2016年6月25日 W杯・EURO/代表関連

EURO2008のイタリア対スペイン(2008.06)

EURO2016も今日からR16。イタリア対スペインは月曜日です。ひとつ前のポストで、両者の力関係が入れ替わったのはEURO2008からだと書きましたが、今回はその準々決勝の試合前と試合後に書いたテキストをセットで。試合結果はご存知の通り、0-0の後PK戦でスペインの勝利。なぜかこの試合はマッチレポートを書きませんでした。

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BEFORE:スペインの期待とイタリアの不安

イタリアが土壇場でグループCの2位抜けを決めてから、スペインとの準々決勝を戦うまでの4日間、両国のマスメディアはこの試合をめぐる様々な記事で埋め尽くされた。興味深かったのは、これらの紙面から、その対照的なサッカー観はもちろん、お互いにいだき合っている微妙な感情までもが、否応なく浮かび上がってきたことである。

イタリアと当たることが決まった翌日のスペインメディアからは、「よりによってイタリアかよ」という空気がはっきりと漂ってきた。

全国紙『エル・ムンド』の見出しは「オー、マンマ・ミーア」(ご存じの通り、イタリア語で「何てこった」の意)。ルーマニアの勝ち上がりを期待していたに違いないだけに、この反応は理解できる。

『マルカ』紙は、14年前のUSAワールドカップ(やはり準々決勝で対戦しイタリアが2-1で勝利)でタソッティに肘打ちを喰らって鼻血を流しているルイス・エンリケの写真を1面に大きく掲げ「イタリア、忘れていないぞ」と復讐戦気分を煽り立てた。

「我々スペインにとってイタリアは、お姫さまのいる城に入る前に倒さなければならない怪物のような存在」。これは、その『マルカ』紙のホアン・カストロ記者がイタリアの『コリエーレ・デッロ・スポルト』紙に語ったコメントだ。

スペインの複数の記者に取材してまとめた同紙の記事のタイトルは「スペインは我々を恐れている」。一見すると余裕をこいているように見えるかもしれないが、そんな見出しを大袈裟に掲げた記事を作るというのは、逆にスペインを怖れている証拠である。

実際、スペイン戦に向けたイタリアメディアの論調からは、優越感と不安が入り交じったアンビヴァレントな感情が読み取れる。

優越感のよりどころになっているのは、何よりも過去の歴史的事実である。イタリアは過去のワールドカップやEUROでスペインに負けたことが一度もないし、「スペインは美しいサッカーをするが重要な試合になると勝てない」というのは、サッカーの世界ではもはや常識の範疇に属する話だ。だが今回ばかりは、漂う空気はそれほど楽観的なものではない。

『ラ・レプブリカ』紙の重鎮オピニオニスト、ジャンニ・ムーラはこう書いている。

「トーレスとビジャ。あの2人のスピードとテクニックにかかれば、盲滅法のクリアボールですら決定的なアシストになり得る。カウンターの鋭さは、まるでイタリアを見ているようだ。と言っても今のイタリアではない。このチームはカウンターを喰らうだけで仕掛けることがないからだ。前線に孤立したトーニへのロングボールに頼り過ぎている。うまく行く時もあればそうでない時もある。だが、そのトーニがゴール欠乏症から脱してくれれば、流れはまったく変わる可能性がある。立ち上がりに苦しみ、途中から調子を上げるのはイタリアのお家芸だ」

イタリアの希望は、グループリーグで苦しんだ時には、決勝トーナメントに入ってから調子をめきめき上げるケースが多かった(82年、94年のW杯など)という、これまた過去の歴史的事実である。

一方、スペインの希望は、現在のチームが見せている強さと好調ぶりだ。上で取り上げた『コリエーレ』紙の記事の中で、スペインの一般紙『エル・パイス』のディエゴ・トーレス記者はこうコメントしている。「このスペインは過去20年で最高のチームだ。これで勝てなかったらどうすればいいのか。この試合への期待は、我々のイタリアに対するコンプレックスをも吹き飛ばす」。

スペインの期待がどれだけ大きいかは、サパテロ首相のこんなコメントにも表れている。「我々は最強の攻撃陣と素晴らしい中盤を擁している。長年イタリアに勝てずにいるが、今回は我々の方が強い。スペインが3対2で勝つだろう」。

これに返答したのは、足首の怪我で戦列を離れているイタリアの主将カンナヴァーロ。「確かにクオリティではスペインの方が上だ。でも我々はイタリアだ。チームとしての結束力では誰にも負けない。彼らが攻撃に熱中するあまり生まれるスペースを衝き、あるいはセットプレーを生かして戦い、そこに勝機を見出す必要がある。イタリアが1−0で勝つ。彼らの一番嫌いなスコアでね」。

