世界にフットボール・シティ数あれど、この10年間でチャンピオンズリーグを異なるチームで勝ち取ったのはミラノだけ。ということで、2011年にfootballistaに書いたスタジアム紀行のミラノ編です。

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ミランとインテル、ロッソ・ネーロ(赤黒)とネラッズーロ(黒青)。似た者同士でありながら様々な点で対照的なこの2つのクラブは、ミラノの街でどんな顔を見せているのか。2月の後半、1週間の間を置いて戦われた両チームのCL決勝トーナメント1回戦を「サン・シーロ」ことスタディオ・ジュゼッペ・メアッツァに訪ねた。
 
<その1:ミラン編>

ミラン対トッテナムが行われたのは2月15日。冷たい雨が降る寒い日だった。午後早い時間、ミラノ中央駅に近いホテルに荷をほどき、早速街に出ることにする。

地下鉄の駅に向かう道すがら、ミランの凖オフィシャルレストランと言ってもいい「ジャンニーノ」の前を通る。元ミラン(現ジェノア)のカラーゼが共同オーナーのひとりとなって5年ほど前にオープンしたこの小洒落たリストランテ、1皿20-40ユーロという強気の価格設定にもかかわらず、夜はいつも満員である。

ガッリアーニ副会長は週に数回、なぜかいつも美女たちを伴って姿を見せるし、ミランの選手や芸能関係者も多い。高いだけあって料理は美味しいが、有名人はともかく一般人に対するサーヴィスは大雑把でややホスピタリティに欠ける印象もある……ように感じるのは一般人の僻みでしょうか。

などと言いつつ、この日はもうランチタイムも過ぎていたので前を素通りし、そのままRepublica駅から地下鉄M3でチェントロ(中心街)に向かう。2つ目のMontenapoleoneで下りて、ミラノ自慢のファッション・ストリートを散策しつつドゥオモ方面へ。と言っても雨だし、ちょうど冬物から春物にスイッチする週に当たったらしく、軒を連ねるブランドショップのショーウィンドウもぱっとしない。

最初の目的地は、Vittorio Emanuele II通りにあるMilan Megastore。その名前から想像するほど「メガ」じゃないけれど、もちろんオフィシャルグッズは一通り何でも揃っている。まだスタジアムに向かうにはちょっと早いこともあり、おそらくミラノの外からやって来たミラニスタの皆さんが集まって、入り口の前にロープを張って入場規制するほどの盛況ぶり。入り口には「No tickets」という張り紙もあって、完全にソールドアウトかと思いきや、この後スタジアムまで行ってみたら3階席の当日券はけっこう余っていたのだった。

さて、CL当日のミラノに最も大きな彩りを添えるのは、実ははるばる国外からやって来た敵サポーターの皆さんだ。試合までの手持ちぶさたな時間を潰すために彼らが集まる場所は、やはり街の中心であるドゥオーモ広場。その行動パターンは国によって異なるが、英国勢の場合は、その辺にたむろしてとにかくビールを飲みまくるというのが基本でありすべてである。

案の定、広場の方からは「聖者の行進」のメロディに乗せたチャントが聞こえてくる。そちらに向かって歩いて行くともう大変、雨で外に出られないこともあって、広場に面したアーケード下に数百人が身動きもできないほどひしめき、人の流れを完全にブロックしている。

誰もがビールの入った瓶・缶・グラスをその手に握りしめて高歌放吟、足下にも空き缶、空き瓶が散乱しているというプチ宴会状態だ。でもイングランドの皆さんは基本的に、飲んで歌うだけで暴れたりはしない気のいい人たちなので、怖いことはない。

気の良さそうなお兄ちゃんに声をかけてみる。「ミランに勝てると思う?」「Yeah, of corse. Two-null for Tottenham.」「いつもアウェーの応援に来るの?」「そうだよ。ミラノは今季2回目さ」「前回のインテル戦は面白い試合だったよね。ベイルが3点も決めて。今日はベイルいないけど大丈夫?」「No problem. ファン・デル・ファールトもいるしピーター・クラウチだっているし」「グッドラック」「サンクス」

人波をかき分けかき分け、普段なら3分もかからないところを15分くらいかけてアーケードを通り抜け、Cordusio広場から16番のトラムに乗ってサン・シーロへ。ミラノの中心街からサン・シーロに向かうルートは、このトラムと地下鉄M1の2通りあるが、こちらはミラン側のゴール裏であるクルヴァ・スッドの前に着く……と思ったら、軌道が工事中とかで途中のSegesta広場で下ろされ、臨時のシャトルバスに乗り換える羽目に。所要時間はトータルで40分ほど。これなら地下鉄の方がずっと早かった。

