昨日のセルティック対ミランで、2-1の決勝ゴールが決まった後、セルティックサポにジダがつつかれ、大げさに倒れ込んだ場面を見た時に、3年前のこの試合を思い出しました。

でもこの時は本当に危ないところだった。なにしろモノは火のついた発煙筒。ひとつ間違えば失明とか、そういう選手生命を絶たれる事態になっていたかもしれません。そうならなかったのは不幸中の幸いでしたが、この事件以来、ジダが二度とかつてのパフォーマンスを見せることなく、単なる並のGKになってしまったことも、また事実です。

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多くのサポーターが下を向いたまま無言で席を立ち、出口に向かっていく。メインスタンドの一角では、若い女性サポーターが、ボーイフレンドの肩に顔をうずめて泣きじゃくっている。

午後10時20分。インテルのゴールを取り消したメルク主審の不可解な判定をきっかけに、インテル・ウルトラス(過激派サポーター)が陣取るゴール裏から次々と投げこまれた発煙筒は、今や赤い炎と白い煙でペナルティエリアを埋め尽くしていた。

普通ならこんな時には、メインスタンドやバックスタンドを埋める一般のサポーターからゴール裏のウルトラスに向けて、ブーイングの口笛や怒号が浴びせられるものだ。しかし、観客の大半を占める善良なインテリスタは、このあまりにも馬鹿げた光景を、ただ呆然と見つめるばかりだった。 

試合を中断させたウルトラスに対する怒りがなかったわけではないだろう。しかし、またもダービーでミランに歯が立たなかったという憤り、何のタイトルも勝ち取れない失敗のシーズンがまたひとつ積み重なったことへの敗北感は、おそらくそれよりもずっと大きかった。

「続行不可能につき、試合は73分で打ち切り。正式な記録についてはUEFA内部で協議の上決定する」というのが、試合後のプレスルームに伝えられたマッチコミッサリーのコメント。世界中の期待と注目を集めたチャンピオンズ・リーグ準々決勝のミラノダービーは、前代未聞の恥ずべき結末によって長く記憶されるであろう、呪われた一戦となって幕を閉じた。
 
6日前に同じサン・シーロで戦われた第1レグ、ホームで戦ったミランは、ほとんどチャンスらしいチャンスを作れなかったにもかかわらず、セットプレーからヘディングで2点を挙げ、2-0の勝利を収めた。

インテルにアウェーゴールを与えず無失点で乗り切ったことは、アウェーで戦う第2レグに向けて、見かけ以上の大きなアドバンテージをミランにもたらしていた。

もし無得点で敗れても、1失点までで守り切ればそれでOK。90分の間にひとつでもアウェーゴールを決めれば、3失点してもまだおつりが来る勘定だ。トータルが3-3なら、このアウェーゴールがモノを言ってミランが勝ち上がることになる。

試合前日の記者会見、アンチェロッティ監督は落ち着いた表情でこう語っていた。
「2ー0からスタートするからといって、守りに回ることはしない。第1レグ同様、自分たちのサッカーを貫くだけだ。ゴールをひとつ決めればそれがとどめの一撃になる。少しでも早く得点したいと思っている」

一方、インテルの主将ハヴィエル・サネッティの言葉には、悲壮な決意が漂っていた。
「何よりもまず、失点することは許されない。1点でも取られたらそれでおしまいだからね。その上で、90分で2つゴールを決めることが目標だ。延長に持ち込むことができれば、後は何だって起こり得る」

現実的にはこれが、インテルに勝ち上がりをもたらす、実現可能な唯一のシナリオといってよかった。ここまで、セリエAとCLを合わせてダービーを3度戦い、0ー0、0ー1、0ー2と、ただの1ゴールすら決められずにいるというのに、鉄壁のディフェンスを誇るミランから3点、4点を奪うなど、まったくの絵空事でしかない。それはマンチーニ監督も理解していた。

