2011年、当時ナポリでプレーしていたアルゼンチン代表FWエゼキエル・ラヴェッシ(現PSG)のガールフレンドが路上で強盗に遭うという事件がありました。その顛末をまとめたテキスト。ナポリ、観光客として安全なゾーンだけ選んで地味に大人しく動いてれば素敵な街だと思います。「三大テノール」の中で今もナポリに残っているのはハムシクだけになりました。

bar
 
11月26日の深夜、ナポリの高級住宅地ポジリポで、FWエゼキエル・ラヴェッシの恋人が強盗に遭うという事件が起こった。路上で二人組の男にピストルを突きつけられ、ロレックスの高級腕時計を奪われたのだ。

若き億万長者であるサッカーのスター選手やその家族が、こうした軽犯罪のターゲットになるというのは、イタリアに限らずヨーロッパや南米の国々において、決して稀なことではない。しかし今回の事件には、単にそうしたエピソードのひとつでは終わらない匂いも漂っている。

この強盗事件がとりわけ大きな反響を呼んだのは、被害に遭ったその恋人、アルゼンチン人モデルのヤニーナ・スクレパンテが、そのすぐ後にtwitterでその鬱憤を公にしたからだった。

「アルゼンチンは危いって言われるけど…ナポリこそクソみたいな街…銃で脅されて時計を盗られた!」

これに対してTL上ではすぐに反応が飛び交った。

「ナポリはクソなんかじゃない。言葉に気をつけて。君の彼氏が神みたいな存在でいられるのはナポリだけだ」

ヤニーナはこれに対してこう応える。

「そんなの関係ない。もし私に何かあったら彼はここから出て行く。それに私は神様なんかになりたくない」

彼女は一般人ではなくモデルとしてパブリックな場所で仕事をしている芸能人であり、twitterのようなメディアが引き起こす反響について無自覚なわけではない。強盗に遭った直後の動揺が反映したこの感情的で強いコメントが“不適切”なものだったとすぐに気付いたことは、それから1時間足らずでこの一連のツイートが削除されたことからも推測がつく。

しかし1時間あれば誰かがこのやり取りを「魚拓」に取るには十分だ。果たして翌朝には、サッカーポータルサイト「SoccerMagazine.it」やナポリ専門のニュースサイト「CalcioNapoli24.it」など複数のサイトが、スクリーンショットつきでこのやり取りを報道し、強盗事件が公になった。

余談になるが、今やイタリアでも、ニュースの第一報は既存のマスメディアではなく小回りの利くネットメディアが報じる時代である。この一件も新聞系のメディアは完全に後追いで、最大手の通信社ANSAが報じたのは翌27日の午後になってから。いずれも上に挙げたニュースサイトからの引用だった。

報道そのものが当初から、強盗事件そのものよりも「ナポリはクソみたいな街」、「何かあったら彼はここを去る」という感情的な発言に焦点を当てたセンセーショナルな作りだったこともあって、ネット上の反応は当初、ヤニーナに対する反感に満ちたネガティブなものだった。もちろん、自らが生まれ育った町をクソ扱いされた人々の怒りは当然であり正当なものだ。ヤニーナもマスメディアが報じ始める頃にはこんなツイートで謝罪している。

「どうか私の気持ちを理解してほしい。こんな美しい街を憎むことはできません。ただ、ピストルを突きつけられて強盗された直後だったので…。ナポリとナポリの人々に謝りたい。もしあれがアルゼンチンで起こったとしても同じことを書いたと思う」

しかし、たとえその場の感情に任せた言葉を選ばない反応が(パブリックな存在であるという立場からすれば)節度を欠いたものであったとしても、彼女が強盗という犯罪の被害者であること自体には変わりがない。その点から見れば、ナポリのアウレリオ・デ・ラウレンティス会長の次のようなコメントには、首をひねらざるを得ないところがある。

「親愛なるヤニーナ、あなたに起こったことを心から残念に思っている。しかしこれはローマやミラノでも起こり得ることだし、ナポリは暴力的な街ではない。ナポレターニ(ナポリ人)は世界でも例がないほど愛情に溢れた素晴らしい人々だ。それに、この世界的な経済危機のさなかに高級車を乗り回したりロレックスを身につけて出歩くのは賢明とは言えない」

