新年蔵出し連載、09-10シーズンのモウリーニョ、第4回はCL決勝トーナメントR16で実現した因縁のチェルシー戦に向けて。チェルシーの監督はほかでもないアンチェロッティでした。

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間もなく再開するチャンピオンズリーグ、決勝トーナメント1回戦最大の注目カードがインテル対チェルシーであることに、異論のある向きは少ないだろう。

昨シーズン、グループリーグを2位で終えたモウリーニョは、「次はマンチェスター・ユナイテッドと当たりたい」とコメントし、その通りの相手を引き当てた。その結果は誰もが知る通り。ホームの第1レグで0-0、アウェーの第2レグは0-2と、力の差を見せつけられての完敗だった。

今シーズンのグループリーグ第6節、サン・シーロでルビン・カザンを破りやはり2位での勝ち上がりを決めたモウリーニョは、今度はこう語った。

「去年、マンチェスターと当たりたいと言ったのは、前年王者と戦うことがモティベーションを高める上でプラスの材料になると考えたからだ。だが今回はバルセロナと当たる可能性はない。当たる可能性があるのは、イングランドの強豪2チーム、レアル・マドリー、あまり強くないと考えられているようだが、非常に難しい相手であるセヴィージャ、そしていい内容の試合を見せて勝ち点を積み重ねたボルドー。どこも強敵だ。率直に言って選びようがない。チェルシー?私の歴史に名前を刻んだチームだから?チェルシーが私の歴史に名を刻んだのか、私がチェルシーの歴史に名を刻んだのかはわからないがね」

そしてインテルが引き当てたのは、他でもないそのチェルシーだった。

モウリーニョのキャリアを振り返ってみると、CLの決勝トーナメント1回戦で優勝候補の一角を占める強豪が目の前に立ちはだかるというのは、いわば宿命のようなものだということがわかる。

ポルトを率いた03-04シーズンはマンU。チェルシーに移った04-05シーズンからは、2年続けてフランク・ライカールト率いるバルセロナを引き当てた。そして昨シーズンは5年ぶり二度目のマンU。唯一、格下と当たったのは06-07シーズンだったが、その時の相手はほかでもない古巣のポルトだった。

古巣といえばバルセロナも、モウリーニョにとっては助監督として4年間を過ごした場所である。その流れからいえば、この09-10シーズンに、最も手強い敵でありしかも古巣であるチェルシーを引き当てるというのは、宿命がもたらした必然だったと言うことすらできるかもしれない。

チェルシーは今シーズン、ミランからカルロ・アンチェロッティを監督に迎えるという大きな変化を経験している。しかし、夏のメルカートでほとんど動きを見せなかったこともあり、チームを構成しているプレーヤーは、モウリーニョが監督を務めていた07-08シーズン当時とほとんど変わっていない。自らが育て、今も強い愛着を持っている選手たちと敵として相対する――。絵に描いたような因縁対決である。

このドローが決まった3日後の記者会見で、モウリーニョはこう語っている。

「まだ2ヶ月も先の話だから、言えることは多くない。もちろん、私がかつて率いたチームであり、私のかつての選手たちであり、かつてのサポーターたちで埋まったかつてのスタジアム、すべては『ex』(英語で「元」を表す接頭辞)だ。だがひとりのプロフェッショナルとして試合を準備するやり方は、相手がマンチェスターであろうとチェルシーであろうと、まったく変わることはない。今重要なのは目の前の試合に集中することだけだ。チェルシーのことはその時が来たらじっくりと考えればいいだけのことだ」

だがもちろん、モウリーニョがそう言ったからといってマスコミがチェルシーに関する質問を控えるはずもない。

ウィンターブレイクは、モウリーニョがTV局の単独インタビューに応じる限られた期間のひとつである。3~4日ごとに試合が続いているシーズン中は、前日会見と試合後のインタビューだけにマスコミとの接点を限っているモウリーニョだが、カンピオナートが中断するこの期間には、メディアとの良好な関係を維持したいクラブ広報の意向もあって、主要3局(国営放送局RAI、民放ネットワークのメディアセット、衛星放送局スカイスポーツ)の単独インタビューを受けることになった。当然ながらチェルシーとの因縁対決は、避けることができない話題のひとつだった。  

