6月26日、フィオレンティーナのオーナーであるデッラ・ヴァッレ家が、公式サイトでクラブ売却の意思を表明しました。まあ半分は脅しだと思いますが、この機会にディエゴとアンドレア、デッラ・ヴァッレ兄弟のプロフィールを。5年前に書いたものなのでちょっと古い話もありますが(例えばRCSグループは昨年トリノのオーナー、ウルバーノ・カイロに買収されています)、そこは気にせず。これを書いた後、モンテッラの下で3年続けて4位に入るなど持ち直したのですが、そこでカネを使い過ぎて続かなくなり、ここ2シーズンは調整局面に入っています。一時的にCLの夢を見たサポーターとマスコミにはそれが気に入らないとう……。

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2002年に破産・消滅の憂き目に遭い、新オーナー、新運営会社の下でセリエC2(4部リーグ)から再スタートしたフィオレンティーナ。00年代後半に4シーズン連続でセリエA4位に入り、CLでもベスト16入り(09-10)を果たしたのをピークに、ここ2シーズンは明らかな低迷期を迎えている。興味深いのは、それとは対照的に、オーナーであるデッラ・ヴァッレ家の本業(高級靴・ファッションブランドと投資ビジネス)は順風満帆だという事実である。

ディエゴとアンドレアのデッラ・ヴァッレ兄弟は、家族経営の靴工房を一代で世界的な高級靴・ファッションブランド「Tod’sグループ」に育て上げた敏腕経営者で、米『フォーブス』誌によれば個人資産は2人とも約10億ドル、イタリア長者番付の9位、10位に名を連ねる指折りの資産家である。

Tod’s、Hogan、Roger Viverという高級靴ブランドを擁するグループ全体の売上高は8億9400万ユーロ(前号で触れた「500億円規模」というのはTod’s単体の数字)に上り、この大不況にもかかわらず前年比2ケタの伸び率を記録。しかも純利益ベースの利益率が15%と、マニュファクチュア(工場制手工業)の世界ではきわめて高い水準を保っている。

ディエゴ・デッラ・ヴァッレの成功は、ボローニャ大学時代からの親友であるルカ・ディ・モンテゼーモロ(フェラーリ会長。イタリア実業界を代表するセレブリティ)の存在を抜きにしては語れない。Tod’sが高級ブランドとして成功を収めたのは、モンテゼーモロから紹介されたフィアットグループの総帥、故ジャンニ・アニエッリ(ファッションリーダーとしても有名だった)にTod’sの靴をプレゼントして履いてもらい、それを広告に使ったことが大きなきっかけだった。

今から10年あまり前に、国立労働銀行やジェネラーリ保険などこの時期に民営化された有力国営企業、さらには『コリエーレ・デッラ・セーラ』と『ガゼッタ・デッロ・スポルト』を発行するミラノの大手新聞社RCSグループの株式を取得して財界に進出したのも、親友の後ろ盾があったから。

2006年にはイタリア国鉄に対抗する初の民間高速鉄道会社NTVを(今年4月29日より営業開始)、2009年には実業界から政治と社会の改善に貢献するシンクタンク「イタリア・フトゥーラ」(未来のイタリア)を共同で立ち上げるなど、近年はビジネスだけでなく政界進出までも視野に入れた動きを見せており、2人は今やイタリアで最も注目度の高い財界人だと言っていい。

こうした野心的な活動の一方で、デッラ・ヴァッレにとってのフィオレンティーナの位置づけは、どんどん小さくなってきている。

プロサッカークラブのオーナーという立場が、国民的な知名度と注目度を得る上で効果的なツールであることは確かだ。しかし、かつてベルルスコーニがそうしたように、クラブにタイトルをもたらすことによって勝者のイメージを築き上げて国民的な支持を得るためには、ミランのように全国的な人気を持たない「地方区」のフィオレンティーナは規模が小さすぎる。そしてイタリアでは、勝たない限り評価されることはないのだ。

破産したクラブの経営権を手に入れて4部リーグからスタートした2002年から現在まで、デッラ・ヴァッレがクラブの赤字を埋めるために投じた資金は1億ユーロを優に超えている。にもかかわらずフィオレンティーナは一度としてスクデットに近づくことができなかった。

しかも、クラブの新たな収益源となることを期待した「チッタデッラ・ヴィオラ」計画(新スタジアム、高級ショッピングセンター、ホテル、ミュージアムなどが一体化したテーマパーク的な総合施設。設計は世界的な建築家マッシミリアーノ・フクサス)が頓挫したことで、サッカーと本業を結びつけてコアビジネスのひとつに育て上げる可能性も消えた。前号でも触れたように、「カルチョは儲からない」ことを実感したデッラ・ヴァッレは、今やヴィオラを持て余しているように見える。こうしたオーナーのコミットメントの低下が、そのままピッチ上の結果に反映しているという見方は、果たしてうがち過ぎだろうか。

(2012年4月14日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。