「できる限り早い時間帯に1点取ることが重要だ。90分間全開で戦い続けることは不可能だが、試合開始から一気に攻め込んで、20分、30分の間にゴールを奪うことは可能だ。そこから先は、スタジアムの雰囲気次第だろう。もしサポーターが背中を押してくれれば、不可能に見える偉業を現実にすることだって十分できると信じている」

ダービーとはいえ、今回はインテルのホームゲーム。8万5000人のキャパを誇るサン・シーロは、ミラン側のゴール裏を除くすべてのスタンドが、7万人近いインテリスタで埋め尽くされるはずだった。

だがミラノでは試合前からすでに、そのインテリスタを巡る不穏な噂が飛び交っていた。実際、地元紙の社会部記者からこんな噂を耳打ちされた。「もしインテルがろくに抵抗できずに敗退したら、ウルトラスが騒ぎを起こすという話がある。このダービーは90分では終わりそうにない」。

午後8時40分。選手入場を控えた満員のサン・シーロに、6日前の第1レグのような期待に満ちた高揚感は感じられなかった。スタジアムを支配しているのは、緊張と不安に満ちたナーバスな空気だ。

それをそのまま反映するように、ピッチ上では試合開始直後から激しい潰し合いが展開された。3分にはシェフチェンコとマテラッツィが小競り合いを起こし、その後も双方がファウル覚悟のハードタックルを連発。メルク主審は、最初の11分で3枚のイエローカードを出し、試合を落ち着かせなければならなかった。

序盤の肉弾戦が一段落した後は、攻めるしかないインテルが主導権を握る時間が長くなる。しかし、早くゴールがほしい焦りからか、ロングボールをアドリアーノに放り込み、そのこぼれ球を狙うという安直な攻め方が目立ち、なかなかチャンスが作れない。

前半半ばを過ぎた時点でのボールポゼッションは、62対38とインテルが圧倒していたが、肝心のゴール前では、中盤と最終ラインの連携がとれたミランの組織的な守備網にはね返されるばかり。シュートらしいシュートは、14分にベロンが遠めから打ったミドル1本だけだった。

そして迎えた30分、あまりにも早く、そしてあっけなく、事実上の決着が訪れた。それまで守備こそ安定していたものの、攻撃ではほとんど何もできなかったミランが、一瞬の隙を突いて攻め上がる。

ペナルティエリア右角に開いてパスを受けたシェフチェンコが、キリ・ゴンザレスの寄せが甘いのを見てとると、一歩中に持ち込んでそのまま左足を一閃。狙いすましたミドルシュートは、ファーポストをかすめてサイドネットに突き刺さった。この日ミランが初めて、流れの中から打ったシュートだった。

試合終了までは、まだたっぷり1時間残っている。理屈の上ではインテルが4点決めて逆転することだって、まったく不可能ではない。しかしそれは単に理屈の上の話でしかないということを、誰もが心の底で感じていた。

1ー0で迎えたハーフタイム、サン・シーロを支配していたのは、諦めと落胆に満ちた空虚なざわめきだけだった。そしてクルバ・ノルドの一角には、謎解きのような2枚の横断幕が姿を現す。

「我々の誇りとお前たちの勝利。その価値は比較にもならない」
「我々には試合のことなどこれっぽっちも興味がない」

後から振り返れば、ほんの15秒ほどで唐突に姿を消したこの横断幕は、その30分後に起こる出来事の明らかな予兆だった。 それでもインテルは誇りを賭けて戦い続ける。後半に入ってからは、ほぼ一方的に攻め込んでミランを自陣内に押し込めた。

51分には途中出場したマルティンスが、70分にはファン・デル・メイデが、絶対的な決定機を得て鋭いシュートを放つ。しかしそれも、ミランのGKジダのスーパーセーブに阻まれては、なす術はなかった。

そして71分に訪れたコーナーキックのチャンス。カンビアッソが頭で押し込んだゴールを、メルク主審が不可解な判定で取り消したその時が、決してあってはならないはずの恥ずべき結末に向けた「終わりの始まり」だった。

