ユヴェントスのB降格シーズンを月イチで追った連載シリーズその7。このシーズンはナポリもジェノアもセリエBにいて、最終的にこの3チームが昇格することになります。
後半で取り上げた新スタジアム計画、EURO2012開催地落選で一度は実現不可能になったかと思われましたが、アニエッリ家は自己資金の比率を当初計画より大幅に増やして計画実施に踏み切ることになります。ユヴェントスが現在の地位を築く上で、これが最も重要な決断のひとつだったことは間違いありません。

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06-07シーズンのセリエBも、気がつけば終盤戦に突入している。

ユヴェントスは、前回お伝えした国際Aマッチウィークによる中断が明けて以降、本稿執筆時点までに6試合を消化、ここを4勝2分という好成績で乗り切って、勝ち点を69まで伸ばした。

2位ナポリとの差は7ポイント、3位ジェノアとは8ポイント差まで広がっており、残り10試合を切ったところでやっと、独走体制が形になった格好である。あと8試合という状況を考えると、今後よほどの波乱がない限り、A昇格はほぼ確実と言っていいだろう。

独走体制を築く上で決定的だったのは、ほかでもないそのナポリ、ジェノアとの直接対決(いずれもホーム)を制して、ライバルに引導を渡したことだった。4月9日のナポリ戦は2−0、21日のジェノア戦は3−1と、スコア、内容ともに力の差を見せつけての勝利である。

4月9日のナポリ戦、月曜日の17:30という変則的なスケジュールにもかかわらず、スタディオ・オリンピコは2万1000人を超える観衆で埋まった。満員札止めでもこれだけのキャパしかないところが、このスタジアムの大きな問題なのだが、それはまた別の話である。

この試合でデシャン監督がピッチに送った布陣は、GKブッフォン、DFラインが右からゼビナ、ブームソン、キエッリーニ、バルザレッティ、中盤が右からカモラネージ、マルキジオ、ジャンニケッダ、ネドヴェド、前線がトレゼゲ、デル・ピエーロという顔ぶれである。

故障者の続出に苦しんだ冬の時期と比べれば状況は好転したものの、本来は左SBのキエッリーニをCBで使うなど、デシャンは今なお最終ラインのやりくりに苦しんでいる。

最も大きな誤算は、ディフェンスの柱として期待していたブームソンとコヴァチ、そしてバックアップの一番手だったレグロッタリエが、故障によるコンディション不良もあったとはいえ、揃って及第点を下回るパフォーマンスしか見せられなかったこと。ビリンデッリ、ゼビナ、キエッリーニと、SBを本職とするプレーヤーがCBに入ることもしばしばあり、ここが来シーズンの大きな補強ポイントであることは、誰もが認める事実である。

試合の方は、実質5バックに近い3−5−2という守備的な布陣を敷いてきたナポリに対して、ユヴェントスは立ち上がりから主導権を握って攻め立て、前半18分にカモラネージがネドヴェドのクロスを頭でねじ込んで先制、後半5分に、カウンターからデル・ピエーロが2−0のゴールを決めた時点で、事実上の決着はついたと言って良かった。

その後、後半16分にマルキジオが危険なプレーでレッドカードを受け、残りの30分を10人で戦うことを強いられたものの、ナポリはゴールポストを叩くのが精一杯だった。「最初の10分と10人になって以降は、それなりにいいサッカーができた。でもユヴェントスは元々セリエBには関係のないクラブ。負けても仕方ない」というレーヤ監督のコメントが、すべてを物語っている。

4月19日のジェノア戦も、オリンピコはもちろん満員だった。この試合のスタメンは、最終ラインが右からビリンデッリ、ゼビナ、レグロッタリエ、キエッリーニとなっただけで、後はナポリ戦と同じ。 

デシャンにとって、最終ラインに次いで頭が痛かったのは、シーズンを通してC.ザネッティ、ジャンニケッダという実力者ふたりがともに故障がちだった中盤である。結果的には、パーロ、マルキジオというユース出身の若手が予想以上に多くの出場機会を得ることになった。レジスタとして攻守の切替えを担ってきたパーロは、終盤戦になってやや調子を落としており、マルキジオにポジションを譲って控えに回ることが多くなった。

後で見るように、パーロは来シーズンに向けた補強計画の中で、交換要員として放出される可能性が濃厚。セリエBでは及第点をクリアするシーズンを送ったが、セリエAのトップを目指して戦う上では力不足という判断が下ったようである。

一方、パーロよりも3歳若くまだ伸びしろが大きいマルキジオは、来シーズンも残留する可能性を残している。とはいえ、もちろんレギュラーとしてではない。攻守の結節点となる中盤の質の向上が、最終ラインと並ぶ緊要な補強ポイントであることは疑いない。

ナポリとは対照的に3-4-3の攻撃サッカーを看板にするジェノアとの戦いは、立ち上がりから双方がオープンに攻め合う活発な試合になった。しかし先制したのはやはりユーヴェ。デル・ピエーロがドリブルでゴールラインまで縦に持ち込み、そこから折り返したマイナスのクロスを中央に詰めたネドヴェドが決める。

