インテルで3冠を勝ち取った09-10シーズンのモウリーニョを追ったWSD連載の第7回にして最終回。グアルディオラのバルセロナを破ったCL準決勝、そしてモウリーニョの去就について考察しています。今読み返すと、きっとマドリードに行ってしまうのだろうという予感とそれを否定したい願望との間で書き手が葛藤している様子がかなりはっきりと出ていたりします。結果的にモウリーニョの「野心」は、結果を通して歴史に名を残すという方向に向かうわけですが……。

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「これは人生で最も甘美な敗戦だ。私はすでに一度チャンピオンズリーグで優勝しているが、今日の勝利はその時以上の喜びだ」

4月29日にカンプノウで行われたバルセロナとのチャンピオンズリーグ準決勝第2レグ、ティアーゴ・モッタの退場によって1時間以上を10人で戦うという困難を強いられながら、失点を終了間際の1点だけに抑えて最後まで守り切り、試合には0-1で敗れたものの2試合トータルのスコアを3-2として決勝進出を決めた直後、ジョゼ・モウリーニョは自らの心境をこう語った。

その表情はいつものように、感情を抑え込んだ冷静なポーカーフェイスだったが、試合終了直後に、両手の人さし指を天に向けてピッチを走り回ったその姿からは、この勝利がもたらした歓喜の大きさを容易に読み取ることができた。

「今日の我々は完璧で英雄的なチームだった。彼らは今後『バルセロナの英雄たち』として長く記憶されることになるだろう。11人でも難しい試合だった。10人での戦いは歴史的なものだった。サポーター?これまで、チェルシーのサポーターとの間に築いた共感関係を他で築くことなど不可能だと思っていた。しかしインテリスタとの間に見出した関係はそれよりもさらに強いものだ。これは私にとって素晴らしいことだ」
 
試合の内容については、ここで改めて触れるまでもないだろう。インテルのCL決勝進出は、1972年(ヨハン・クライフのバルセロナに0-2で敗戦)以来38年ぶり。サポーターの期待は高まる一方だ。

しかしその一方でもうひとつ、インテルを巡って人々の大きな関心を引きつけているテーマがある。それは、モウリーニョの去就である。

インテルとモウリーニョとの契約は2012年6月まで、あと2シーズン残っている(就任当初の3年契約から、昨年5月に1年延長された)。にもかかわらず、今シーズン限りで退団するのではないかという憶測が飛び交い始めてから久しい。シーズンの終わりが近づくに連れて、その憶測は膨らむばかりである。

退団説の根拠とされている材料は、大きく2つに分けることができる。ひとつは、モウリーニョと「イタリアサッカーという環境」との間に生じている様々な軋轢、もうひとつは、モウリーニョを監督に迎えたいと真剣に考えている国外のメガクラブの存在である。

興味深いのは前者はイタリアメディア、後者はスペインやイングランドのそれが出所だというところ。後者の典型が、ここ数ヶ月『マルカ』を筆頭とするマドリードのメディアが報じている「来シーズンはレアル・マドリー監督に就任」という報道だ。

モウリーニョの代理人であり、昨シーズンはやはり顧客であるクリスティアーノ・ロナウドのマドリー移籍を成功させたジョルジュ・メンデスが、次は指揮官をマドリードに動かそうとしている、という噂は、すでに冬の間から流れていた。

そのトーンが高まってきたのは、R.マドリーがまたもベスト16でCL敗退を喫してマヌエル・ペジェグリーニ監督に対する失望が大きくなった3月以降。そして、インテルがバルセロナを破ってCL決勝進出を決めた直後、4月29日付の『マルカ』は、「モウリーニョは90%の確率でレアル・マドリーの監督になる」と報じるに至った。

「ジョゼ・モウリーニョは今シーズン限りでインテルを去るだろう。おそらくレアル・マドリーに来るために。彼は長くても3年しか同じクラブに留まっていない。インテルのサイクルは終わりに近づいており、次の舞台はイタリアの外にあると感じている。彼の夢はレアル・マドリーを率いることだ。しかしそれが実現するかどうかは、リーガのタイトルの行方にその多くがかかっている。もしマドリーが優勝を逃せば、確率はさらに高まるだろう」

だがこの種の報道は、それなりのリテラシーをもって受け取る必要がある。というのも、メルカート関連の報道の大部分がそうであるように、土台になっているのが「事実」であることよりも「願望」であることの方がずっと多いからだ。

