前回アップしたアンチェロッティ監督インタビューの直後に行われた、アヤックスとのCL準々決勝(02-03シーズン)です。
アウェーの第1レグは0-0というお得意のパターンでしたが、勝たなきゃ勝ち上がれないこの試合は、後半ロスタイムに入った時点で2-2という厳しい展開でした。

薄氷の勝利でここを生き延びたミランは、準決勝ダービー、そしてマンチェスターでの決勝でインテル、ユーヴェを下して、ビッグイアーを掴むことになります。

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「本当に苦しい試合だった。しかし、このレベルまで来ればそれも当り前、避けられないことだ。運が良かったって?多少の幸運に恵まれたことは確かだが、それ以上に、最後まで諦めずに戦ったわれわれの姿勢が報われた勝利だと思っている」

試合後の会見で率直にこう語るアンチェロッティ監督の顔は赤く上気し、表情も固くこわばったままだ。終了のホイッスルが鳴ってからもう40分も経つというのに、身体の中では今なお、この試合がもたらした極限的な緊張の残滓がくすぶっていたのだろう。それもさもありなんと思えるだけの、まさしく息を呑む激戦だった。

セリエAでは首位ユヴェントスから9ポイント差に離され、スクデットはほぼ絶望。ミランにとっては、もはやこのチャンピオンズ・リーグが、残された最後の砦となってしまった。ここで敗退すれば、事実上シーズンは終わってしまうという、正真正銘の崖っぷちである。

しかし、終盤戦の正念場に臨むチーム状態は、好調とはまったくほど遠かった。ここ1ヶ月の戦いぶりに、シーズン前半、セリエAとCLを文字通り席巻した当時の面影を認めることは難しい。中盤の主役を務めたピルロ、セードルフの怪我による戦線離脱、そしてコンディション不良とプライベートな問題(妻子との別居)が重なって苦しむリヴァウドの深刻な不調など、様々な状況の変化によって、低い位置からパスをつないで攻撃を組み立てる、イタリアのチームらしからぬ華麗なポゼッション・サッカーは、シーズン終了まで封印するしかなくなってしまったからだ。

アムステルダムで行われた第1レグの結果は、0―0のスコアレスドロー。アウェーで戦ったミランにとっては、敗北を除くと最悪の結果である。この第2レグで0―0ならば延長戦、1点でも失点すれば、引き分けでもアウェーゴールの差で敗退が決まる。ベスト4進出のためには、勝利以外の結果は許されない。

試合前日の会見に臨んだアンチェロッティ監督の表情は固かった。
「確かに状況は厳しい。しかし今シーズンここまで、ミランが決定的な試合をしくじったことは一度もない。相手が手強いほど、持てる力を発揮するのがこのチームの強さだ。明日もそうなることを信じている」

ミランが採用したシステムは、最近のスタンダードとなった4-4-2。故障者が続出している上に、ガットゥーゾが出場停止の中盤は、今シーズンほとんど出場機会がなかったブロッキを右サイドに、左サイドには本来DFのカラーゼを置いて、何とか体裁を整えた苦しい構成である。前線の2トップにボールを供給できる展開力を持っているのは、ボランチの位置に入ったルイ・コスタただひとりしかいない。

アンチェロッティ監督が語るゲームプランも、至ってイタリア的なカウンターサッカーのそれだった。
「我々が勝つための鍵はディフェンスにある。点を取って勝つべき試合でディフェンスとは、矛盾しているように聞こえるかもしれないが、そうではない。大事なのは、敵のボールポゼッションを分断すること。そして奪ったボールを素早く前線に送ることだ。いい形で攻撃するためには、いい形で守らなければならない」

果たして試合の流れは、開始から10分もしないうちに、収まるべきところに収まった。テクニックに優るアヤックスがボールを支配してパスを回し、ミランは組織的なプレッシングでボールを奪っての素早い反撃を狙う、という構図である。

ミランは、2トップ以外の8人がボールのラインよりも後ろに位置して、高めの位置からプレッシャーをかけようと試みた。だがそれも、アヤックスの巧みなパス回しにかわされて、徐々に押し込まれていく。 しかし洗練されたボールポゼッションで中盤の主導権を握り、ミラン陣内に攻め込むアヤックスも、最後の30mに来たところで、途端に攻撃が行き詰まってしまう。パスをつなぐばかりで、シュートにつながる最終局面がまったく作れないのだ。