「チェルシーの選手たちはひとつのカルチャーを身に付けた。それは、毎日のトレーニングはひとつの試合であり、毎週の試合もまたひとつの試合であり、敵はどんな時でも単なる敵だということだ。CLでインテルと戦うのもプレミアリーグでハル・シティと戦うのも、ひとつの試合であるという意味でまったく違いはない。チェルシーでプレーする選手は誰もがこのカルチャーを身に付けている。

先日TVでランパードとテリーのインタビューを見たが、まったく同じことを言っていた。元監督である私が率いるチームが相手だからといって、その試合が特別な意味を帯びるわけではない。試合の前と後には私を、偉大な時を共に過ごした友人として扱うだろうが、試合の90分間は誰が相手のベンチにいるかになどまったく関心を持たないだろう。彼らが求めるのは勝利だけであり、すべてはそのために捧げられる。

そのカルチャーをチェルシーに植え付けた責任者のひとりは他でもない私だ。それゆえ私もまた彼らを同じ目で見ることになる。6万人の観客が私の名前をチャントするのかそれともブーイングの口笛を浴びせるのかには、まったく興味がない。私に興味があるのは戦って勝つことだけだ。90分の間、ピッチの上に友人は存在しない」(スカイスポーツより)

「チェルシーの選手たちからもらったメールはどれも友情に満ちたものだった。どのクラブでもそうだが、私が仕事を終えて去った後も、共に戦った選手やスタッフは私のことを忘れない。チェルシーの選手たちも同じだ。3年間を共に戦い多くの勝利を掴み取った仲間なのだから。しかしもちろん、彼らと戦う時が来たら、私が絶対に勝とうとするのと同じように、彼らも私のチームを倒すことだけを考えるだろう。

チェルシーとインテルの違いは、チャンピオンズリーグでの実績だ。彼らはこの5シーズンで4度準決勝を戦っている。インテルは正反対に、早期敗退を繰り返してきた。マンチーニの下でヴァレンシアとリヴァプールに、私の下でマンUに決勝トーナメント1回戦で敗退し、ヴィジャレアルには準々決勝で敗れた。しかし、今回はまったく異なるストーリーにしなければならない。チェルシーを早期敗退に追い込まなければならない。その確率は、現時点では50対50だ」(RAIより)

「チェルシー戦の難易度?10段階評価の10だ」(メディアセットより)

これらの発言から伝わってくるのは、チェルシーで過ごした3シーズンをあまりを通じてこのクラブで積み重ねてきた仕事に対する強烈な誇りであり、かつての仲間に対する深いリスペクトである。

モウリーニョは日頃から常々「私は目先の勝利のためだけではなく、クラブの将来のために仕事をする。私が去ってもひとつのカルチャーがそのクラブに根付くことが理想だ」と語っている。チェルシーはその意味で、彼が最も深い愛着を持っている“作品”であるはずだ。彼にとってチェルシーとの対決は、助監督という立場で関わっただけのバルセロナ、自らが去った3年後に当時の面影をほとんどとどめない形で再会したポルトと戦った時とは比較にならないほどに複雑な感情を掻き立てるものに違いない。

このウィンターブレイクを利用して、12月28日のプレミアリーグ、チェルシー対フルハム戦を観戦するため、およそ2年半ぶりにスタンフォード・ブリッジを訪れたのも、そんな感情に慣れておくためだった。この時に応じた英国のタブロイド紙『ザ・サン』のインタビューで、モウリーニョは次のように語っている。

「試合を戦うためにではなく、このスタジアムに戻って来ておきたかった。ピッチに立つ時には冷静でいなければならない。それが簡単ではないこともわかっているが……。ここでは人々の愛情を感じることができた。とても感動的な経験だ。ここは私の家なのだから。たくさんの友人たちと再会し、ジョン・テリー、フランク・ランパードと話をした。

