たまには珍しい紀行ものを。2011年3月にミュンヘンで行われたCLのR16第2レグ・バイエルン対インテルを取材に行った時のものです。ホームでの第1レグを0-1で落としたインテルは、この第2レグも1-2(2試合合計1-3)で前半を終えるという敗色濃厚な展開ながら、後半にスナイデル、パンデフがゴールを決めてトータル3-3(アウェーゴールの差で勝ち上がり)という劇的な逆転劇を見せたのでした。

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サポーターにとって、アウェーへの遠征というのは最も血湧き肉踊るイベントのひとつである。中でもCL(やEL)の国外遠征は、こんなことでもなければなかなか縁のない外国の都市とスタジアムを訪れる機会。

「いつも必ず、どこへでも」をモットーとするゴール裏のハードコアなウルトラスの皆さんは、こんな時でもスタジアム直行直帰の弾丸ツアーを組むのが普通だが、バックスタンドやメインスタンドに通っているアダルトな一般サポーターは、ここぞとばかりに仕事を休んで、1泊2日、2泊3日のプチ観光ツアーを組んだりしている。

インテリスタでは(ミラニスタでも)ない筆者だが、サン・シーロでの第1レグでバイエルンに0-1で敗れたインテルの戦いを見届けるべく、そしてせっかくなので初めて訪れるミュンヘンの地をアウェーサポ気分で堪能すべく、トリノ空港からエア・ドロミティという小さな航空会社が運航する70人乗りのプロペラ機に乗ってミュンヘン空港に下り立った。

モダンな空港ターミナルも、そこから市内に向かう電車も新しくて清潔。さすがは、秩序と規律の国ドイツである。イタリアではどこでも目にする落書きも全然ありません。でも最も大きな違いは、車内がしーんと静かなことだ。地下鉄の中だろうが何だろうが、どこにいてもお喋りの声が聞こえてくるイタリアの喧騒(1人でいる人も携帯で話している)に慣れていると、これだけですでに異国情緒たっぷりである。

ミュンヘン中央駅の近くに予約したホテルに着いてみたら、隣はストリップ劇場だった。カトリック的なモラルが建前として存在するイタリアでは、エロは原則として社会の表層から隠蔽されているのだが、ドイツは売春が合法化されているくらいで、セックス産業も正々堂々、あっけらかんとしている。個人的には、こういうのは後ろめたさや恥じらいがあってこそ気分が盛り上がるものだと思うんですけどね。

さて、正しい一般アウェーサポの作法に従えばまずは観光。事前にちょっと調べたところ、一番の見どころは、旧市街の中心にあるマリエン広場とその周辺、そしてそこからちょっと北に行った旧バイエルン王家の王宮だという。

しかし、歴史的な街並みや建造物に関して言えば、ドイツのそれはイタリアと比べると新し過ぎて味わいに欠けるところがある。新しいと言っても数百年経っていることに変わりはないのだけれど、16世紀以降、いわゆる「近世」に造られた歴史的建造物は、結局のところ古代ギリシャ・ローマ、あるいはロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロックといった中世の様式の模倣とアレンジでしかない。

それよりも、やっぱり「近代」そして「現代」、それまで西欧の田舎だったドイツが産業と科学の力によって大国となった時代を象徴するような場所を見なくっちゃ——というわけで、旧市街をかすめつつ世界でも指折りの20世紀美術コレクションを誇るという「ピナコテーク・デア・モデルネ」(2006年オープン)に足を向ける。

いかにも現代美術館らしいコンクリートとガラスでできた直線的でモダンな建物の中には、アートだけでなくデザイン部門もあって、いずれもさすがの充実度。10mはあろうかという吹き抜けに工業デザインのマスターピースを実物大で陳列した展示は圧巻だった。ベルルスコーニ政権が文化予算を大幅削減したおかげで、世界的な有名美術館ですら様々な問題を抱えているイタリアとは雲泥の差である。

美術館で時間を忘れて外に出るともう夕方。観光と並ぶ遠征のもうひとつの楽しみは、もちろん「食」だ。ドイツ料理とイタリア料理を比べた時に、素材と味の多彩さでどちらに軍配が上がるかは言うまでもないが、ビールとソーセージだけはドイツの方が断然美味い。

旧市街の中心・マリエン広場に面した市庁舎の地下にある郷土料理レストランで、シンプルだけど味わい深いソーセージの盛り合わせに舌鼓。これで出撃準備は万端である。

夕暮れのマリエン広場に出ると、青いマフラーを巻いたインテルサポのグループも所々にたむろしているが、特に存在感を誇示するようなことはせず、普通の観光客や地元の人々の間に溶け込んでいる。ビッグマッチ当日のお祭り気分のようなものは、少なくともミュンヘンの街中には稀薄だった。

マリエン広場駅から地下鉄U6に20分ほど乗り、終点のフロットマニングで下りて外に出ると、暗闇の中遠くにぼうっと赤い発光体が浮かんで見える。だだっ広い空き地の中を15分ほど歩いてたどりついたアリアンツアレーナは、イタリアのサポーターなら誰もが夢見るような最新鋭のビッグスタジアムだった。

プレスルームはちゃんとサロンになっていて生ビールのサーバーまで用意されているし、会見場も大学の講義室みたいだ。記者席に隣接するメインスタンドは身なりのいい中高年男性が中心だが、女性の姿もイタリアとは比較にならないほど多い。

試合はご存じの通り、インテルがまさかの逆転勝ちでベスト8進出を果たし、終盤に出場して、終了後日の丸を持ってピッチの中央に立った長友は、バイエルンサポから「You’ll never walk alone」の大合唱を贈られた(試合が行われたのは3月15日で、311の震災直後だった)。その震えが来るような光景を目にした後プレスルームに戻り、仕事中アルコールは口にしないという禁を敢えて破って飲んだ生ビールの美味さと言ったら……。■

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アリアンツ・アレーナへのアクセス:
旧市街の中心部にあるマリエン広場駅あるいはオデオン広場駅から地下鉄U6で約20分。終点のフロットマニングで下車して、遠くに見えるスタジアムまで徒歩約15分。

2005年に完成したアリアンツ・アレーナは、商業施設としての側面も十分に重視して設計されている。メガストア、レストランといった付帯施設やスタジアムツアー(70分10ユーロ。内容・値段ともにサン・シーロより良心的)は、試合のない日にもフルタイムで営業しており、スタジアムのオーナーであるバイエルンに日銭をもたらしている。ミュンヘンの北部郊外、周囲には何もない寂しい立地だが、スタジアム単体で十分な集客力があるのは、国際的なメガクラブならではだろう。

実際、バイエルンは広告、マーチャンダイジングなどのコマーシャル収入だけで1億7300万ユーロの売上(プロサッカークラブとしては世界最高)を叩き出すモンスター企業だ。その秘密の一端を垣間見たのは、試合前に興味本位で売店を冷やかしに行った時。

一杯2ユーロ50セントのコーラを買おうと思ったら、「あそこで先にプリペイドカード買ってきて下さい。10ユーロ、20ユーロ、50ユーロの3種類です」。このスタジアムでしか使えない専用のプリペイドカードなので、使い切らない限り残額はすべてバイエルンの懐に入って丸儲けというあざとい仕組み。こういうタイプの商売上手にはイタリアではお目にかかれない。■

(2011年4月3日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。