ナポリはイタリアでもトップの強盗発生率(人口1万人あたり63件・2006年)を記録する危険な都市だ。同じことが「ローマやミラノでも起こり得る」というのは事実だが、その確率は半分以下である。いずれにしても、ロレックスをつけて街角で立ち話をしたり、高級車に乗っているだけで、突然見知らぬ男から銃を突きつけられるような街に「素晴らしい」という形容詞を使うことは、筆者にはとてもできない。

それ以上に深刻なのは、ここ2ヶ月の間にラヴェッシばかりかマレク・ハムシク、エディンソン・カヴァーニという、ナポリの看板とも言うべき「三大テノール」が、立て続けに同種の被害に遭っていることである。

ハムシクの夫人が白昼の路上で強盗に遭い、乗っていたBMW X6を奪われる事件が起こったのは、そのほんの4日前(11月22日・ナポリ対マンCの当日)のことだった。さらに、10月9日にはカヴァーニも、自宅に空き巣が入って宝石類が奪われるという被害に遭っている。果たしてこれは単なる偶然なのか、という問いが頭をもたげるのは当然のことだろう。

もちろんナポリでも、事件から数日間はその話題で持ち切りだった。最も強かったのは、カモッラと呼ばれる地元の犯罪組織(マフィアの一種)がナポリにダメージを与えようとしているのではないか、という憶測。

2004年夏に旧ナポリが破産した後、新会社を設立してクラブの命名権と経営権を買い取ったデ・ラウレンティス会長は、ゴール裏で最も過激ないくつかのグループとの関係を一切拒否している。これらのグループはカモッラの別動隊として偽造チケットの販売など非合法の資金稼ぎを手がけていると言われてきた。そうした利害の絡みでナポリに脅しをかけているのではないか、という説である。

もうひとつの憶測は、ナポリに対してではなくラヴェッシやハムシク、カヴァーニに対して、ナポリを出て行くことは許さないという脅しではないのか、というもの。

表社会から裏社会までナポリの人々はすべて、この都市唯一のチームであるナポリを溺愛している。それゆえどちらの世界の大物たちにとっても、マラドーナの時代から今まで常に、ナポリの選手たちとの交流は最も強力なステイタスシンボルだ。問題は、VIPたちの間ではしばしば、表と裏の区別はきわめて曖昧なものになるところにある。

実のところラヴェッシも、知らないうちにそこに巻き込まれていた。

ラヴェッシが以前から友人として親しく付き合っていた高級レストランチェーンの経営者マルコ・イオリオが、カモッラ絡みのマネーロンダリング容疑で逮捕されたのは7月初めのこと。その捜査の過程で押収された金庫の中にはロレックスなどの高級時計7本が収まっており、イオリオは調べに対して「それは友人のラヴェッシから預かったもの」と証言する。

捜査当局からの連絡を受けて警察を訪れたラヴェッシが、その時計を検分して自分の物と認め(いくつかはサポーターグループなどからのプレゼントでPochoという刻印が入っていたため否定のしようがなかった)引き取ったのは、偶然か必然か、ヤニーナが強盗に遭うほんの4日前のことだった。

さらにラヴェッシは、イオリオとの結びつきが疑われているカモッラ有力ファミリーのボスの息子で、現在指名手配中のアントニオ・ロ・ルッソとも交流があったことが明らかになっている。ロ・ルッソはウルトラスのリーダーという触れ込みで他のメンバーと共にラヴェッシの自宅を何度か訪れたというのだ。

ラヴェッシ自身は彼がカモッラの一員であることはまったく知らなかったと、捜査当局の調べに証言している。そのこと自体を疑う動機はないが、いずれにしても、ナポリのスター選手たちがこうした形でいつの間にか裏社会に取り込まれていく可能性にさらされているというのは、決して看過できない問題である。

事件の翌日にラヴェッシの代理人アレハンドロ・マッツォーニは、ラジオのインタビューでこう語っている。

「ポチョ(ラヴェッシ)は、ひとりの選手としてはナポリですべてを手にしている。サポーターから愛され、支えられ、自分がチームの主役だと感じ、持てる力を存分に出し切ってプレーし、しかもそれを楽しめる環境にいるからだ。しかしひとりの人間として、その大きな代償を支払っている。どこに行っても人々が群がってくるから、外出することすらできず、4年間ずっと家にこもって暮らしている。そこに今度は恋人も1人で外出するのを怖がるような出来事に遭った。ナポリは安全な街とはいえない」■

(2011年12月3日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。