CL準決勝第1レグ(アウェー)でモナコを2-0で下し、2年前に続いて決勝進出が濃厚になったユヴェントスですが、ちょうど10年前の06-07シーズンには、旧経営陣の不正行為が巻き起こしたスキャンダル「カルチョポリ」によって、クラブ史上ただ一度のセリエB降格を経験していたのでした。
当時WSD誌に月イチで書いた全9回のレポートがあるので、この機会に(ちょっと出遅れぎみのGW読み物特集として)順次蔵出ししていくことにします。

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2006年8月27日、7万人の観客で埋まったナポリのスタディオ・サン・パオロで、3-3の乱戦の末ナポリにPK戦に敗れ、コッパ・イタリア3回戦で早くも敗退。9月7日、アウェーのリミニで迎えたセリエB開幕戦も、不安定な戦いぶりで1-1の引き分けに終わり、早速勝ち点2を取りこぼす。

ユーヴェがクラブ史上初めて直面するセリエBは、上位と下位の戦力格差が大きいセリエAとは異なり、力の平均した22チームがたった3つの昇格枠をめぐって42試合の長丁場でしのぎを削るシビアなカテゴリーである。デシャン新監督率いる新チームは、この新しい現実に馴染めず戸惑っているかのように見えた。

「セリエBはテクニックのレベルが低い分、フィジカルな側面が強く、しかも戦術的なレベルは高いので、選手は十分な時間とスペースを与えてもらえない。デル・ピエーロやネドヴェドのように質の高いプレーヤーは、かえって苦労するはずだ」

「ユーヴェと戦うどのチームも、特にホームの観衆の前では死に物狂いでぶつかって来るだろう。アウェーで勝ち点3をもぎ取ることは、相手がどこであっても簡単なことではないはずだ」

「ユーヴェの戦力はセリエAでも五本の指に入るレベルにある。しかしセリエBの激しいぶつかり合いに向いた泥臭い選手が少なすぎる。思ったよりも苦戦するのではないか」

ホーム初戦となった9月16日の第2節ヴィチェンツァ戦、2-1で初勝利を収めたとはいえ、終盤押し込まれて苦しむなど、内容的にはいまひとつだったその戦いぶりを見るに及んで、マスコミやコメンテーターの間では、ユーヴェに対する悲観論がにわかに目立ち始めた。

しかし、それに反発するように、続く第3節クロトーネ戦(アウェー)から、ユーヴェは見違えるような戦いぶりを見せ始める。前半30分からのたった6分間で3ゴールを決め、クロトーネを沈めると、続く第4節モデナ戦(ホーム)でも前後半に2点ずつ決めて4-0と圧勝。その後もピアチェンツァ、トレヴィーゾ、トリエスティーナとのアウェー3連戦を、2-0、1-0、1-0で乗り切り6連勝、通算7試合目にしてマイナス17ポイントのペナルティ“完済”を果たし、勝ち点も+2に浮上した。

10月21日の第8節トリエスティーナ戦を終えた時点での成績は、7試合(※注参照)で6勝1分(勝ち点19)、14得点・2失点という申し分のないものだ。最初の2試合で1点ずつ失点を喫したものの、その後の5試合は無失点。ユーヴェの伝統ともいうべきソリッドな守備ブロックによる堅固なディフェンスは、デシャン新監督の下でもしっかりと受け継がれている。

※注)10月8日に組まれていた第6節ブレシア戦は、国際Aマッチウィークと重なり、ユーヴェの主力の多くが代表に招集された関係で、11月1日に延期となった。

「監督就任のオファーを出し、初めてトリノに会いに来た時には、すでにどんなチームを作るのか、どんなプロジェクトを進めたいのかという資料が、彼の手元にすっかり揃っていた。私とブラン代表取締役は唖然とするしかなかった」

これは、ユーヴェのジョヴァンニ・コボッリ・ジリ会長があるインタビューで語った、デシャン監督に関するエピソードである。

デシャンが監督に就任したのは、まだユーヴェが今シーズンどのカテゴリーで戦うのかすら明らかでなかった7月10日のこと。その時点ですでに、あらゆる可能性を想定していたに違いないデシャンは、セリエAB降格と主力の大量流出という事態に遭遇しながらも、リッピ、カペッロという前任者の路線を引き継いだ、オーソドックスで無駄のない効率的な組織サッカーを見せるチームを作り上げた。

開幕戦以来、GKブッフォンの前を固める両センターバック(R.コバチ、ブームソン)、中盤センターのペア(C.ザネッティ、パーロ)という、チームの背骨を構成するセンターラインは不変。前線の2トップも、トレゼゲ、デル・ピエーロという“大御所”2人がレギュラーに落ち着いている。これに左サイドハーフのネドヴェドを加えた8人は、不動のレギュラーといえる地位をすでに確立している。

その中で最も意外な活躍を見せているのは、ユヴェントスにとって70年代に活躍したロベルト・ベッテガ(前副会長)以来ほぼ四半世紀ぶりの「育成部門育ちのレギュラー」となったマッテオ・パーロ。この3シーズンはプロヴィンチャーレ(キエーヴォ、クロトーネ、シエナ)にレンタルされ、セリエC1、B、Aと毎年カテゴリーを上げながら“武者修行”を続けてきたが、デシャン監督はそのすぐれた戦術眼と正確なパスワーク、そして落ち着いたプレーぶりを高く評価して、一気にレギュラーに抜擢した。

