2016-17シーズンもついに最終盤。5大リーグの優勝チームもすべて決まり、ELはマンUが制したことで、残留争いやCL/EL出場権争いを除くと、あとは6月3日のCL決勝を残すだけになりました。そろそろシーズン総括の原稿を書くタイミングなわけですが、今シーズンの開幕1ヶ月前にユヴェントスについて書いた話がかなり芯を喰っていたので(自画自賛です)、総括のかわりにアップしておこうと思います。

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今夏の移籍マーケットは、ここ数年強まってきたセリエAの勢力地図変動、すなわち「ユヴェントスの1人勝ちと残るビッグクラブの国際競争力低下」というトレンドを決定的にするインパクトを持っている。

現時点(7月末)までにユヴェントスが見せた素早く迷いのない動きは、このクラブが経営と強化の両面についてきわめて明確なビジョンと戦略、そしてそれを遂行するだけのオペレーション能力を持っていることを強く印象づけるものだった。

スクデット5連覇という結果が示すように、イタリア国内での覇権はもはや揺るぎないものになった。CLでも14-15は準優勝、昨シーズンもバイエルンをぎりぎりまで追い詰めてのR16敗退と、結果はともかくチームとしての総合的なパフォーマンスとして、ヨーロッパの頂点を争うクラブと互角に渡り合うための土台は固まった感がある。

となれば、ここからの数年で目指すべきは、CLで常時優勝を狙えるスーパーエリートクラブとしての地位を確立すること、言い換えればスペイン2強、プレミアのトップ5、バイエルン、PSGという、売上高でユーヴェを上回るヨーロッパのトップ集団に追いつき、その中で生き残ることであり、それ以外ではあり得ない。後で見るように、おそらく今後数年で欧州トップグループのサバイバルレースは熾烈さを増すことになるからだ。

戦力という観点から見れば、今夏ここまでの補強は昨シーズンのチームをベースとしてそこにさらなるクオリティを上乗せすることで「正常進化」させることを目指した、非常に筋の通ったものだ。

イグアイン、ピヤニッチ、D.アウベスは、CLの舞台で頂点を争う決定的な試合の中で否応なく問われる、チームとしてのピークパフォーマンスの引き上げに直接的に寄与する存在である。ピヤニッチは攻撃のビルドアップと中央からの仕掛け、D.アウベスは右サイドをえぐってのチャンスメイクとアシストの質と量を高めるクオリティを持っているし、何よりイグアインは彼らが作り出す決定機をより高い確率でゴールに結びつける世界屈指の決定力を備えている。

しかも彼らのプレースタイルは、現在のユヴェントスの3-5-2が持っている戦術的な文脈の中に放り込んでも、そのまま無理なく機能する。「即戦力」という言葉がぴったりだ。

特筆すべきは、イグアインとピヤニッチについては、契約書に盛り込まれていた契約解除違約金を全額支払っての獲得であること。選手サイドに接触して合意を取りつけ、違約金を肩代わりして旧契約を解除、その後新たに契約を交わすという手続きだけで移籍が成立しており、相手クラブとの移籍交渉は一切行っていない。

ほとんどの場合、違約金は市場価格と比べて割高に設定されていることが多いため、獲得を狙うクラブはそれを材料にして相手クラブに移籍交渉を仕掛け、それなりの値引きを勝ち取った上でクラブ間の合意による移籍という形をとることになるものだ。しかしユーヴェはあえてそれをせず、違約金を満額支払って即決する方を選んだ。

ナポリ、ローマともに移籍交渉に往じる意向は当初から持っていなかったため、これが事実上唯一の手段だったという側面は確かにある。しかしそれでも、割高に設定されている違約金(特にイグアインについては)を躊躇なく支払うというのは、ナポリ、ローマという直接のライバルに対して自らの圧倒的な優位性を見せつけて戦意を喪失させる、強力なマウンティング効果を持ったやり方だったことは確かだ。引き抜いた選手がそれぞれのチームにとって絶対的な重要性を持つキープレーヤーだったのだからなおさらである。

実際、リーグ優勝を争う直接のライバルから有無を言わせず主力選手を引き抜くなどという振る舞いは、これまでのイタリアでは考えられないことだった。つい数年前まではユヴェントス、ミラン、インテルの「ビッグ3」がほぼ同じ経営規模を保っており、チームとしてのブランド力や競争力も、また選手に提供できる経済的な条件(年俸)も横並びだったため、戦力的な利害が一致して主力選手が移籍することはあっても、今回ユーヴェがやったように「札束で顔をひっぱたいて」引き抜くことは不可能だったからだ。

それが今夏起こったのは、「パトロン型経営」の限界を露呈したミランとインテルが「ビッグ3」から脱落した一方で、ユーヴェがイタリアで唯一、ヨーロッパのエリート集団の中で生き残るための経営的な基盤を確立し、セリエAのすべてのクラブに対して絶対的な差をつけたからにほかならない。

