レオナルド来日記念特集第2弾は、09-10シーズンの1年だけでミランの監督を辞めてブラジルに帰った時の経緯について書いたテキストです。「ブラジルW杯で組織委員長〜スポーツエグゼクティブとして「南米のプラティニ」を目指す」というぼくの観測(つか願望)は外れてしまいましたが……

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09-10シーズンも終盤を迎えて、ピッチ上ではタイトル争い、順位争いが佳境を迎えているが、各クラブオフィスの内部では、その動向を横目で睨みつつも、すでに今シーズンの総括と来シーズンに向けた体制作りの作業が始まっている。

その観点からセリエAビッグクラブの状況に目を向けてみると、どこも経営体制や監督人事というクラブ運営の根本部分に何かしらの不確定要素を抱えており、ここ何週間かの間に重要な決断を下すことが求められているように見える。レオナルド新監督の下で3位の座を確実にしつつあるミランもその例外ではない。
 
最後の直線に入ったところで力尽きたとはいえ、インテル、ローマと終盤までスクデット争いを繰り広げたミラン。8シーズン続いたアンチェロッティ体制の終焉、カカの売却による緊縮財政路線への移行といった大きな変化に直面して、先行きがまったく見えなかった開幕当初の状況からすれば、3位の座を固めて来季のCL本戦出場権をほぼ確保したというのは、前号でも触れた通り期待を大きく上回るポジティブな結果である。

しかし、クラブを率いるガッリアーニ副会長は小さくない難題に直面している。この成功の主役と言うべきレオナルド監督が、今シーズン限りで辞任する可能性が高いと伝えられるからだ。

ロナウジーニョを復活させ、「4-2-ファンタジア」というこれまでのイタリアには例のないブラジル的な攻撃サッカーをチームに定着させたレオナルドを失うというのは、ミランにとって時計の針を1年前まで巻き戻して、当時の不安定でカオティックな状況に改めて身を置くことに等しい。

誰が監督になるにしても、ブラジル人のレオナルドだからこそ実現できた「4-2-ファンタジア」を受け継ぎ、発展させて行くことは不可能に違いないからだ。少なくともイタリア人監督にそういうメンタリティは備わっていない。

2011年まで契約が残っているにもかかわらず、レオナルドが辞任の意思を固めている公の理由は、1年あまり前に別居した夫人と共にブラジルに戻って暮らしている3人の子供ともっと一緒に過ごしたいという「家庭の事情」(*)。しかし、これはあくまでも外交辞令でしかないというのが、すべてのミランウォッチャーに共通の見解である。

(*)ちなみにレオナルドは、別居の原因にもなったスカイ・イタリアの美人ジャーナリスト、アンナ・ビッローと現在も交際を続けている。(→その後結婚して二児をもうけています)

かといって、ベルルスコーニの不満やチーム強化に関する意見の違いが原因というわけでもない。最も説得力のある推測は、2014年に母国で行われるワールドカップに何らかの形で関わるために、このタイミングで帰国する必要がある、というものだ。ドゥンガの後任としてブラジル代表監督に就くのではないかという声もあれば、1998年のプラティニ、2006年のベッケンバウアーのように、組織委員長として大会の運営そのものにかかわることになるのでは、という推測もある。

いずれにしても確かなのは、レオナルドはそのどちらのポストにもふさわしい資質と能力を備えているということだ。

2002年にフラメンゴで現役を引退した後、一時的にミランで選手として復帰し、そのままクラブ幹部としてのキャリアをスタートしたレオナルドが、突然プロコーチライセンスを取得しようと思い立ったのは2年前のことだった。「将来のブラジル代表監督候補として母国のマスコミで名前が挙がるようになったことが理由」と、本人がコメントしていたのを当時聞いたことがある。

今になって考えれば、彼がミランで目指した「4-2-ファンタジア」のサッカーは、2014年を目指すブラジル代表監督に求められるであろうスタイルと、方向性がぴったり一致している。守備ではなく攻撃に基盤を置き、戦術的秩序以上に個人の力を引き出す。これは、いわば「ブラジル的攻撃サッカーの21世紀的解釈」であると同時に、現監督ドゥンガが志向する、戦術的秩序に根ざしたヨーロッパ的な組織サッカーへのアンチテーゼでもある。

