3バックシリーズwの好評にお応えして、4年前の『footballista』で特集した時のテキストをもうひとつ(これでおしまいです)。前回上げた「3バックの歴史」とも内容的にちょっとだけ関連していますので、セットでどうぞ。11-12から12-13シーズンにかけての話なので、今の状況とはやや異なっている部分がありますが、戦術というのは、文中でも取り上げたように「進化」「流行」「対応」というプロセスを踏んで流行ったりすたれたりするものなので、それはそれで自然なことではあります。

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80年代末に「サッキのミラン」がゾーンディフェンスの4-4-2によるプレッシングサッカーで革命を起こし、90年代前半にそれがマンツーマンディフェンスを駆逐する形で広く普及してから現在にいたるまで、4バックは常に「サッカーの世界標準」であり続けてきた。

イタリアでも、90年代末から00年代初頭にかけて一時的な3バックの流行はあったものの、その後は一貫して4バックが多数派を占めてきた。他国と違うのは、その中にあっても、3バックのメリットに着目した一部の監督たちが、独自にこの戦術を磨き上げ発展させてきたというこの国ならではの特殊事情があること(その歴史的経緯は別稿にて)。とはいえ、それもつい2年前までは絶対的な少数派だったことに変わりはない。

実際、10-11シーズンに3バックで戦っていたのは、マッザーリ(ナポリ)、ガスペリーニ(ジェノア)、そしてグイドリン(ウディネーゼ)の3人のみ。いずれも、3バックに確信犯的なこだわりを抱いてきた監督である。

そんな流れが大きく変わったのは昨シーズンのこと。開幕当初、3バックを採用しているのはこの3人が率いるチーム(ガスペリーニはインテル監督に就任)だけだったが、シーズンが進むにつれて多くのチームが移行し、最終的には表○の通り全体の4分の3にあたる15ものチームが何らかの形で3バックを導入するという結果になった。

ガスペリーニがわずか3試合でインテルを解任され、その理由として3-4-2-1への執着が槍玉に上がった2011年9月の時点ではまだ、3バックは時代と乖離した異端に過ぎないという見方が一般的だった。ところが10月にモンテッラ率いるカターニアが3-5-2を導入して結果を積み重ね、ユヴェントスがナポリやウディネーゼに対して3バックで戦ったあたりから、雲行きが変わってくる。

年が明けると、不振に陥って監督交代に踏み切ったパルマ、ボローニャ、レッチェが3バックに移行して建て直しに成功、これを見たパレルモ、ノヴァーラ、ジェノア、シエナといったチームも、雪崩を打つように3バックを導入することになった。たった半年の間に「異端」から「トップモード(笑)」へと、180度評価が変わった格好である。

これらのチームが3バックを導入した理由はひとつではない。大きく分けると「進化」、「流行」、「対応」という3つを挙げることができる。

ひとつめの「進化」は、ユヴェントスが典型的なケースだ。コンテ監督は就任当初、自らが研究を重ねた4トップ(2トップ+2ウイング)によるシステマティックな攻撃パターンを活かすため、4-2-4システムの導入にこだわった。しかし、2ボランチに守備の大きな負担がかかるこのシステムでは、ピルロという世界ナンバー1のゲームメーカーを活かしきれない。前線を1人削って中盤に回すことでピルロをプロテクトする3ボランチの4-3-3は、その問題をクリアする解決策だった。

だがコンテはここで満足せず、今度はこの中盤を維持しながら、4トップによる攻撃パターンを導入する道を模索、最終ラインを3バックにして、余った1人を前線に回す(4-3-3→3-3-4)というアイディアにたどり着く。実際にはウイングのスタートポジションは前線ではなく中盤になるため、システムの表記は3-5-2となるが、攻撃時におけるサイドハーフの振る舞いは、2トップと連携した攻撃パターンを遂行するウイングのそれである。

当初は、ナポリやウディネーゼの3バックにシステムをかみ合わせるために採用したと思われたこのシステムが、昨シーズン終盤から現在に至るまでそのまま基本形となっている事実は、4-3-3から3-5-2への移行が、攻守のバランスを崩すことなくより攻撃的に振る舞う道を探る「進化」の結果であることをはっきりと示している。

4バックの最終ラインから1人削って中盤あるいは前線に回せば、チームの重心を高めて攻撃に人数をかけることが可能になる。しかしこれはあくまでも、最終ラインを常に3バックで運用することが前提だ。そうではなく、4バックにCBをもう1枚加えることで中央の守りを厚くする「実質5バック」の運用には、守備を安定させるという効用がある。

守備が安定せず失点が多くなって不振に陥ったチームが、まずその点を改善するために3バックを導入して「実質5バック」で運用するというのも、昨季の後半にしばしば見られたパターンだった。攻撃ではなく守備的な動機である。

「溺れる者は藁をも掴む」ではないが、不振に陥っていたライバルが導入して建て直しに成功したのを見れば、それではうちも、となるのは人情というもの。下位チームがこぞって3バックに移行した背景には、こうした「流行」の心理もあった。

さらに言えば、イタリアの監督たちは、試合を準備する際に、自分たちのサッカーをすることよりも相手にサッカーをさせないことを優先して考える傾向が強い。システムを相手とかみ合わせることは、その第一歩。3バックの相手と戦うためには、4バックよりも3バックの方がかみ合わせやすいという事情がある。こうした「対応」のメカニズムも、シーズン終盤に向けて「雪だるま式」に3バックが増えていった原因だったといえるだろう。

その観点から今シーズンの状況を見ると、確信犯的に3バックを採用している「進化」組は、ユヴェントス、ナポリ、ウディネーゼ、フィオレンティーナ、ガスペリーニ就任以降のパレルモ、そしてコズミ監督のシエナというところ。パルマ、ボローニャ、カタニアも、昨シーズン築いた土台を発展させようとしているという点で、このグループに入れていいだろう。

それに対して、攻守のバランスがなかなか取れず、とりあえず守備を安定させるために3バックを導入したのはインテル、ミラン、そして下位のペスカーラ。ミラノ勢の間の違いは、前者はこれがぴったりはまってチームが機能し始めたのに対し、後者はまったく改善が見られず数試合で放棄することになったところだ。インテルの3バックがこれだけスムーズに機能したのは、昨季3試合で追い出すことになったガスペリーニが、プレシーズンキャンプで3バックの基礎をみっちり仕込んでくれていたからかもしれない。それはそれで皮肉な話ではある。□
 
(2012年11月14日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。