ズデネク・ゼーマンが5年ぶりにペスカーラの監督に復帰しました。ペスカーラは前節までマッシモ・オッドが率いて魅力的な攻撃サッカーを展開していたんですが、いかんせん23試合で勝ち星ゼロという結果では、オッドが自ら身を引いたのも仕方がないところ。すでに降格は必至という状況ですが、だからこそ来シーズンのセリエBに備えて、オッドよりもさらに攻撃的なゼーマンを呼んでくるというのは、なかなかの決断だと思います。
就任までの経緯をまとめた原稿は一両日中に某所に上がる予定なので、とりあえず4年前に率いたローマでの戦いぶりを、つい先日PSGにボロ負けしてしまったルイス・エンリケがその前年ローマで見せた4-3-3と比較したテキストを。

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昨シーズンのルイス・エンリケと今シーズンのズデネク・ゼーマン。ローマのこの2人の監督には、4-3-3システムによるきわめて攻撃志向の強いサッカーを信奉するという大きな共通点を持っている。しかし、ピッチ上で展開されるプレーのスタイルは、両極端と言っていいほどに対照的なものだ。

前者のそれが、ボールポゼッションを重視し、足下への横パスを多用する「ホリゾンタル」(水平的)なサッカーだとすれば、後者はボールポゼッションにはほとんど重きを置かず、スペースに縦パスをつないで最短距離でフィニッシュを狙う「ヴァーティカル」(垂直的)なサッカー。本稿では、この2つのローマを比較することで、攻撃サッカーの多様性にスポットを当ててみたい。

イタリア系アメリカ人の投資家グループを新オーナーに迎えたローマでクラブ経営実務の全権を担うフランコ・バルディーニGMが、新プロジェクト1年目の11-12シーズンに臨むにあたり、「イタリアサッカーの保守的な思想に毒されていない革新的なアイディア、攻撃的なスタイルを持った監督を招聘する」という挑戦的な考え方に立って白羽の矢を立てた監督が、ルイス・エンリケである。

バルセロナBを3シーズン率いて、3部リーグからスタートしながら3年目には2部リーグ3位を勝ち取るという実績を残した若き指揮官に与えられたのは、盟友グアルディオラの下で一世を風靡しているバルセロナの「ポゼッション原理主義」とでも言うべき攻撃サッカーを、それとは正反対のサッカー文化が根付いているイタリアに導入するという、決して簡単ではないミッションだった。

この10-11シーズンの基本となったメンバーは以下の通り。
GK:ステケレンブルグ
DF:ロージ、ファン、エインセ、ホセ・アンヘル
MF:ガーゴ、デ・ロッシ、ピヤニッチ
FW:ボリーニ、トッティ、ラメラ

システムは、数字の上では4-3-3ということになっているが、前線中央に位置するトッティが、最前線の基準点としてではなく、引き気味に位置する「偽のセンターフォワード」として機能する、むしろ4-3-1-2に近い布陣。残る2人のアタッカーは2トップと呼ぶには開き過ぎだがウイングと呼ぶには絞り過ぎの、敵CBとSBの「ゾーンの切れ目」にポジションを取ってプレーする。3トップのコンセプトは、メッシをCFの位置に置くようになったバルセロナの4-3-3とまったく同じである。

逆三角形の中盤は、中央下がり目のアンカーに入るデ・ロッシがキープレーヤー。最終ラインからのビルドアップはほぼすべてが彼を経由する。最終ラインは、左右に攻撃力の高いサイドバックを配し、積極的な攻め上がりによって攻撃に幅を作り出すことを狙った構成だ。 

以下、このルイス・エンリケのローマを、パスという観点から、1)ビルドアップとボールポゼッション、2)仕掛けとフィニッシュという2つのフェーズに分けて見てみよう。

最終ラインからのビルドアップ、そして中盤でのボールポゼッションは、攻撃をフィニッシュに導くプロセスというだけでなく、それ自体を通じて試合の主導権を確保することにも大きな重要性が与えられている。そこには、ボールを支配する時間を増やすことで相手のプレー時間を削り取り失点の可能性を減らすという狙いもあることは周知の通り。

縦への展開を急がず、横パスも多用しながら時間をかけて陣地を稼ぎチーム全体を押し上げていくポゼッションから、仕掛けの段階に局面が進むのは、相手を前後左右に揺さぶることで、その守備陣形に綻びや穴が生まれてから。仕掛けが行き詰まるようならリスクを冒して強引に攻めることはせず、一旦ボールを後ろに戻して組み立て直すことも辞さない。

それを実現するための陣形にも特徴がある。ビルドアップの初期段階で両SBが中盤までポジションを上げ、同時に両CBがペナルティエリアの幅よりも外まで開いて、その間に中盤の底からレジスタ(プレーメーカー)のデ・ロッシが「落ちて」くるのだ。この時点で全体の布陣は、4-3-3から3-4-3に変化している。

ビルドアップは、CB2人にデ・ロッシが加わった3人でボールを動かすところからスタートする。その第1段階は、3人のうち誰か(主にデ・ロッシ)が敵FWのプレッシャーを回避してフリーで前を向き、続く中盤への展開の起点となること。