スタジアムに着いていつもの8番ゲートでパスをもらい、プレスルームに向かう。ミランのホームゲームではここにちゃんとしたケータリング業者が入り、パスタ、メイン、付け合わせの野菜と暖かい料理を3品も用意する。

そこには、マスコミはいい気分にさせておくことが大事、というミランらしい計算が見え隠れしている。筆者は、スタジアム外の屋台でパニーノ(サンドイッチ)を立ち食いする方が気分が出て好きなのだが、今日は雨だったので諦め、ありがたく饗応に預かった。

さて、肝心の試合は、必死のプレスでミランにサッカーをさせなかったトッテナムが、たった一度作り出したカウンターのチャンスに貴重なアウェーゴールを決めて0-1。ピッチから最も遠いゴール裏3階席に押し込められたトッテナムサポたちは、試合が終わってからもずっと、昼間から歌い続けているあのチャントを響かせていた。■
 

<インテル編>

それから8日後、インテル対バイエルンが行われた2月23日は、打って変わって春めいた匂いのする暖かい1日だった。

昼間はまったく別の都市で取材があったので、ミラノに着いたのはもう日が暮れようとする時間。そのまま直接サン・シーロに向かう。今回はM1でLotto駅まで行き、そこからシャトルバスでスタジアムへというルート。16番のトラムだとクルヴァ・スッド(ミラン側)の前に着くが、こちらはクルヴァ・ノルド側からのアプローチになる。

スタジアムの周辺には、サンドイッチを売る屋台と並んで、いわゆる「バッタもん」のグッズを扱う屋台が軒を連ねている。オフィシャルグッズの売上増を妨げる大きな要因であるにもかかわらず、規制の動きがまったく出ないのは、背後にマフィアが絡んでいるからだ。ちなみに、ダフ屋とバッタ屋はナポレターニ(ナポリ人)と相場が決まっている。おっ、長友の55番もしっかり並んでますね。

今日は、8番ゲートをくぐる前に隣の屋台で好物のサラメッレ(ソーセージの一種)のパニーノを仕込んで腹ごしらえ。ミランとは違って、インテルはプレスルームに簡単なサンドイッチくらいしか用意していない。このあたりはクラブとしてのポリシーの違いである。

試合は先週に続いてまたも0-1でミラノ勢の敗戦(トホホ)。終了直前にJ.セーザルの凡ミスでアウェーゴールを献上したインテルのレオナルド監督は、記者会見場でも悔しさを隠し切れなかった。2週間後のアリアンツ・アレーナでは劇的なハッピーエンドが待っていたわけだが、それはまた別の話である。

試合翌日、改めてサン・シーロを訪れ、クルヴァ・スッド側の14番ゲートから入ったミュージアムで、スタジアムツアーに申し込む。全行程30分ほど、見学できるのはメインスタンドと更衣室くらいなのだけれど、これがなかなか興味深いのだ。

ミランとインテルの更衣室はそれぞれ独立しており(この他にアウェーチーム用の更衣室もある)、これがまったく対照的な作りになっている。ミランは1人1人にレザーシートが用意され、頭上の液晶ディスプレーにその日そこに誰が座るか表示されるという、冗談みたいなゴージャス仕様。

一方インテルは個人別の仕切りすらない質素そのものの完全ベンチシート。個性を尊重するミランとグループの和を重視するインテルという「企業文化」の違いがはっきり反映されているというのが、案内嬢の説明である。というよりも、裸一貫から成り上がったベルルスコーニと、大企業の御曹司モラッティという、オーナーの個性と趣味の違いが出ているだけのような気もするが……。

あまり充実しているとはいえないミュージアムでまた55番のユニ(こちらは本物)を見せられた後は、クルヴァ・スッドのすぐ側にあるバール兼食堂「TROTTO」で軽いランチ。バールのカウンター上にはミラン、インテルだけでなくたくさんのユニフォームやマフラーが飾ってある。試合当日は出撃前のサポーターでごったがえすが、試合のない日は閑散としたものである。

さて、腹ごなしも兼ね、スタジアムから地下鉄M1Lotto駅まで1.5kmほどの道のりをのんびり歩いて帰ることにしよう。道沿いに続く競馬場の外壁は、サポーターによる落書きで埋まっている。インテリスタが誇らしげに描いたに違いないネラッズーロ(黒青)のスクデットの真ん中に、ミラニスタが書き加えたに決まっているMERDE(糞)という文字が踊るあたりが、何と言うか、ミラノらしいところなのであった。■

(2011年3月30日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。