フィジカル能力が高く守備力のあるC.ザネッティが脇を固めることで、攻撃の局面ではやや高目の位置に上がり、攻撃のオーガナイザーとして機能している。ロングパスは得意とはいえないが、ショート、ミドルのパスを正確に散らして、ともすると単調になりがちなユーヴェの攻撃にリズムとアクセントをつける役割を果たしている。

開幕当初デシャン監督は、右サイドハーフにより攻撃的なマルキオンニ、左サイドバックに攻撃力に優れるが試合によって調子の波が大きいキエッリーニを起用していた。しかし、特に守備の局面で不満が残る内容だった最初の2試合の後、右SHをカモラネージ(ワールドカップ明けで調整が遅れていた)、左SBを地味だが攻守とも無難にこなすバルザレッティにそれぞれスイッチし、その後はメンバーをほぼ完全に固定して戦っている。

右サイドバックにはベテランのビリンデッリが入っているが、これは本来スタメン候補のゼビナが故障がちのため。ここにゼビナが入った布陣が、現時点でのレギュラー&ベストメンバーといえるだろう。

この顔ぶれだけなら、ミラン、インテルには及ばないにしても、それに続くローマ、フィオレンティーナ、パレルモあたりと比べてもまったく遜色がない。もちろん、長いシーズンの間には、調子の波もあれば故障者も出るものだから、バックアップの選手層の厚さも重要なポイントになる。

前線にはボジノフ、パッラディーノ、ザラジェータと充実した顔ぶれが揃っているが、中盤に関しては中央と左サイドの層が薄く、特に攻撃のキープレーヤーであるネドヴェドの調子が落ちた時が不安である。中央も信頼できるバックアップはジャンニケッダのみ。マルキジオ、デ・チェリエといったユース上がりの若手は、国際Aマッチウィーク中に行われたサンプドリアとの親善試合を見た限りでは、まだレギュラーとしてプレーする実力は備わっていない印象だった。

コボッリ会長は以前から繰り返し「1年間でセリエAに復帰するのは至上命令であり、すでに予算を含めた経営計画にも織り込まれた条件だ。これが達成できなければ再生プロジェクトそのものを見直さなければなくなる」と語ってきた。

あるインタビューでは「必要ならば冬のメルカートで更なる補強をすることも考えている。現時点では必要を感じていないが、もしA昇格後も見据えた投資になるのであれば、動く準備はある」というコメントも聞かれた。今後のシーズンの展開にもよるだろうが、冬のメルカートでの動きには注目する必要がありそうだ。

とにかく今シーズンのユーヴェは、セリエA復帰という絶対目標にすべての資源を投下しなければならない状況に置かれている。この目標を勝ち取るためには、最低でもレギュラーシーズン終了後のプレーオフに出場できる6位以内、できればセリエAに直接昇格できる2位以内に入らなければならない。

昨シーズンのセリエBは、1位のアタランタが勝ち点81、2位カターニアが78、3位トリノが76だった。3〜6位の4チームから1チームしか昇格できず、しかもH&Aの一発勝負で不確定要素が大きいプレーオフを避けて、直接昇格を果たすためには、80点近い勝ち点を挙げなければならない勘定である。17ポイントのハンデを背負っているユヴェントスの場合、少なくとも実質95ポイントが必要になるわけだ。

もしユーヴェがこのままのペースで勝ち点を重ねていくとすれば、シーズンが終わった時には36勝6分0敗・勝ち点97(実質114)というとんでもない記録を樹立する計算になる。『コリエーレ・デッロ・スポルト』紙などは、ここまでの結果を材料にして「セリエBがこのままのペースで進めば、ユーヴェは来年3月初め、第26節の時点ですでにセリエA昇格圏内の2位に浮上する!」といった机上の空論をぶちあげているが、これはあまりに非現実的な話だろう。

ここでは、もう少しリアリスティックな“昇格シミュレーション”を試みてみることにしよう。42試合に全勝して得られる勝ち点は126。そこから95を引くと残る数字は31。これが、長いシーズンを通じてユーヴェが「取りこぼす」ことが許されている勝ち点ということになる。

計算上、実質95ポイントに達するために最低限必要な勝ち数は27勝(27勝14分1敗=95ポイント)。これだとわずか1敗しか許されないが、28勝なら11分3敗、29勝なら8分5敗、30勝なら5分7敗と、許容される負け数が多くなっていく。

現在のユーヴェのサッカーは、負けるリスクを冒しても勝ちに行くというよりは、最悪でも引き分け、リスクは極力減らしながらもチャンスは決して逃さないというスタイルだ。したがって、引き分けよりも負けが多くなるということは考えにくい。とはいえ、42試合という長丁場でわずか1敗というのも、実際にはあり得ない数字といえるだろう。となると現実的な目標値もおのずと見えてくる。最低目標は28勝、できれば30勝というのがそれである。

デシャン監督は最近のインタビューでこう語っている。
「今から星勘定をしても意味がない。とにかく目の前の試合をひとつひとつ勝つことでポイントを積み重ね、順位表の階段をひとつひとつ上がって行くことだけを考えるべきだ」

しかしもちろん、たどり着くべき場所はすでに見えている。■

(2006年10月26日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。