ちょっと前にやった「Best of ミラノダービーのコレオグラフィ」の続きをひとつ。今回はBest ofに入れるほどのクオリティじゃありませんが、手元に当時書いた解説テキストがあるので、今や中国資本の傘下に入ろうとしている/入ってしまったミラン/インテルが、揃ってCLでベスト8やベスト4まで勝ち進んでいた古き良き時代の思い出ということで。05年春のセリエAとCL、計3試合のダービーでのコレオグラフィを両チーム分まとめて取り上げています。

bar

MILAN (Curva Sud)

2005年2月27日に行われた春のダービーでも、ミランのゴール裏は前回に続いて、芸術文化からモチーフを拝借してインテリスタをからかうという路線を踏襲した。ムンクに続く今回の主人公はアインシュタイン。

最初に現れたのは、「数学は単なるオピニオンではない」という謎めいた一節が書かれた横断幕だった。

X0003

続いて、ゴール裏にアインシュタイン博士らしき人物を象ったビッグフラッグが出現。背景にはご丁寧に黒板やら時計や本棚、顕微鏡やフラスコまでが並んでいる。

そして最後に拡げられた横断幕には「インテルの優勝。いかなる解も存在しない」という一文。この時点でインテルは、首位を走るユヴェントスとミランから勝ち点で10以上も離されており、「数字の上で」スクデットの可能性はほとんど失われていた。

X0001

ただこの演出はひねりすぎで直接性に欠けるきらいがあり、成功作とは言い難かった。それもあってか、ミランサポは続くCLでの2試合では、まったく別の路線に乗り換えることになる。

CLは、次の対戦相手が決まってから試合までの時間があまりないため、セリエAのように手の込んだ演出は準備しにくい。それでも、12月のうちにマンチェスターUとの対戦が決まっていた決勝トーナメント1回戦では、「レッド・デビルズ」の異名を取るマンUに対して、同じ「悪魔」を意味する「ディアヴォリ」という愛称を持つミランのサポーターが「I’ve got a devil in me」という横断幕で仁義を切るという、なかなか粋な演出が見られた。

X0004

インテルとの準々決勝ダービーは、第1レグが「今日こそはかつてないほど」という横断幕に「11人のライオン」という鮮やかな人文字を組み合わせた、シンプルだが美しい紅白のビジュアル。

X0001

第2レグも「クルヴァと共に戦え」という横断幕にウルトラスの紋章を組み合わせた、同様の路線だった。

X0003

INTER (Curva Nord)

 インテルのゴール裏は、04-05春のダービーでも前回に続き、自らの誇りを前面に打ち出すという路線を踏襲した。「Curva Nord」と大書されたシンプルな横断幕の下に、甲冑で身を固めた戦士がサン・シーロを背景に立つ姿を描いた、2階席全体を覆うほど巨大なビッグフラッグ。その下にももう1枚、馬に乗って戦いに赴く戦士たち(ウルトラスを象徴している)を描いたビッグフラッグが1階席を覆った。

X0002

写真には写っていないが、2つの絵の間には「我々はイタリアのダーティな権力と戦う」という、意味あり気な横断幕が拡げられた。インテルにとって、ミランとユヴェントスは、権力をあやつって勝利を奪い取るダーティな敵なのである。

4月のCL準々決勝ダービーでは、第1レグが「強く望むものが勝つ」「勝つのは我々だ」という2枚の横断幕を上下に配し、中央には「勝つvincere」という人文字。

X0002

第2レグは、再び春のダービーと同じ“イラスト路線”に戻っている。写真からはわかりにくいかもしれないが、ヨーロッパの地図の中央で、ミランを象徴する1台の赤い戦車が、インテルを象徴する何台もの青い戦車に囲まれているというのが、二階席を覆うビッグフラッグに描かれた構図である。その下に張り出された横断幕には「目標:ロッソネロ軍団を殲滅し、ヨーロッパを征服する」という勇ましい文章が踊っている。

X0004

一見してわかる通り、インテルのゴール裏の人文字やビッグフラッグは、ミランのそれと比べるとやや稚拙で素人くさい印象がある。デザインも含めた演出力で、ミランに劣っていることは否めない。

噂によれば、ミランは大事な試合になると、ウルトラスがゴール裏を演出するのに、間接的にとはいえ様々な形で手を貸しているという。人文字などのデザインにプロの仕事を感じさせるのも、おそらくそのせいなのだろう。一方のインテルは、ウルトラスとは一線を画しており、「利益供与」も最低限に押さえている。ゴール裏の演出ひとつをとっても、ミランとインテルのスタンスの違いが表れているということか。

ちなみに、この04-05のCL準々決勝ダービー第2レグは、後半20分過ぎにクルヴァ・ノルドから大量の発煙筒がピッチに投げ込まれて中断・没収試合となっている。

X0005

その顛末については以前にここここで取り上げた通り。□

(2005年12月/初出:『El Golazo』)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。