最終ラインにデ・ロッシが落ちることで敵FWに対して局地的な数的優位を作り出したのと同じように、中盤でも「偽のCF」トッティが引いてくることで数的優位を作ることが可能であり、それが安定したポゼッションの基盤となる。

この中盤のポゼッションから仕掛けとフィニッシュのフェーズ、つまり敵最終ラインを攻略するプロセスに入るきっかけとなるのは、敵2ラインの間でフリーになったアタッカー(3トップのいずれか)に入る縦パスだ。

この縦パスで仕掛けのスイッチが入った後は、ポストプレーの落としを前を向いて受けた選手が、状況に応じて様々な攻撃の選択肢を選び、フィニッシュへの道をつけることになる。もし敵最終ラインが内に収縮して中央の守りを厚くしていれば、サイドに展開してクロス、逆にサイドをケアするために開いていれば、ワンツーやスルーパスでそのギャップをつく中央突破と、選択肢は様々だ。

ローマの場合は「偽のCF」に、DFを背負ってもボールを収めることができるだけでなく、そこからアイディアに富んだパスワークで決定的な場面を作り出すトッティが入っていたため、ここに縦パスが入ればさらに攻撃のバリエーションは増えた。

例えば、ゴールに背を向けて戻る動きから、縦パスを受ける直前に身体をひねりダイレクトで裏のスペースに浮き球のラストパスを送り込むアクロバティックなプレーや、一旦キープしてDFを引きつけ、縦に走り込んできた味方にヒールパスでアシストしミドルシュートを打たせるプレーは、トッティの十八番である。

ただし実際には、ポゼッションから仕掛けにつながる攻撃のプロセスが、狙い通りに機能することは稀だった。ルイス・エンリケにとって最大の誤算は、バルセロナと違って、ローマの選手たちは中盤の狭いスペースで正確なパスをつないでポゼッションを保とうとするメンタリティが(そのためのスキルも)なく、攻撃の土台となるべきポゼッションのクオリティが出せなかったことだろう。

さらに、前線の3トップにオフ・ザ・ボールの動きが乏しく、中盤から仕掛けのスイッチとなる縦パスをなかなか引き出せずにいるうち、ポゼッションが行き詰まって横パスを奪われカウンターを喫する、あるいは後ろに戻して組み立て直すが結局埒が明かず、前線にロングボールを放り込んでしまう――といった展開が多く、シーズンを通して攻撃の形が完成されることはなかった。

シーズン半ば以降は、縦に急ぎたい気持ちが強いイタリアのメンタリティに合わせて、必要以上にポゼッションに執着せず、チャンスがあれば素早く縦に展開して速攻を狙う戦い方も取り入れ、バルセロナスタイルとイタリア的ダイレクトプレー志向の融合を図ろうと試みたが、結局チームに明確なアイデンティティを与えることはできないまま、プロジェクトは未完で終わりを告げた。
 
そのルイス・エンリケが「100%の力を尽くしたが、自分のサッカーをチームに植え付けピッチで表現することができなかった」と語り、たった1年だけで去った後、バルディーニは、昨季セリエBのペスカーラを率いて誰も予想しなかったA昇格を果たしたチェコ人のベテラン監督、ズデネク・ゼーマンを監督に据えるという決断を下す。97-98シーズン以来13年ぶりの復帰だった。

1990年代初頭に弱小フォッジャを率いてセリエAに旋風を巻き起こし、その後ラツィオ、ローマの監督を歴任したゼーマンは、イタリアサッカーにはあるまじき「失点しても相手より1点多く取って勝てばいい」という思想の持ち主。リスクを冒しても敵陣に多くの人数を送り込んで攻撃を続けるという姿勢も、4-3-3というシステムもルイス・エンリケと変わらないが、そのサッカーのコンセプトはバルセロナ的なそれとは対極にある。可能な限り最短距離でゴールを目指すという徹底したダイレクトプレー主義なのだ。

ただし、ダイレクトプレーと言っても前線のスペースにロングパスを放り込んでFWを走らせるという単純なカウンターサッカーではない。コンパクトな陣形を高く押し上げてアグレッシブなプレッシングでボールを奪い、素早い攻守の切り替え(トランジション)から、予め決められたパターンによるシステマティックかつ組織的な攻撃で一気にフィニッシュまで持っていこうという、いわば「トランジション原理主義」とでも言うべきスタイルを持った攻撃サッカーである。

今シーズン現時点における基本メンバーは以下の通り。
GK:ステケレンブルグ
DF:タッデイ、カスタン、マルキーニョス、バルザレッティ
MF:ブラッドリー、タキツィディス、フロレンツィ
FW:ラメラ、デストロ、トッティ

4-3-3システムの陣形はオーソドックスなもの。前線の3トップは、ウイングがワイドに構えるのではなく、バルセロナのそれと同じようにCBとSBの「ゾーンの境目」に位置を取るところが特徴だ。ゼーマンはウイングに対して裏のスペースに斜めに走り込んでフィニッシュする動きを要求するため、右サイドに左利きのラメラ、左に右利きのトッティという「逆足ウイング」を配している。

