引き続き用語集。いわゆる「オフ・ザ・ボールの動き」について。

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モヴィメント・センツァ・パッラmovimento senza palla:ボールのないところでの動き

「ボールのないところでの動き」は、サッカー(だけでなくあらゆる球技)の戦術を語る上で最も重要なコンセプトのひとつだ。

ひとつのボールを巡って20人(GK除く)が戦うスポーツゆえ、個々の選手に焦点を当てれば、ボールに触れていない時間の方が圧倒的に多いのは当然のこと。平均すると、90分のうちボールに触れている時間は2~3分に過ぎない。

こんなに大事な概念であるにもかかわらず、それを単語ひとつで示す表現は、筆者の知る諸言語には存在しない。英語ではoff the ball movementと言うし、イタリア語の「モヴィメント・センツァ・パッラmovimento senza palla」(以下MSPと略)も、表現は少し違うが(senza palla=without the ball)意味はまったく同じ。

MSPというのはかなり包括的な概念で、サイドバックのオーバーラップや2列目からの走り込みといったダイナミックな動き(前回のお題「スペースを攻撃する」はその言い換えだ)から、パスを受けるためにマークを外す動きやポストプレーに引いてくる動きまで、ボールのないところで行われるすべての「モヴィメント(=動き)」が含まれる。

日本では「動き出し」「パスの引き出し」「第三の動き」といった言葉はあるが、MSPに対応する包括的な表現がまだ確立されていないので、ぼくは戦術系の原稿を書いたり翻訳したりする時には「オフ・ザ・ボールの動き」という表現を使うことにしている(わざわざ英語を使うのは、その方が字数が少ないという単純な理由からです)。

イタリア語では、「ジョカーレ・センツァ・パッラgiocare senza palla」、つまり「ボールなしでプレーする」という言い方もする。「ペロッタはボールなしのプレーが抜群だ」とか「ロナウジーニョは足元にボールを欲しがるばかりでボールなしでは全然プレーしない」とか言うわけだ。MSPにも様々な種類があって、イタリアではそれらひとつひとつに名前がついている。そういうところにも戦術にうるさいお国柄が反映されてますね。□

(2007年9月22日/初出:『footballista』)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。