さらに38分には、CKをキエッリーニが頭で押し込んで2-0。前半終了間際にディ・ヴァイオが1点返して2−1で前半を終えたジェノアは、後半もその勢いに乗ってユーヴェと互角に渡り合い、試合はスペクタクルな展開になったが、後半21分、ゼビナがドリブルで持ち上がり、そこから送ったスルーパスをトレゼゲが決めて3−1とし、決着をつけた。

ナポリ戦、ジェノア戦ともに、違いを作り出したのは、デル・ピエーロ、ネドヴェド、カモラネージ、そしてトレゼゲという“残留した英雄”たち。デル・ピエーロは、ここまで17ゴールでセリエB得点王争いのトップを走っているし、ネドヴェドも審判への暴言で5試合出場停止という汚点をつけはしたものの、ワールドカップ後に引退を口にしたとは思えないパフォーマンスで、チームの大黒柱にふさわしい活躍を見せてきた。

カモラネージも、ネドヴェドと並ぶチャンスメーカーとして存在感を見せ、開幕前にはレギュラーの座をうかがうかに思われたマルキオンニをまったく寄せ付けなかった。シーズンを通しての貢献度という点で期待値を下回ったのは、11月の故障以来調子を崩して、それ以来1ヶ月1ゴールのペースにとどまっているトレゼゲくらいである。

A昇格が確実になってきたこともあり、水面下では来シーズンに向けた補強への動きが活発になってきているが、その方向性を根本から左右するのが、彼らの去就であることは間違いない。すでにユヴェントスを引退の場と決めているネドヴェド、デル・ピエーロはさておき、トレゼゲとカモラネージ、そしてデル・ピエーロと並ぶ今シーズンのMVPというべきブッフォンは、まだ動向が不透明だ。

デシャン監督が来シーズンのチーム作りにおける優先順位ナンバー1と明言しているブッフォンの慰留は、成功の可能性が濃厚のように見えるが、残る2人に関しては、その放出と引き換えに誰を獲得できるかという見通しとの兼ね合いであり、おそらくシーズン終了後まで結論は持ち越しになりそうである。

とはいえ、それまでチーム作りを停滞させておくことは許されない。セッコDSは、役員からは外れたもののコンサルタントとしてクラブとの関係を保っているベッテガ前副会長のサポートを受けながら、積極的に動き回っている。

この1ヶ月で進展が見られたのは、上でも触れた中盤の強化。以前からユーヴェがアプローチしていたヴェルダー・ブレーメンのドイツ代表トルステン・フリングスは、4月17日にトリノを訪れて、コボッリ・ジッリ会長以下の首脳陣、そしてデシャン監督と会談を持った。ヴェルダーとの契約は2008年まで残っているが、今シーズン末の移籍についてはクラブも容認しており、本人は「まだ決断はしていない」とコメントしているものの、今回の訪問で事実上の合意に達したと見て良さそうだ。年俸200万ユーロの3年契約(4年目のオプションつき)、ヴェルダーには移籍金700万ユーロ+ロベルト・コヴァチの保有権、というのが、伝えられる合意の内容である。

周知の通りフリングスは、中盤にダイナミズムとソリッドな守備力をもたらすインコントリスタ/インクルソーレであり、攻撃の組み立てを担う視野の広さやパスワークは持っていない。来シーズンのセリエAを戦う上で中盤に必要なもうひとつのピース、すなわちレジスタとして獲得が濃厚になってきたと伝えられるのが、エンポリのアルゼンチン人MFセルジョ・ベルナルド・アルミロン。運動量はそれほど多くなく、スピードにも欠けるが、両足のテクニックと長短のパスワークは高く評価されている。

インテルなども獲得に乗り出していると言われてきたが、移籍金350万ユーロに加え、アルミロンが抜けた穴を埋めるであろうセントラルMFパーロを完全移籍で、現在アレッツォにレンタル中のFWヴォルパートを共同保有で、そして左SHデ・チェリエを1年間の無償レンタルで提供するという好条件を具体的に提示したユーヴェが、ここに来て大きなアドヴァンテージを得たと伝えられる。一部報道では、すでにエンポリとの間で上の条件で合意に達したという説も出ているほどだ。

もしこの2人を確保できれば、すでに移籍金ゼロで獲得が決まっているサリハミジッチ、グリゲラと合わせて、来シーズンのレギュラークラス4人を、1000万ユーロ強という低予算で確保できたことになる。もちろん彼らは主役というよりは脇役だが、そうしてチームの土台から着実に固め、そこに違いを作り出すトッププレーヤーを加えるというやり方は、非常に理に適ったものだといえる。今後の最大の焦点は、センターバックとセンターフォワードである。
 
セリエA昇格を確定させるためのピッチ上の戦い、来シーズンに向けたチーム作りに加えて、中期的な経営基盤を確立するための体制作りも、ユヴェントスの大きな課題であることは、これまでも触れてきた通り。その点から見ると、残念ながら朗報とは言えないニュースが4月18日に飛び込んできた。ユーロ2012の招致失敗である。

