カルチョポリ話が一段落したので、全然違う話題をひとつ。これを書いたのは7年ほど前ですが、イタリアのスタジアム飲食事情はこの当時とほとんど変わっていません(唯一進化したのはユヴェントススタジアム)。このところやっと、ローマをはじめ新スタジアム建設計画が具体化してきたので、あと5〜6年すると変わるのかもしれませんが、それまでは「外の屋台でパニーノ」が定番であり続けることでしょう。

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たまにはちょっと趣向を変えて、スタジアム周辺の話など。

イングランド、オランダ、ドイツといった北西ヨーロッパの“先進国”でサッカー観戦に行くと、スタジアムの中に立派なレストランやパブや売店が併設されていて、ジュースやビール、サンドイッチやホットドッグはもちろん、果てはちゃんとしたフルコースの食事までも食べることができる。

これらの国々のスタジアムはほとんどの場合、クラブが所有・管理・運営しており、飲食部門は財政的に見ても決して小さくない収益源になっている。クラブはスタジアムという経営資源を最大限に活かすために、レストランや売店はもちろん、ショップやミュージアムまで併設して、サポーターから少しでも多くの“お布施”をむしり取ろう頂こうとしているわけだ。

ところが、ご承知の通りスタジアムが日本と同様に自治体所有となっているイタリアは、諸々の規制もあって、スタジアムの中にあるのは、飲み物とスナック類くらいしか置いていない申し訳程度の売店くらい。その売店も日本のスタジアムのそれよりずっと充実度が低く、一旦ゲートをくぐって中に入ってしまうと、小腹を満たすくらいがせいぜいである。

せめてもの救いは、他の国々と同様、スタジアムの周辺に各種ストリートフードの屋台が出ていること。試合観戦の前に何かを腹に入れておきたい時には、この屋台のお世話になることになる。

イタリアに限らず、ストリートフードの屋台というのは、その場所の庶民的な食文化がストレートに表れていて、なかなか興味深いものだ。イングランドならフィッシュ&チップス、ドイツならソーセージ(昔ホットワインというのを飲んだこともある)、フランスになるとケバプとかそういうアラブ系のエスニックフードがあったりする。

イタリアの場合、基本はパニーノ(サンドイッチ)。日本ではなぜか、ある種のパンを使った「イタリア風」と称するサンドイッチを1個でも「パニーニ」(パニーノの複数形)と呼ぶようだが、イタリアではパンに具を挟んだものは原則として何でも——ビッグマックだって——パニーノ(単数)/パニーニ(複数)である。

街中のバールで普通に売っている一般的なパニーノの具は各種のハム、チーズ類。予め手作りしたものをカウンターのショーケースに並べてある場合がほとんどだ。だがこれが屋台になるともう少しワイルドで、その場で鉄板で焼いたり鍋で温めたりした具をパンに挟んで手渡してくれる。個人的には、これを食べるのが試合観戦の密かな楽しみだったりして。

全国的に最もポピュラーな具は、「サルシッチャ」あるいは「サラメッレ」と呼ばれる生ソーセージ(豚挽き肉の腸詰め)を、鉄板でじゅーっとグリルしたもの。脂身の多い安い部位を使っているので、決して上品ではないがその分ワイルドな味わいだ。このサルシッチャのパニーノには、赤黄ピーマンやオニオン(いずれも炒めてある)などのトッピングを加えてもらうこともできる。さらに、マヨネーズ、ケチャップ、マスタード、タバスコなどをかけることもできるが、こういうソース類は、もともとイタリアの食文化にあったものではなく、ホットドッグをはじめとするアメリカン・ジャンクフードの影響なので、まあ邪道といえば邪道である。

このサルシッチャ/サラメッレはイタリア中どこに行ってもあるが、場所によってはその土地でしか食べられない具を使ったパニーノも味わえる。

ぼくが好きなのはフィレンツェ名物の「ランプレドット」。これは牛の第4胃の煮込みで、要するにモツ煮みたいなものだ。ここはイタリアなので、味噌や醤油やみりんではなくトマトと香味野菜で煮込んであるのだが、15cm四方はある薄くて縮れた肌色の肉片(これが胃の一部なんですね)を鍋から出し切り刻んで半分に切った丸いパンに乗せ、そこにパセリなどを使ったグリーンソースをかけて、残り半分のパンをちょっと煮汁に浸してから上に乗せると完成である。内蔵ならではの歯応えと出汁がよく出た煮汁の味が絶妙。

イタリアにサッカーを観に来る機会があれば(最近のユーロ高と原油高は厳しいですけど)、早めにスタジアムに着いて、パニーノにかぶりついてお腹を満たしてから中に入ることをお勧めしたい。気分出ますよ。■

(2008年8月28日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。