“ファン・バステンの後継者”と騒がれるセンターFW・イブラヒモヴィッチは、まったくの期待外れ。動きが重い上にネスタとマルディーニにきっちりマークされ、ボールに触らせてすらもらえない。最も警戒されていたウインガーのファン・デル・メイデは、左サイドのライン際で孤立して、試合の流れから取り残されていた。

攻撃的MFのピエナール、スナイデルのプレーにも、物足りなさが残った。トップ下のいいポジションでボールを持って前を向くチャンスを何度か得ながら、ドリブルで突っ掛けるでもなければ、ラストパスを送ろうと試みるでもなく、あっさりとボールを後ろに戻してしまうのだ。

辛抱強いのか臆病なのか、いずれにしても、中盤でどれだけ華麗にパスを回したところで、一旦守備陣形を固めてしまったミランのディフェンスを崩すことは難しい。

一方のミランは、中盤で押し込まれて、狙い通りに高い位置でボールを奪うことができないため、なかなか2トップに生きたボールが入らない。しかし救いは、中盤と前線を結ぶ仕事を一手に引き受けたルイ・コスタの存在だった。

第1レグでは右サイドに置かれ、最後まで試合の流れに乗ることができなかったファンタジスタは、アンチェロッティ監督と対話を重ね、4-4-2の中盤センター、いわゆるボランチの位置でプレーするという解決策を見いだしていた。

大きくなった守備の負担をこなしながら、序盤から多くのボールに触り、攻撃の組み立てで中心的な役割を果たす。30分、インザーギの先制ゴールをもたらしたのは、右サイドに流れたシェフチェンコに自陣から送った、30mの正確なパスだった。ミランが前半に放った6本のシュートのうち5本は、ルイ・コスタ絡みで生まれた。

前半は1ー0で終了。主導権はアヤックスが握っているように見えるものの、チャンスの数ではミランが明らかに優勢である。

若い選手たちが攻めあぐねる状況を見て、クーマン監督もチームに修正を施す。百戦錬磨のベテラン・リトマネンを、満を持してトップ下に投入したのだ。

後半。アヤックスの攻撃が立ち上がりから活性化する。リトマネンが、DFラインの裏を狙うなどFW的な動きを見せて、攻撃にアクセントをもたらしたのだ。そして、まるでその副産物のように、前半まったく音無しだったファン・デル・メイデが、突如として精気を放ち始める。

試合の2日前、イタリアの記者に向かって「ぼくはフィーゴとベッカムを足して2で割ったタイプ。ミランが相手でも活躍する自信はある」と豪語した若きウインガーは、後半を通じて三度、決定的なチャンスをもたらす危険なクロスを中央に送り込んで、底知れぬタレントを誇示して見せた。

アヤックスの2得点は、その3本のクロスのうち2本をゴールにつなげたもの。33分にピエナールが決めた2―2の同点ゴールは、一度は勝利を確信したサン・シーロの7万人を凍りつかせた。

最後の10分間の攻防は、文字通りの総力戦になった。ミランは、リバウド、トマソンを投入して攻め立て、アヤックスはDFを送り込んで必死に防戦する。どちらに転んでもまったく不思議のない緊迫した状況の中で、勝敗を分けるほんの小さな、しかし決定的な差を作り出したのは、ゴール前に飛び込んできたこぼれ球に突っ込み、必死に伸ばした右足でボールの軌跡を変えたインザーギの、救い難いほどに強烈なゴールへの執念だった。

「あれは難しいボールだった。つま先で触るのがやっとだったんだ。本当に、すごく満足している。あのゴールが決まらなかったら、ぼくたちは死んでいたはずだった」

試合終了直後にマイクを向けられたインザーギは、興奮してまくし立てた。この日も、先制ゴール、2点目のアシスト、そしてこの決勝ゴール(名目上はトマソンの得点だが、紛れもなくインザーギの仕事である)という獅子奮迅の活躍。文句なしのマン・オブ・ザ・マッチは、最後にこうつけ加えた。

「次の準決勝はダービー。間違いなく難しい戦いになるだろうけれど、大丈夫、この試合を勝ち切った我々のハートがあれば、決勝まで行くことができる」

5月7日と13日、サン・シーロは再び決戦の舞台となる。■

(2003年4月24日/初出:『SPORTS Yeah!』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。