さて、勝ったのは一体どちらだったのか。そしてスコアは?□

AFTER:イタリアの大会総括

イタリアの敗因はどこにあったのか。スペイン戦の結末だけを見れば、PK戦なんてロシアンルーレットみたいなもの、単に運が悪かっただけだ、と開き直ることだってできなくはない。だが、大会を通して一度として説得力のある試合を見せられなかったその戦いぶりからすれば、そんな開き直りで済む問題でないことは明らかである。

ドナドーニ監督の立場から言えば、「最大の誤算」は4試合で1ゴールも決められなかった攻撃陣の不振だろう。ディフェンスは、オランダ戦で3点喰らったとはいえ、その後の3試合をザンブロッタのミスからの1失点だけに抑えたのだから、むしろよく建て直したと言うべきだ。

攻撃においてとりわけ痛かったのは、フィニッシュを一手に引き受ける役割を担っていたトーニの大ブレーキ。4試合を通じてシュート14本を放ちながら、枠に収めたのはわずか2本、明らかにシュートコースが見えている場面ですら枠を外しつづけるという不調ぶりだった。

ドナドーニは、0-3を喫したオランダ戦の後にすら「スコアを見れば完敗だが作り出したチャンスの数は変わらない」と強弁し、その後も攻撃陣を擁護しつづけた。だが、4試合の内容を客観的に見れば、イタリアの攻撃が機能していたとはとても言い難いことも、明らかな事実である。得点はわずか3にとどまり、しかもすべてがセットプレー絡み(CK、PK、FKからそれぞれ1点ずつ)。流れの中から得点を挙げることすらできなかった。

トーニの不振が致命傷になったことは紛れもない事実だ。しかし問題は、そのトーニにあまりにも多くを依存し過ぎた、あるいは依存しなければならなかったことの方だろう。

ドナドーニが就任以来目指してきたのは、トーニのポストプレーやサイドバックの攻め上がりを生かした組織的なコンビネーションによってフィニッシュまで持ち込む、積極的かつダイナミックなサッカーだった。多少のリスクを冒しても人数をかけるべきところでは人数をかけるという、イタリアの伝統からすればかなり攻撃的な振る舞いを基本とする戦い方である。

ところが今大会でその片鱗が見られたのは、オランダ戦とフランス戦の立ち上がり、ほんの15分ずつくらいに過ぎない。残るほとんどの時間帯は、主導権を握るよりも受けに回って相手の攻撃を凌ぎ、攻撃はトーニへのロングボールが頼りという、煮え切らないサッカーに終始した。しかも、自ら選んでそういう戦い方をしたというよりも、結果的にそうなってしまったという印象が強い。

守備の局面で自陣に引き過ぎて相手に押し込まれるため、ボールを奪回しても早いタイミングで組み立てに行き詰まり、前線で孤立しているトーニめがけて放り込むしかなくなるというのが、典型的なパターン。攻撃に転じた時に力強く攻め上がるダイナミズムと積極性を持てなかったのは、自らの強さに対する確信を、相手に対する怖れと不安が上回っていたからにほかならない。

オランダ戦で躓いた後、試合ごとにメンバーを入れ替えてチームの「最終形」を模索したドナドーニだったが、最後までそれを見出すことも、チームに新たな確信を植え付けることもできずに終わった。つまるところ、カンナヴァーロの直前離脱がもたらした欠落を、戦力的にも戦術的にも、そして精神的にも埋め切れなかったということである。

だが、それでもイタリアが只者ではないのは、それだけの困難に直面して土壇場に追い込まれても、身体に染み込んだ「カテナッチョのDNA」が最後の一線で顔を出すところである。ピルロ、ガットゥーゾという中盤の攻守を担うキープレーヤーを揃って出場停止で欠いたにもかかわらず、スペインの強力な攻撃陣を相手に120分間、決定的なチャンスを一度も与えずに凌ぎ切ったというのは、たとえ攻撃に転じる余力がほとんどなかったとは言っても、チーム状態を考えれば大した偉業だった。

PK戦の結果は、試合展開から見ればこの上なく妥当なものだった。4試合の内容を総合的に見ても、これはもう納得の敗退というしかない。でも、あそこを凌いでさえいれば、ピルロとガットゥーゾが戻った準決勝で「大化け」したかもしれないと思うと、ちょっと残念ではある。結局のところ、勝敗はほんの紙一重に過ぎなかったのだから。■
 
(2008年6月21日、26日/初出:『footballista』)

About admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 新しい著書(共著)『元ACミラン専門コーチのセットプレー最先端理論』が好評発売中。 他の著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。

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