると言える。

一方メガクラブ、ビッグクラブの大半は、戦力を強化し競争力を保つために、収入を大きく上回る支出を、とりわけ補強費と人件費に費やしている。その赤字分は、銀行などからの借入金で賄うか、あるいはオーナーや株主が私財を投じて損失補填しているのが実態だ。

象徴的な例をいくつか挙げてみよう。レアル・マドリーは、2億5000万ユーロを上回る今夏の補強費の大半を、銀行からの融資に頼っている。08-09シーズンのインテルは、売上高2億ユーロ強に対し支出は3億ユーロを大きく超えており、決算は1億5400万ユーロの大赤字を出した。売上高に対する人件費の比率(50%以下が適性とされている)は70%を超えている。多額の負債を抱えているリヴァプールが毎年支払っている利息は6000万ユーロを上回る。これはフィオレンティーナの売上高とほとんど変わらない金額だ。

プラティニは、11月2日付の『デイリー・テレグラフ』紙のインタビューで次のように語っている。

「新しいルールを導入すれば、アブラモヴィッチやモラッティやグレイザーの投資を守ることができる。彼らはいつかクラブを売りたいと思うだろうが、これだけの負債を抱えたクラブを買い取ろうなどと考える間抜けがどこにいるだろう?我々が準備しているガイドラインは、UEFAコンペティション(欧州カップ)に参加するクラブは、収入以上の支出をしてはならないというものだ。システムが整備されれば、クラブを買収したいという人々も増えるはずだ。私はエコノミストではないが物の道理は知っているつもりだ」

これに対してインテルはすぐに、「インテルは負債をまったく抱えていない。プラティニの心配しているクラブには当てはまらない」というコメントを出した。インテルが借金をしていないことは確かに事実だ。しかし毎年の支出が収入を1億ユーロ以上上回っていることもまた事実である。

「ファイナンシャル・フェアプレー規程」が導入されれば、このインテルやチェルシー、マンチェスター・シティのようにオーナーの私財で埋めることはもちろん、レアル・マドリー、マンU、リヴァプールなどのように、その赤字を銀行からの借入金で埋めることも許容されなくなる。

したがって、現在赤字経営が常態になっているメガクラブやビッグクラブは、2012年までに収入と支出をバランスさせることが不可欠になる。そのための方法は2つ。売上を増やすことと支出を減らすことである。だが売上増に関してはすでにどのクラブも最大限の努力を続けており、ここから大幅に増やすことはきわめて難しい。

となれば残された手段は支出を抑えることだ。具体的には、その中で最も大きな割合を占める人件費と補強費を圧縮するのが、最も効果のある手段だろう。「ファイナンシャル・フェアプレー規程」の中に、この2つが売上高に占める割合についてのガイドラインが含まれているのも、まさにそれゆえだ。これは、実質的なサラリーキャップ(人件費総額規制)の導入とイコールだと考えていいだろう。

これに最も大きな影響を受けるのは、売上高に対する人件費の比率が高い、ベテラン主体のクラブだ。例えばインテルの人件費は、エトーの年俸1050万ユーロを筆頭に、総額で1億6000万ユーロ以上にも及んでいる。これは昨シーズンの売上高2億3200万ユーロの70%強を占める。これを例えば売上高の50%まで削減しようと思えば、全員の年俸を一律30%カットすることが必要になる計算だ。

売上高が小さいにもかかわらず、オーナーの資金力を頼りに高い移籍金と高額の年俸で有力選手を買い集めて戦力強化を図っているマンチェスター・シティのようなクラブも、困難な立場に追い込まれることは間違いない。

メガクラブ、ビッグクラブの多くが、人件費と補強費の削減を強いられることになれば、移籍マーケット全体が一時的な、しかし大きな冷え込みに見舞われ、年俸と移籍金の相場が大きく下がることは避けられないだろう。

人件費を削減する上で最も効果が高いのは、高い年俸を取っているベテラン選手を切り捨て、年俸の低い若手中心へとチーム作りをシフトすること。したがって、今後の移籍マーケットでは、契約更新を勝ち取れないオーバー30のベテランが大量に流出する可能性も十分に考えられる。

もちろん、すべてのクラブが「ファイナンシャル・フェアプレー」の導入でマイナスの影響を受けるわけではない。カネの力に頼らず優秀な選手を発掘・育成して健全な経営を保ちながら実力を高めているクラブは、相対的な競争力を高めることになるだろう。その意味で最も模範的なクラブと言えるのはバルセロナ。イタリアではフィオレンティーナ、ウディネーゼ、サンプドリアなどがこのカテゴリーに入る。

カカの放出や補強予算の縮小などで赤字経営からの脱却にひと足早く取り組み始めたミランも、結果的には「ファイナンシャル・フェアプレー」への流れを先取りする形になった。現在主力を占めるベテランたちは、ほとんどが2011年に契約満了を迎える。それまでにパト、T.シルヴァ、フラミニなどを核として、そこに最近積極的に発掘・獲得に取り組んでいる20歳前後の若手を加えた世代交代を、チームとしての競争力を落とすことなく達成するというのが、ガッリアーニ副会長とレオナルド監督が二人三脚で取り組んでいる目標だろう。いずれにしてもこのオフからは、多くのクラブが同じような取り組みを迫られることになるはずである。□

(2009年11月9日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。