昨年末から年明けにかけて、高級紙『ザ・タイムズ』からタブロイド紙『ザ・サン』まで、イングランドのメディアが事あるごとに、「モウリーニョは今シーズン限りでインテルを去りプレミアリーグに戻ってくるだろう」と報じた時、その背景に、常に話題を提供してくれたモウリーニョに対する強いノスタルジーがあったことは明らかだった。

それと同様に、レアル・マドリーとそのサポーター、そしてクラブの「取り巻き」とも言うべきマドリードのマスコミが、今世界で最も高い評価を受ける指揮官を自分たちの監督にしたいと欲するのは当然のことだ。彼が率いるインテルが憎きバルセロナを破ったとなればなおさらである。しかし今のところこれもまた、イングランドのそれと同様に「願望ベースの憶測」の域を出るものではない。

一方、モウリーニョと「イタリアサッカーという環境」の間にある軋轢を理由とするイタリアメディアの憶測は、「願望ベース」というよりは「不安ベース」と呼ぶべきものだ。

モウリーニョが、イタリアサッカーとそれを取り巻く環境に強い違和感(反感という言葉を使わないならば)を感じており、折りに触れてそれを表明していることは周知の事実。とりわけそれが顕著なのはマスコミとの関係においてだが、昨今はそれに加えて審判の判定や規律委員会の裁定(サンプドリア戦における「手錠のポーズ」に対しての3試合出場停止処分)など、イタリアサッカーのシステムそのものに対しても、苛立ちを募らせているように見える。

4月初めにもモウリーニョは、インテルサポーター向けの有料チャンネル『インテルチャンネル』で、サポーターからの質問に答えて次のようにコメントしている。

「セリエAのベンチにいる時の私が、自分の哲学に従って振る舞えない、自分の感情を自由に表現できないフラストレーションを感じているように見えるとすれば、それは事実だ。イタリアサッカーの中にいる私は幸福ではない。インテルの中では幸福だが、イタリアサッカーの中では幸福ではない。はっきりとそう言うことができる」

こうしたコメントや振る舞いから、モウリーニョはイタリアサッカーに愛想を尽かして去って行くのではないか、という「不安ベース」の憶測が生まれてくるのはごく自然の成り行きだろう。その「状況証拠」として挙げられているのは、例えば次のような事柄だ。

――昨シーズン末に、やはりレアル・マドリーからのオファーをめぐってその去就が取りざたされた時に、モウリーニョは「来年もインテルに残る可能性は99.9%」と言い続け、残りの0.1%を選ばせる理由があるとすれば?という質問には「運命だ」と答えた(→R.マドリーから新たな誘惑があれば、それは運命だと言い募ることも可能なのではないか)。

――CL準々決勝でCSKAモスクワを下してベスト4進出を決めた後、「我々はCLで戦えるメンタリティと自信を備えたチームになった。もし我々が今年勝てれば最高だが、そうでなくともインテルは今後数年のうちに勝てる状況にある」と語った(→今年については「我々は」、来年以降について「インテルは」と主語を変えて語ったのには、明確な意図と計算があるのではないか)。

――バルセロナで決勝進出を決めた後、「確かなのは、来年もまた私はここ(カンプノウ)に戻ってくるということだ。私は毎年バルセロナと戦っている。これでもう10回目だ。来年もまたここで戦うだろう」と語った。その一方でインテルでの将来については「今はそういう話はしたくない。残り5試合に集中するだけだ」と明言を避けた(→来年戻ってくると確信しているのは、R.マドリーの監督になるからではないのか)。

――もしCLで優勝すれば、ましては「グランドスラム」まで達成してしまうとしたら、もはやインテルの監督として追い求めるべきタイトルは存在しない。(→嫌いなイタリアを去ってR.マドリーに新たな挑戦の場を求める区切りになるのではないか)。

しかしもちろん、今シーズンの結果にかかわらずモウリーニョが来季もインテルに残留するだろう、という憶測を支える「状況証拠」も少なくない。

――インテルとの契約は2012年まで、あと2シーズン残っている。ただしその契約には、800万ユーロの違約金を支払えば契約を解消できるという付帯条項も記されている。

――冬に来シーズンのイングランド行きが取り沙汰された時、モウリーニョは「イングランドにはいつか必ず戻るだろう。しかし私はインテルと2012年までの契約を交わしている。契約にサインしたのはそれを全うするためであり、何ヶ月後かに反故にするためではない」と一貫して否定している。

――モウリーニョはかねてから、「イタリアという環境は好きにはなれない。しかし、インテルというクラブで仕事をすること、サポーターを含めたインテルという大きなファミリーの一員であることには大きな喜びを感じている。ここで仕事を続けられることに満足している」と繰り返し言い続けている。

