カルチョポリ関連のテキスト、2007年以降に書いたものはほとんどが2006年に書いたものの焼き直しなので、概要の把握と整理についてはここまでで十分だということで、打ち止めにしたいと思います。最後の1本は2011年に書いた後日譚的な話。

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2006年5月に露呈し、ユヴェントスのセリエB降格をはじめイタリアサッカー界に大きな爪痕を残した不正行為スキャンダル「カルチョポリ」。それからまる5年が過ぎた現在もなお、その余震はカルチョの世界を揺さぶり続けている。 

サッカー界内部での責任追及と処分は、同年7月から8月にイタリアサッカー協会(FIGC)が行ったスポーツ裁判によって、形の上では速やかに決着がついた(主犯格のユヴェントスは04-05、05-06のスクデット剥奪とセリエB降格、代表取締役ジラウドとGDモッジは永久追放。不正行為に関与したミラン、フィオレンティーナ、ラツィオ、レッジーナも勝ち点減処分を受けた)。

しかし、不正行為の刑事責任を問う一般法廷での刑事裁判は、足かけ5年の審理の末やっと一審判決が出たばかり。今後控訴審、上告審を経て最終的な決着がつくまでには、まだ何年もかかるだろう。

さらに大きな問題は、その裁判中に明らかになった新事実を盾に取ったユヴェントスが、剥奪されたスクデットの返還をUEFAに提訴したり、総額450億円に上る損害賠償をFIGCに要求する行政訴訟を起こしたりと、当時の厳しい処分は不当だったと認めさせるための法的手段をあらゆるレベルで乱発し始めたことにある。

サッカー界のほとんどにとって、カルチョポリはすでに終わった過去の出来事であり、できればすべてを封印して忘れ去りたい汚点である。その中でユヴェントスだけが、驚くほどの執着を持ってその過去の出来事を蒸し返し、歴史を書き換えようという「戦い」を続けている。その「影」には一体何があるのだろうか。

ユヴェントスがカルチョポリを巡る「反撃」を開始ししたのは、オーナーであるアニエッリ家傍流のアンドレア・アニエッリが会長に就任した2010年5月のことだ。最初の動きは、ユヴェントスから剥奪された後、「繰り上げ当選」の形でインテルに与えられた05-06シーズンのスクデットを無効とするよう、FIGCに提訴することだった。その根拠は、刑事裁判において、当時は「シロ」とされていたインテルも審判団に電話で接触していたという事実が明らかになったこと。ユヴェントスやミランなどと同様不正行為を行っていたインテルにスクデットの資格はない、という筋道である。

この05-06のスクデットは、ユヴェントスとインテル、そしてそのサポーター間に生まれた遺恨と対立の元凶のような存在であり続けてきた。ユヴェンティーノにとっては、不当な迫害(B降格)とインテルに対する憎悪のシンボルであり、インテリスタにとっては長年不正なやり方でインテルから勝利を奪ってきたユーヴェに対する復讐のシンボルであるからだ。

2シーズン連続7位という深刻な低迷の中で就任したアンドレアにとって、このスクデットをインテルから奪い、あわよくば自らの手に取り戻すというのは、クラブに対する不満や鬱憤をため込んでいるサポーターを味方につけて会長としての権力基盤を確立する格好の材料となることは容易に推測がつく。内政に問題を抱えている時には戦争によって民の注意を外敵に向けさせるというのは権力者の常道である。

このFIGCへの提訴は1年を経て「時効」という理由で却下されている。FIGCの調査委員会は2011年6月、裁判で明らかになった事実を踏まえてインテルにも不正行為はあったと認定したが、スクデットについては4年の時効が過ぎたことを理由にユヴェントスの提訴を退けた。

これを不満とするユヴェントスはUEFAにまで提訴を持ち込んだが、この訴えは受理すらしてもらえなかった。しかしユーヴェはそれでもまだ納得せず、一般法廷を通した行政訴訟にまで訴えようという動きを見せている。

