クラブの中でチーム強化の総責任者という立場にあるのがスポーツディレクター。この仕事について概論的にまとめたテキストです。ちょっと古いですけど基本的なことは当時も今も同じ。

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監督がチーム強化の総責任者を兼任するのが伝統となっているイングランドを例外として、欧州でも南米でも、現場の総責任者たる監督とは別に、チーム強化の総責任者としてのスポーツディレクター(SD)が存在している。

国によって呼称に若干の違いはあるが、役割と機能はほとんど同じ。最大のポイントは、監督を含めたチーム部門の全てに関する人事権を掌握して、目先のシーズンだけでなく中長期的な強化までを視野に入れてチームビルディングを行う立場に立っているという点にある。そのために必要な予算もその手に握っていることはもちろんだ。

SDはなぜ必要なのか。それは、チームの目先の勝利を唯一最大の目標として戦うべき現場と、長い目で見たクラブの存続と繁栄を考えなければならないフロントとでは、少なからず利害が異なっており、しばしば対立する関係にあるからだ。クラブの利害を代表して現場の上位に立ち、監督と折り合いをつけながらチーム作りの方向性を定め、その舵取りをするのがSDという存在である。

具体的な仕事の内容からして、監督とSDでは大きく異なっている。

監督は、毎日の練習を組織し、技術や戦術を指導することを通じてチームの戦闘力を高め、リーダーとして選手をモティベートし、試合の場ではその場の戦いにおける勝利だけを目指して采配を振るうのが仕事だ。求められるのは、リーダーシップであり、技術・戦術の指導力であり、勝負師としての決断力である。

それと比べれば、SDの仕事はずっと多岐にわたる。国内外の選手に関するあらゆる情報を集め、獲得に値する選手をリストアップするスカウティング。その情報をベースに、クラブの補強予算を勘案しながら獲得・放出する選手を決める計画作り。相手のクラブや代理人との駆け引きに満ちた移籍交渉。そこで求められるのは、監督や選手の評価眼であり、経営と強化を両立させる構想力であり、構想を実現させる交渉力である。

このふたつの、かなり異なる職掌をすべてその手に握るイングランドの監督が「トレーナー」ではなく「マネジャー」と呼ばれるのは、まったく偶然ではない。とはいえ、指揮官として非常に優秀な資質を備えていても、ディレクターとしてはからっきし、という監督も実際には少なくないはずだ。両方の資質を備えているヴェンゲールのような名マネジャーの方が、むしろ少数派なのではないか。

とはいえ、もしそうであったとしても、SD的な仕事を補佐する有能なアシスタントがいれば、それで問題は解決できる。現場の指揮権だけでなく、補強まで含めたチームビルディングに関する最終的な決定権を握っているところが「マネジャー」と呼ばれる所以であり、その実務は必ずしも監督自身が行う必要はない。要するに、イングランドと他の国の違いは、SD(的な仕事をする人)が監督の「上」にいるか「下」にいるかの違いということである。

SDが監督の「上」にいるイングランド以外の国々では、強化に関する監督の権限は限定されており、「与えられたチームを率いて結果を出すのが監督の仕事」という観念が強いように見える。逆にSDには、スカウティングから移籍交渉まで、チームビルディングの実務に通じたエキスパートであることが求められている。

イタリアのスポーツディレクター事情

イタリアのクラブにおいて最も大きな権限を持っているのは、もちろんオーナー会長である。しかし彼らはカルチョの実務に通じているわけではないので、現場では毎日の実務を執行する責任者が必要になってくる。それが「ディレットーレ」と呼ばれる仕事である。

サッカークラブである以上、何をおいても必要不可欠なのはチームの運営と強化、すなわち、監督を選び、移籍市場で選手を獲得・放出してチームを作り、毎週の試合を戦って行くことだ。その総責任者としての権限を担うのが「ディレットーレ・スポルティーヴォ」(DS)だ。

DSに求められる最も重要な資質は、少なくとも2つある。ひとつは、監督、選手の能力を見極める評価眼、もうひとつは数年単位の視野に立ち、戦力的な側面と経済的な側面を両立させながらチームを強化して行く構想力である。イタリアの場合、SDの業務はしばしばトップからの介入を受けるため、会長をなだめすかしたり丸め込んだりしながら、自分の構想を曲げることなく進めて行く忍耐力や説得力も重要になってくる。

プロクラブを運営して行くためにもうひとつ不可欠なのが、クラブの総務・経理など管理部門を総括する責任者だ。このポストは通常「ディレットーレ・ジェネラーレ」(DG)と呼ばれる。

何十人ものスタッフを抱えるビッグクラブの場合、DSとDGは別の人物が努めるのが普通だが、セリエAの中位以下では、1人のディレクターが2つの役割を兼任するケースの方が一般的だ。DSという肩書きで事実上DGの仕事をこなしている例もあれば、DGでありつつSDの仕事も行っている例もある。文字通りケースバイケースだ。

ごく一般的に言うと、ディレクターへの道には二通りのルートがある。ひとつは、元選手がスカウトをはじめとする選手発掘・獲得の業務、あるいはチームマネジャーを経てディレクター(通常はSD)になるルート。もうひとつは、事務スタッフが広報や管理部門の業務を経てディレクター(通常はGD)になるルートだ。□

(2007年12月7日/初出:『footballista』)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。