誰もがもはや使い物にならないと思ったロナウジーニョを見事に再生させ、パトというセレソンの将来を背負うべき若きタレントを全面開花させたミランでの実績は、ドゥンガのサッカーを評価しないブラジルの世論から、間違いなくポジティブに受け入れられるだろう。

しかし個人的には、レオナルドが本当に目指しているのは、むしろもうひとつの道、すなわちワールドカップで組織委員長(かそれに近い要職)を務めることではないかという気がしている。

現役を引退してから現在までのキャリアを見ると、ミランの監督というポストがその終着点ではないことは明らかだ。というよりも、レオナルドはミランの監督「ごとき」で終わるような器ではない、と言った方がいいかもしれない。

監督としては1年のキャリアしかないレオナルドだが、スポーツエグゼクティブとしては、すでに8年の経験を積んでいる。UEFAのエグゼクティブマスターコース(クラブ幹部向けの20ヶ月に渡る長期研修)も修了しており、ミランではガッリアーニ副会長の片腕として、「クラブのあらゆるプロジェクトに首を突っ込んで助言や調整をしてきた」(以前インタビューした時の発言から)。理論・実務ともすでに十分な蓄積があるというわけだ。

彼の活動はサッカー界という狭い世界だけに留まらない。現役時代の1998年にブラジルで設立した社会の最下層にいる子供たちに教育機会を提供する慈善団体「ゴール・デ・レトラ」は、設立からわずか5年でユネスコの国際モデル活動に選ばれるほどの実績を作り、今ではフランス、イタリアに支部を持つまでになっている。

2007年にインタビューした時、彼は「僕が本当の意味でスポーツエグゼクティブになるとしたら、それはミランを離れた時。これを仕事にしようと思ったら、いつかはここから出て行かなければならない」と言っていた。レオナルドにとっては監督という仕事もまた、それがミランであろうとセレソンであろうと、もっと大きな何かを目指すために積んでおくべき経験のひとつに過ぎないように見える。

「いつかはフラメンゴの会長になるのが夢。でも今はその時期じゃない。僕にもフラメンゴにも、大きな革新を行うための環境が整っていないから」。レオナルドはそうも言っていた。しかし、もしブラジルW杯の組織委員長に就くことになれば、スポーツエグゼクティブとしてのキャリアには、さらに大きな道が開かれる可能性もある。

プレーヤーとしてもエグゼクティブとしても世界トップレベルの舞台で経験を積み、母国語であるポルトガル語に加えて英語、フランス語、イタリア語、スペイン語(と片言の日本語)を操るマルチリンガルな国際人。サッカー界の現在と未来に対する明確なビジョンと、それを実現するために必要なリーダーシップ、交渉力、忍耐力、そして謙虚さを備え、その視野はサッカーの世界に留まらず社会全体にまで及んでいる――。これだけの資質と能力を備えた人材は、プラネット・フットボール全体を見回しても、他には思いつかない。

ワールドクラスのプレーヤーから監督を経てW杯組織委員長、そしてそこからサッカー界の中枢へ、というステップを歩んだ先達には、現UEFA会長のミシェル・プラティニがいる。レオナルドにもまた、CBF(ブラジルサッカー協会)やCONMEBOL(南米サッカー連盟)、あるいはFIFAへと、プラティニに匹敵するプラネット・フットボールのリーダーになってくれることを期待してしまう。

さて、そのレオナルドに「逃げられる」可能性の高いミランだが、ガッリアーニ副会長は後任について次のように語っている。

「レオナルドが残ってくれることを祈っているが、もしそうならなくとも、私とベルルスコーニ会長のポリシーは御存じの通り『ミランはミラニスタへ』というものだ。タソッティ、ガッリ、ファン・バステン、ライカールト、ドナドーニ、バレージ……。リストは長いよ」

確かなのは、誰が監督になっても現在の緊縮財政路線は続くということだ。ガッリアーニは「パトもT.シルヴァも、スターたちを売る気は全くない」と言うが、新たなスターを買う気も全くないことは明らか。来シーズンも不確定要素が山盛りの綱渡りが続きそうである。□

(2010年4月23日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。