象徴的なのはクラブの売上高だ。14-15シーズンは、ユヴェントスの3億2400万ユーロに対して、ミラン1億9900万ユーロ、ローマ1億8000万ユーロ、インテル1億6500万ユーロ、ナポリ1億2600万ユーロ。ユーヴェはライバルに対して1.5倍から2.5倍という圧倒的な優位に立っている。

国内のライバルからカネ(とブランド)の力で主力を引き抜くという事態は、二強が反目しあうスペインや4~5クラブが群雄割拠するイングランドではまず起こり得ない。唯一それが日常化しているのが、バイエルンの1人勝ちが続いているドイツである。

バイエルンにとって、シャルケからノイアーを、ドルトムントからレヴァンドフスキやフンメルスを引き抜くのは、チーム強化の手段であると同時にライバルを弱体化させ国内での覇権を維持するための戦略的な振る舞いでもある。これが可能なのは、戦力(とブランド力)、経済力の双方において国内で突出した強さを誇っているから。

かつては「ビッグ3」が覇権を争い、それをローマ勢やナポリ、フィオレンティーナが追うというなだらかなピラミッド構造になっていたセリエAも、ついにブンデスリーガ同様に圧倒的なナンバー1クラブ+その他という完全な1人勝ち構造へと転換したと言えそうだ。イグアインとピヤニッチの移籍は、その決定的な分水嶺として記憶されることになるのかもしれない。

しかし、そんなユヴェントスですらも、ヨーロッパの中ではトップ集団にやっと追いつくか追いつかないかという立場でしかない。常にCL優勝を狙うエリートクラブとして生き残れるかどうかは、おそらく今後数年で決まることになるだろう。

今シーズンの売上高(予想)はおよそ3億5000万ユーロだが、これは欧州全体ではやっとトップ10に入る数字でしかない。ランキング1位を争うR.マドリー、バルセロナ、マンUは6億ユーロ台後半(もしかすると7億ユーロ台)にまで売上高を伸ばすことが予想されているのだ。実際、マンUやR.マドリーがポグバに提示した1000万ユーロの大台に乗る年俸は、ユヴェントスには完全な予算オーバー。欧州ではユーヴェとて主力を札束で引き抜かれる側にとどまっているということだ。

イグアイン、ピヤニッチ、ピヤツァ、ベナティアにおよそ1億7000万ユーロを投下した今夏の移籍金収支は、ポグバを売却してもなお5000万ユーロを越える赤字になることが見込まれる。さらに、従来のチーム最高額(ポグバの450万ユーロ)を大きく上回る年俸750万ユーロを支払うことなどから、人件費も昨シーズンの1億2400万ユーロから大幅に膨らむ見通し。これらをベースに試算すると、ユヴェントスが来シーズン以降の決算で、FFPの会計基準をクリアするためには、少なくとも数千万ユーロの売上増が必要だという指摘もある。

売上高が伸びなければFFPをクリアできないというリスクを承知で、あえて大型補強に打って出る理由があるとすれば、それはユヴェントスが売上高をさらに伸ばすためのグローバル市場開拓・拡大に自信と見通しを持っているか、今こそ多少のリスクを冒してでも勝負をかけるべきタイミングだと考えているのか、あるいはその両方だろう。

マッチデー収入と放映権収入がほぼ固定している中、売上高を大きく伸ばす余地があるのはスポンサーやマーケティングなどコマーシャル分野だけというのは、ユーヴェに限らずどのクラブにも言えること。しかも国内、そしてヨーロッパ市場はこの分野でもすでに頭打ちであり、今後の成長はグローバル市場(北米、アジア、オセアニア)をどれだけ開拓できるかにかかっている。2013年からスタートしたプレシーズンマッチのグローバル興業システムとでもよぶべき「インターナショナル・チャンピオンズ・カップ」などはその象徴だ。

コンディショニングにとって不利になるのを承知で、地球の反対側にあるオーストラリアまで巡業ツアーを行うのも、イグアイン、ダニ・アウベスといった国際的な知名度と人気を持つスター選手を獲得して、戦力面だけでなく人気という面でもアピール度を高めようというアプローチを取っているのも、グローバル市場においてスペイン2強やマンU、バイエルンといったスーパーエリートクラブと渡り合い、それを通してピッチ上でも彼らと互角に戦えるだけの営業基盤、経営基盤をできる限り早く確立したいと考えているからに違いない。

イタリア国内でドイツにおけるバイエルン並みの絶対的覇権を確立した今、ユヴェントスの目はヨーロッパのエリートクラブとしての生き残りに向いている。それは同時に、セリエAでも残されたビッグクラブの生き残りレースが始まったことを意味している。□

(2016年7月31日/初出:『footballista』連載コラム「CALCIOおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。