ピッチに投げ込まれた発煙筒の数は100本以上に及ぶ。予め用意しない限り、ほんの数分の間にこれだけの量を一気にぶちまけることは不可能だ。試合翌日、ミラノ警察署長は「インテルに損害を与えるために予め仕組まれた計画的犯行である可能性が高い」とコメントしている。

サポーターが自らの応援するチームに損害を与える!? しかも計画的に!? 通常の感覚では考えられないことだが、それが現実に起こってしまうところに、カルチョの世界がその裏に抱える病巣の深さが表れている。

報道によれば、この事件の首謀者にして実行犯と見られる、最も過激なウルトラスのグループ(200人程度といわれる)は、ネオナチ系の極右政治結社と深く結びついているという。行動の目的は、すべての敗北の根源たるオーナーのマッシモ・モラッティを追い落とすこと。

それ以上の詳細は捜査の進展を待つしかないが、少なくとも確かなのは、あの発煙筒の雨が、群集心理が引き起こした単なる集団的暴走ではなかったということだ。ゴール裏で声を涸らす大多数のサポーターにとっても、この結末が大きなショックであり痛みであったことは、彼らの名誉のために明記しておきたい。

ピッチ上の戦いに話を戻せば、この2試合を通じて際立ったのは、ミランというチームの安定感と成熟度の高さだった。
「こちらがむしろ押し込んで、ミランにはほとんど何もさせていなかったのに、最初のチャンスでゴールを食らってしまった。ミランと戦うといつも同じ展開だ」

試合後にマンチーニ監督がこう嘆いたように、敵陣に攻め込んだ回数だけを見れば、むしろインテルの方が多かった。しかしそういう場面でも、ミラン守備陣は常に組織と秩序を保って対応し、パニックに陥る場面は皆無。

スタム、ネスタ、マルディーニという世界屈指のDFたちは、1対1の勝負で負けることがほとんどない。小さな隙を突かれてシュートを浴びても、そこにはジダという鉄壁のGKが控えており、決定的なセーブでピンチを救った。

そして一旦ボールを奪うと、テクニシャン揃いの中盤による安定したボールポゼッションで試合のリズムを制御し、決して無理をせず虎視眈々とチャンスを窺う、落ち着き払った試合運びを見せる。この2試合で流れの中から枠に飛んだシュートはたった1本。しかしこのチームは、それをきっちりゴールにねじ込む現役のバロンドール・シェフチェンコを擁しているのだ。

システムはもちろん、メンバーも、そして戦術も常に不変。ミランはすでに、相手にも状況にもまったく左右されない、確固たるアイデンティティを確立している。ピッチ上のすべてのプレーには、時間をかけて経験を積み重ね、成熟を果たしたチームにしか醸し出すことができない、自らの強さに対する確信が満ちあふれていた――と言ったらあまりに褒め過ぎだろうか。

そんなミランを前にすると、ベスト8まで無敗で勝ち上がってきたインテルですら、その未完成で粗削りな部分ばかりが強調されることになる。3ー0という2試合の合計スコアは、両チームの戦力、組織力から経験、成熟度まで、すべてを総合した実力差を正しく反映する、順当な結果だった。

試合の3日後、UEFAは敗退したインテルに対して、罰金30万スイスフラン(約2700万円)、今後のホームゲーム4試合を、観客を入れずにクローズしたスタジアムで戦う――という重い処分を下した。

これでインテルは、もし来季チャンピオンズ・リーグに出場しても、グループリーグから決勝トーナメント1回戦(勝ち上がった場合)までのホームゲームをすべて、空っぽのサン・シーロで戦わなければならない。しかも、今後3年間に新たなサポーターの暴力事件が起こった場合には、さらに2試合、同様の処分が上乗せされることになる。

インテルが次に満員のサン・シーロでチャンピオンズ・リーグを戦う日がいったいいつのことになるのか、今はまだわからない。■

(2004年4月14日/初出:『SPORTS Yeah!』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。