ウェールズのカーディフで行われたUEFA理事会が下した決定は、ウクライナとポーランドの共同開催。ブックメーカーも含めて誰もが本命視し、自らも開催権を勝ち取れると確信していたイタリアの落選は、ユヴェントスの将来にも大きな影を落とすことになりそうだ。

というのも、2回前の本連載で取り上げた通り、ユヴェントスが中期経営計画の中心に据えていたスタディオ・デッレ・アルピの大改修計画は、1億2000万ユーロといわれるその建設費用の大部分を、ユーロ2012開催のために用意されるはずだった国(クレーディト・スポルティーヴォ)からの低利融資に依存する計画になっていたからだ。

現在のデッレ・アルピを取り壊して敷地を一旦更地に戻し、そこに新たに4万2000人収容の最新鋭スタジアムを建設するというこの計画は、ユーロ2012開催を前提としたものだった。ユーロが開催されず、したがって国の低利融資そのものが予算化されないことになれば、建設資金を捻出することは事実上不可能になる。ユヴェントスFC株式会社自体には、それだけの借入金を背負って利息を払い続けるだけの財務体質は備わっていない。

ブラン代表取締役自身、もしユーロ招致が失敗した場合には、新スタジアム計画そのものをあきらめて、現在のデッレ・アルピにUEFAのスタジアム基準とイタリア政府の新安全基準を満たすために最低限必要な改修を施すだけにとどまらざるを得ない、と、以前から語ってきた。その状況が現在も変わらないとすれば、デッレ・アルピは、悪名高い陸上トラックを残した、事実上昨シーズンまでと変わらないままの姿で、2年後の08-09シーズンから再びユーヴェを迎えることになる。

これはユヴェントスの将来ビジョンに関わる大きな問題である。計画中だった新スタジアムは、陸上トラックを持たないサッカー専用の快適なスタジアムであると同時に、ミュージアム、レストラン、ショッピングセンターといった商業・娯楽施設を併設し、マッチデー以外の日にも機能してクラブに大きな収入をもたらす一大センターであり、中期経営計画のコアプロジェクトとなるべき存在だった。

旧デッレ・アルピ時代の年間1500万ユーロ前後という、ヨーロッパの他のメガクラブと比較したらあまりにも貧弱な入場料収入(オリンピコを使用している今シーズンはさらにその半分程度に過ぎない)を、3500-4000万ユーロ規模まで拡大すると同時に、付帯施設を通じてコマーシャル部門の収入を大きく伸ばすというビジョンを実現するためには、絶対不可欠な拠点なのだ。

旧経営陣時代、05-06シーズンのユヴェントスは、2億5100万ユーロという売上高を記録している。これは、レアル・マドリード、バルセロナに続き、マンチェスター・ユナイテッドを上回る、ヨーロッパのメガクラブでも3位にあたる数字である。

しかし、その内訳は、今挙げた他国のライバルクラブのそれとは大きく異なる、偏ったものだ。具体的に言えば、全体の68%にあたる1億7200万ユーロを、スカイ・イタリアを始めとする放送局からのTV放映権料収入が占めており、スポンサーやマーチャンダイジングなどのコマーシャル収入は25%(6300万ユーロ)、入場料収入はわずか7%(1650万ユーロ)に過ぎないのだ。

2億9200万ユーロと欧州一の売上を誇るレアル・マドリードは、TV:コマーシャル:マッチデーが31:43:26と、まずまずバランスのとれた内訳だし、ユーヴェをわずかに上回って2位に位置しているバルセロナなどは、36:34:30という理想的なバランスになっている。

現在の68:25:7という歪んだバランスを是正し、ヨーロッパの頂点を争うメガクラブとしての経営基盤を固めていく上で、デッレ・アルピの改築プロジェクトがどれだけ重要な位置づけを持っていたかは、容易に想像がつくだろう。ところがそれが、ユーロ2012の招致失敗によって、まったくの白紙に戻ってしまったのである。

政府(メランドリ・スポーツ大臣)は、ユーロ2012に向けて策定されたスタジアム改築プロジェクト(トリノだけでなくナポリ、パレルモでも新設が計画されていた)は、スタジアムの安全性向上という観点からも、何らかの形で実現に向けた努力を進めるべきだと考えている、とコメントしている。

ユヴェントスもこれを受けて、ブラン代表取締役が引き続き政府との交渉に当たることを役員会で確認した。しかし、コボッリ・ジーリ会長が「ユーロに向けて作ろうとしていたスタジアムを実現することはもはや不可能」と語っており、いずれにしてもプロジェクトの縮小は避けられない見通しだ。

政府がスタジアムに関する今後の方針を打ち出すまでには、おそらく数ヶ月はかかるだろう。デッレ・アルピがどのような形で生まれ変わるのか、それが明らかになるまでにはもう少し時間が必要だ。今後の動向を注視したい。□

(2007年4月29日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。