その背中を押すことになったのが、さる11月8日に下されたカルチョポリ刑事裁判の一審判決。モッジをはじめ、当時のサッカー協会幹部、審判など被告17人に実刑判決が下った(モッジは懲役5年4ヶ月、審判指名責任者ベルガモ懲役3年8ヶ月、FIGC副会長マッツィーニ2年2ヶ月、審判デ・サンティス1年11ヶ月など。肩書きはいずれも当時)。ジラウドは短縮裁判を選び懲役3年の判決を受けてすでに控訴中である。

判決文にはユヴェントスに対してはクラブとして不正行為に関与したという法的責任(厳格責任と呼ばれる)を問わないという一節が加えられていた。ユヴェントスは「クラブに責任がないことが明らかになった以上、2006年のスポーツ裁判によって受けた処分は不当なものであり、それによって被った損害は賠償されるべき」だとして、スポーツ裁判を行ったFIGCに総額4億4300万ユーロ(約465億円)という驚くべき額の損害賠償を求める行政訴訟を11月14日に起こした。

さすがにこれに対しては、スポーツ界の総元締めでありCONI(イタリアオリンピック連盟)のジャンニ・ペトルッチ会長が強く反発。「ユヴェントスの振舞いは法的ドーピングに等しい。ルールや倫理を遵守するというスポーツ精神が著しく欠如している」と厳しく非難した。

これに対してアニエッリは、「それならば、2006年に起こったことを改めて再確認し事実を再構築する円卓会議を、スポーツ大臣とCONIが音頭を取って開き、そこでカルチョポリ問題に決着をつけるのはどうか」と提案。現在はそれに対する賛否両論が飛び交っているという状況だ。

しかし、ニュートラルな立場から見れば、サッカー界のオーソリティたるFIGCにあらゆる方向から揺さぶりをかけて超法規的な円卓会議を勝ち取り、そこで実質的な歴史の書き換えを認めさせようというユヴェントスの強権的な手口は、スポーツ裁判や刑事裁判の権威、法の前での平等に対するリスペクトを欠いた、傲岸不遜な振舞いのようにしか映らない。そもそも、ユヴェントスというクラブに脈々と流れるその姿勢や振舞いこそが、カルチョポリの底流となった「影」ではないか、と言っては、いささか言い過ぎにあたるだろうか?
 
ちなみに、ユヴェントスがFIGCに要求している損害賠償の内訳は以下のようなものだ。

06-07シーズンのCL不参加と、それに伴うその後の欧州カップ戦不参加がもたらした、UEFA分配金およびスポンサー収入の損害が7910万ユーロ。

セリエB降格に伴う主力選手の安値売却がもたらした値崩れ分の損害が6000万ユーロ。その中で最も大きく計上されているのはイブラヒモヴィッチの売却損で、インテルに2480万ユーロで売却したが、そのインテルはバルセロナから6950ユーロの移籍金を得ているため、その差額にあたる4470万ユーロがユヴェントスの損にあたるとされている。この計算は少々虫が良過ぎるような気もするが……。

セリエB降格に伴うTV放映権料の損失(セリエAとの差額)が4160万ユーロというのは理解できるし、株価下落(2ユーロ10セント→1ユーロ)による損失が1億3300万ユーロというのも、発行株式数を掛けた単純計算だから帳尻は合う。しかし「ユヴェントス」ブランドの価値低下が1億1000万ユーロの損失を生んだと言われても、その内訳が示されていなければ納得のしようはない。

最大の問題は、損害賠償を請求する相手は果たしてFIGCなのかという点にある。そもそも、当時の代表取締役とゼネラルディレクターに実刑が下っているにもかかわらず、その組織そのものが責任を問われないという一審判決は、一般的な感覚から見ると筋が通らない。クラブに責任がなく彼らが独断でやったというのならば、FIGCではなく彼らに損害賠償を求めるのが筋だと思うのだが。■

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。