――バルセロナとの第1レグの前日、来季のR.マドリー監督就任の噂について訊かれ次のように答えた。「私はインテルの監督であり、インテルと契約を交わしている。レアルには優秀な監督がいる。サッカーの世界はあらゆる情報に溢れている。真実、半分の真実、嘘、単なる憶測。私は3日に一度重要な試合を戦わなければならない立場にある。私はインテルの未来を考えるだけで手一杯でそれ以外のことは頭にない」。

――マッシモ・モラッティ会長はバルセロナ戦後、モウリーニョ退団の可能性について質問されて「インテルの未来は彼を抜きにしては考えられない」と明言している。

これらの「状況証拠」をどのように解読し、どのような結論を導くかは人によって様々だろう。いずれにしても、現時点においてモウリーニョの去就をめぐるすべての言説は、明確な根拠を持たない憶測の域を出るものではない。

モウリーニョがこのままインテルとの契約を全うすることを選ぶのか、それとも違約金を支払って契約を解消し、レアル・マドリーに新たな舞台を求めるのか、それが明らかになるのは、早くとも5月22日、ほかでもないマドリードのサンチャゴ・ベルナベウで行われるバイエルンとのCLファイナルが終わった後になるはずだ。

筆者の個人的な見方に過ぎないことを承知で言うならば、その判断を左右する最も大きな要素は、モウリーニョにとって監督という仕事、そして自らのキャリアにおける最大の「野心」はどこにあるのか、という点であるように思われる。

もしモウリーニョが、多くの偉大なクラブを率いてひとつでも多くのビッグタイトルを勝ち取り、その勝利の数によって偉大な監督として記憶されることを望んでいるのだとすれば、今シーズンCL制覇を達成した時点で、インテルで仕事を続けるモティベーションの多くは失われざるを得ないだろう。その前提に立てば、モウリーニョの去就はCLの結果次第、ということになる。

レアル・マドリーという新たな舞台で再び頂点を目指すという目標がもたらすモティベーションは、クラブワールドカップやUEFAスーパーカップといったまだ手に入れていない、しかしCLよりも明らかに重要度が低いタイトルと比べれば比較にならないほど大きいはずだ。

一方、もしモウリーニョの「野心」が、単なるタイトルの数にとどまらず、サッカーの歴史に残る偉大な、そして特別な監督のひとりとして記憶され、リスペクトされるような業績を残すことにあるとしたらどうだろう。例えばヨハン・クライフやアリーゴ・サッキ、近年ならばアレックス・ファーガソンのように。

彼らに共通するのは、偉大なチームを築き上げてビッグタイトルを数多く勝ち取ったという以上に、時間を越えて受け継がれるサッカー哲学やカルチャーをクラブに植え付け、根付かせるという仕事を成し遂げたことだ。

いくつものクラブを渡り歩いて多くのタイトルを勝ち取った監督(例えばファビオ・カペッロやオットマール・ヒッツフェルト)よりも、ひとつのクラブを舞台に、そのクラブにとって大きな財産となる哲学やカルチャーを根付かせた監督の方が、より大きな評価とリスペクトを集め名声を残すというのは、歴史が物語る真実だ。

モウリーニョ自身も常々、「私は目先の勝利だけを追い求めるエゴイストではない。私はクラブのために仕事をしている。私が去った後も私のプロジェクトが継続し、クラブに財産として残ることが理想」と語ってきた。実際、チェルシーで着手したその取り組みを、道半ばで手放さざるを得なくなったことについては、今もなお遺憾の意を隠そうとしない。

かつて(2年前にインテルのオファーを受ける直前)バルセロナに自らを監督として売り込んだ時にも、カンテラの見直しまでを含めた企画書を提出したが、ほかでもないクライフの拒否権発動によって実現しなかったという経緯があった。そして現在のインテルにおいても、アッピアーノ・ジェンティーレ(トレーニングセンター)の設備更新、育成部門の再編成とトレーニングメソッドの統一といった、時間のかかるプロジェクトを進めている。

もしモウリーニョが「目先のタイトル」以上に、こうした長く受け継がれる財産としてのカルチャーをひとつのクラブに残すことを通じて、時を越えた名声を勝ち取りたいと考えているとしたらどうだろう。少なくとも契約を満了する2012年まで、チェルシーでは成し遂げられなかった納得のいく形でひとつのプロジェクトを全うする道を選ぶという選択も、十分にあり得るのではないだろうか。

スクデットとCLというタイトルの行方、そしてモウリーニョの去就。長かった09-10シーズンはいかなる形で幕を閉じることになるのか。その結末を見守りたい。□

(2010年5月3日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。