私がチェルシーのために、そしてイングランドサッカーのために何をしたか、誰もが知っている。たくさんのサポーターが私に暖かい声をかけてくれたのは偶然ではないだろう。もしチェルシーに勝つとしても、その時に喜びを大袈裟に表現したりするつもりはない。このクラブを今も愛しているし、選手やサポーターをリスペクトしているからだ。実際、イヴァノヴィッチとアネルカを除けば、残りは私のチームのままだ。これは私にとってとても大きな意味を持っている」

しかしもちろん、モウリーニョにとって今最も重要なクラブはチェルシーではなくインテルである。そしてそのインテルは、2月24日に迫ったチェルシーとの第1レグに向けて、そのポテンシャルと完成度を着実に高めつつある。とりわけ、1月26日のミラノダービーに圧勝して以来の戦いぶりは、少なくともセリエAの舞台においてはミラン、ローマ以下のライバルとは別次元にあると言っても過言ではない。

今シーズンのインテルは、システムこそ昨シーズン同様の4-3-1-2を基本としながらも、攻撃陣の顔ぶれを完全に入れ替えたことで、ポゼッションを志向を高めグラウンダーの素早いパス交換による仕掛け/崩しを武器とする、スピードとダイナミズムを併せ持ったコンパクトなチームに変貌を遂げた。

前半戦は、その新戦力(ミリート、エトー、スナイデル、T.モッタ)が故障がちで、メンバーを固定してチームの成熟度を高めて行くことができなかったこともあり、複数のシステムをやり繰りしながら個人能力に頼ってその場その場を乗り切ってきた印象も否めなかった。しかしここに来て、チームとしての組織的な完成度も急速に高まっている。開始30分足らずで10人になりながら、好調だったミランにほとんど何もさせないまま押し切った1月26日のミラノダービーは圧巻だった。

大きなきっかけは、冬のメルカートでゴラン・パンデフを獲得したことだろう。ラツィオから不当な戦力外扱いを受けたことを理由に、レーガ・カルチョの調停委員会に契約の一方的解除を求めて提訴し、それが受け入れられて12月末に無所属となったパンデフは、すでに水面下で合意に達していた通り、1月の移籍市場解禁と共にインテルと契約を交わし、すぐに戦列に加わった。

スピードとテクニック、1対1の突破力、質の高いアシストとシュート、攻守両局面で献身的に動き回る運動量、さらにはセコンダプンタ、サイドアタッカー、トップ下と、攻撃のすべてのポジションをこなせる戦術的柔軟性まで備えたこの左利きのファンタジスタは、インテル攻撃陣に欠けていた最後の1ピースと言っても過言ではない。

ほぼ半年間に渡って実戦から遠ざかっていたにもかかわらず、フィジカルコンディション、試合勘ともまったくそのブランクを感じさせないレベル。ミリート、エトーとのコンビネーションも、一緒にプレーし始めてまだ1ヶ月とは思えないほどに呼吸が合っている。

その攻撃力に加えて守備のタスクも献身的にこなすパンデフがチームにフィットしたことで、攻守のメカニズムの完成度が一気に上がった印象すらある。

「このチームは昨シーズンのチームと比べてもずっと上だ。私の哲学に合った選手が揃っており、異なる戦術的なソリューションをもたらしてくれる。攻撃陣には、ゴールを決めるだけではなく、ボールをキープし、動かせる選手が揃っている。スナイデルのようにクリエイティヴなMFも昨シーズンはいなかった。ルシオが加わったことで空中戦にもずっと強くなった。このチームにはずっと大きなチャンスがある。

スーパーな相手と戦わなければならないことはよくわかっている。だがチェルシーも、我々が手強い相手であることを知っているはずだ。私は彼らを、彼らは私を熟知している。その点ではどちらが有利だということはない」
 
これは、1月末に英『タイムズ』紙のインタビューで語ったコメント。1年前、マンUとの対決を前にしたモウリーニョの強気な振る舞いからは、不可能なミッションに臨む悲壮感が感じられたものだったが、今のモウリーニョの振る舞いは、同じ強気でも確かな自信に裏付けられた不敵さを醸し出すものだ。

決戦の準備は整っている。□

(2010年2月7日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。