トップレベルのフットボーラーに高いフィジカル能力が要求されるようになったのは、80年代末に「サッキのミラン」がもたらし、90年代に広く浸透した組織的戦術(ゾーンディフェンス&プレッシング)によってでしょう。そのあたりの話は90年代末くらいから折りに触れて取り上げてきたのですが、これは今から10年前、2005年に書いたテキスト。その後10年間でプレーのスピードとインテンシティはさらに高まり、テクノロジーの進歩によってフィジカルトレーニングは今やボールを使ったトレーニングに吸収され組み込まれるようになっています。

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サッカーというのは、たった17条のルールしか持たないシンプルなスポーツであり、その本質は100年前も今もまったく変わらない——という言説を目にすることは少なくない。

しかし、ゲームとしての基本的なフレームワークは変わらなくとも、その中で行われている運動の量と質、強度と密度は、この20-30年ほどの間に劇的に、と言っても言い過ぎではないほどに、大きく変化しているように見える。

30年前のオランダ代表が繰り広げた“トータルフットボール”だって、改めて映像を見返すとプレーのリズムは随分と牧歌的に感じられるし、プラティニやマラドーナが活躍した80年代のセリエAも、今と比較すれば動きはとてもゆったりとしている。

あるデータによれば、GKを除くフィールドプレーヤー10人が1試合に走る平均距離は、1962年に5.48kmだった。それが、76年にはその約1.6倍の8.68kmに、2004年にはさらにそこから3割増しの11.40km(42年前の2倍以上)にまで達している。

イタリアのフィジカルコーチと話をすると、90年代以降、プレーヤーの運動の内容は、量(走行距離)以上に質の面で大きく変化したということをしばしば聞かされる。かつてはジョギング+α(時速10km前後まで)のランニングが占める比率が、今よりもずっと多かった。

だがプレーのリズムとスピードが大きく高まった現在、10-15mの全力ダッシュ、急激な加減速と方向転換といった、強度の高い運動を行う回数と頻度は、かつてとは比較にならないほど高まっているという。

当然のことながら、プロフットボーラーに求められる資質も大きく変化した。かつては、何よりもまず、テクニックや戦術眼といった“純サッカー的な資質”が問題だった。しかし現在のサッカーにおいて、90分間を通してハイレベルのプレーを続けるためには、“純サッカー的な資質”が卓越しているだけではもはや十分ではない。

それに加えて、スピード、パワー、瞬発力、筋持久力、フィジカルコンタクトに耐えうる強靱な肉体といった“フィジカル的資質”を高いレベルで備えていなければ、つまり優秀なフットボーラーであると同時に優秀なアスリートでなければ、トップレベルでプレーすることは難しくなっている。

80年代にブラジル代表のボランチを務めたファルカンは、マラソンランナーのような長身痩躯だった。今同じポジションでプレーしているのは、エメルソン、ゼ・ロベルト、ジウベルト・シルヴァといった獣のようなアスリートたちだ。プラティニとジダン、20年の歳月を隔てたフランス代表の10番ふたりを比べても、体格の違いは歴然としている。

セリエAでも、30年前(76年)には175cmだった全選手の平均身長は、現在(2004年)は181cmまで伸びている。平均体重も73kgから76kgに増えた。1週間の練習時間は、30年前の8時間から10-12時間に増えたが、その増加分の多くは、ボールを使わないフィジカルトレーニングだ。

30年前のセリエAに、フィジカルコーチは存在しなかった。ボールを使わないトレーニングといえば、プレシーズンキャンプの持久走と腹筋・背筋くらいだったという。

しかし現在では、フィジカルコーチはチームに欠かせない存在となり、フィジカルトレーニングは毎日の練習の中で、重要な一部分を占めるようになった。ダッシュやジャンプからジムでの筋トレまで、その内容の大半は、持久力よりもパワーや瞬発力の強化、そしてフィジカルコンタクトに対する“鎧”となる上半身の筋肉増強に向けられている。

かつてと比較して大きく増えたのは、1試合90分の中での運動の量と質だけではない。ひとりの選手が1シーズンに戦う試合数そのものも、76年の31試合から2004年には45試合へと、50%もの増加を見せている。選手にかかる肉体的負荷の総量は、30年前と比べていったいどれだけ増えているのだろうか。

今、トップレベルでプレーすることを許されているのは、それだけの負荷に耐えられる肉体の持ち主だけだ。ブラジル代表のアタッカー陣、アドリアーノ、カカ、ロナウド、ロナウジーニョは、いずれも180cmを越える強靱でしなやかな肉体を備えたアスリートである。

その一方で、“純サッカー的な資質”だけなら彼らにひけを取らないはずのサヴィオラやダレッサンドロ(いずれもアルゼンチン)がヨーロッパの舞台で苦戦しているのは、おそらく偶然ではない。彼らのようなアスリート度の低い小兵のテクニシャンは、残念ながら現代サッカーでは絶滅危惧種に属する存在になりつつあるのだ。

今季のリーガ・エスパニョーラには、ブラジルとアルゼンチンが誇る次代のメガタレント、ロビーニョとメッシーが本格デビューする。共にカテゴリーとしては後者に入る彼らは、ここからどんなキャリアを送ることになるだろうか。■

(2005年9月1日/初出:『エル・ゴラッソ』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。