昨シーズンと比較して最大の変化は、トッティがCFではなくウイングとして起用されていること。ゼーマンはCFに対して、中盤に引いてポゼッションに絡む仕事を要求しておらず(そもそもポゼッションは重視していない)、ポストプレーにもそれほどは重きを置いていない。

それよりも、最前線でDFと駆け引きしてラインを押し下げ2ライン間にスペースを作り出したり、裏のスペースに飛び出してスルーパスをフィニッシュする仕事を求めている。2ライン間で縦パスを引き出して、そこから仕掛けに転ずるのは専らウイングの仕事であり、そこでこそトッティの持ち味が生きると考えているのだ。それは13年前、このポジションに彼を起用してブレイクさせた時から変わっていない。

このゼーマンのローマを、ルイス・エンリケのローマと比較すると、劇的に異なっているのは1)ビルドアップとボールポゼッションのフェーズだ。

ビルドアップにおいても、チームは4-3-3の陣形を守っており、最終ラインでのパス回しは最小限。コンセプトは、できる限り少ない手数で2ライン間でフリーになったウイングへの縦パス(これが仕掛けのスイッチになる)につなげるという一点につきる。ボールを保持し続けることを目的とするボールポゼッションは、ゼーマンサッカーには存在しない。できる限り最短距離でフィニッシュまで持っていくことが唯一最大の目的なのだ。

その展開の基本となるのが、左右両サイドそれぞれにおいてサイドバック、インサイドハーフ、ウイングの3人で構成される「カテーナ」(チェーン)と呼ばれるユニット。この3人が連動してスペースにボールを引き出す動きを連続させることによって素早く縦にボールを運び、2)仕掛けとフィニッシュの局面に一気に突入するというのが、ゼーマンサッカーの大きな狙いだ。

この「カテーナ」による仕掛けには、予め決められた攻撃パターンが何種類もあり、それをシステマティックに遂行することで局地的な数的優位を作り出して敵最終ラインに穴を空け、フィニッシュへの形が自然とでき上がる仕組みになっている。

その基本となるのは、ウイングに縦パスが入ると同時に、インサイドハーフがサポートに寄り、サイドバックは裏のスペースに向かってスタートを切るというシンクロニズム。そこからの展開は、ウイングがどういう形でパスを受けるかによって、そして敵最終ラインがどういう対応を取るかによって変わってくる。

ウイングが一旦SBとCBの間から裏を狙う動きを見せ、そこから反転して2ライン間に戻る場合は、ゴールに背を向けて受ける形になる。ここでは、サポートに来たインサイドハーフにダイレクトで落とすポストプレーが第一の選択肢。この時点で敵最終ラインが内に絞ってサイドにスペースがある場合は、ライン際を駆け上がるSBに展開してクロス、逆に最終ラインが開いてギャップが生じている場合には、裏に飛び出したCFや逆サイドのウイングへのスルーパスというのが、フィニッシュへの典型的な形となる。

ウイングが外に開いた位置から中に入る横の動きで2ライン間にパスを引き出す場合には、半身で受けることが可能になるため、ダイレクトで落とすポストプレーだけでなく、トラップして前を向いたところから、1対1での仕掛け、裏に飛び出したCFとウイングへのスルーパス、逆サイドを駆け上がるSBへの展開なども選択肢に加わってくる。

いずれの場合にも、フィニッシュのタイミングでは少なくともCFと逆サイドのウイングの2人が、裏のスペースに飛び出してクロスやスルーパスに合わせるのが約束事。さらに後方からはインサイドハーフがそれをサポートするために上がり、セカンドボールに備える。

こうしてスピードに乗った展開からゴール前に3人、4人を送り込む分厚い攻撃がゼーマンサッカーの真骨頂だが、ボールを奪われた時には一気にカウンターを喫するリスクと背中合わせであることもまた事実。しかしゼーマンは、そのリスクを背負ってでも攻撃の頻度を高めて少しでも多くの決定機を作り出し、相手より1点多く取って勝つサッカーを貫こうという姿勢を、20年以上の間一度たりとも変えたことがない。

このゼーマンサッカーを機能させるためには、豊富な運動量と高いインテンシティに裏打ちされた組織的なシンクロニズム、そしてリスクを怖れない思い切りの良さと自信が必要だ。開幕から1ヶ月半を経た現時点で、しかしローマはまだそれを獲得するには至っていない。

主力の中にも、デ・ロッシ、オスワルド、ブルディッソのように、ゼーマンの考え方とやり方を納得して受け容れることができず、スタメンを外される選手が出てきている。その一方では、フロレンツィ、ブラッドリーなど、ゼーマンのスタイルを早くも消化して期待を上回るパフォーマンスを発揮している若手もいる。チームがどのように固まるかも含めて、ゼーマンサッカーの完成形がピッチ上で展開されるまでには、もう少し時間が必要なようだ。□

(2012年10月10日/初出:『SOCCER KOZO』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。