前回上げた「CLの格差拡大は正義なのか?」の3ヶ月後、CLグループステージ(09-10シーズン)の結果を受けて書いたまとめのテキスト。その後も、11-12にアポエル(キプロス)がベスト8まで進んだりしましたが、ここ数年はそこまでの番狂わせはなくなってきています。ただ、ベスト8の固定化傾向が強まる一方で、本戦出場クラブのバラエティは広がっており(今シーズンはカザフスタンのアスタナがアジア勢初!?の出場を果たしています)、下の本文で言うところの「第3グループ」は着実に層が厚くなっている感じ。昨季のELでドニプロが決勝まで勝ち進んだのは象徴的です。

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(2009年)9月のプレビューでは格差、格差と騒いでしまったが、蓋を開けてみれば、グループリーグは昨シーズン以上に混戦模様のスリリングな展開だった。見かけ上、というかクラブのプロフィールだけを見れば格差は明らかに拡大しているのだが、その影響はピッチ上の戦いにそれほど大きくは表れなかった。

結果的には昨季(08-09)同様、イングランド、スペイン、イタリア、ドイツ、フランスという五大国のクラブが、ベスト16のうち13のポストを占めることになった。この事実を見れば、これら大国とそれ以下の間に、はっきりとした溝があることは明らかだ。

また、今季のレギュレーション変更における目玉のひとつだった「予備予選のリーグ王者枠」によって本戦出場を果たした5チームは、ベスト16進出を果たしたオリンピアコスを除き、デブレチェニ、アポエル、マッカビ、チューリッヒの4チームがグループ最下位で敗退と、やはり「お荷物」だったことは否めない。

しかしその一方では、ルビン、ウニレアというUEFAクラブランキング100位台の2チームが最終節まで勝ち上がりを争い、3位に入ってEL出場権を掴み取っている。昨季のアノルトシス、クルージュに続いて、今季もランキング下位チームの健闘がグループリーグの活性化につながった格好である。

さらに、上で見た弱小4チームを除けば、中堅国からの出場クラブは、オリンピアコスと並んでベスト16進出を果たしたCSKAモスクワ、最終節まで勝ち上がりの可能性を残したスタンダール、ディナモ・キエフ、そして前述のルビン、ウニレアと、いずれもかなりの頑張りを見せた。不甲斐なかったのは1勝もできなかったレンジャーズとAZくらい。

このように、「格差拡大はグループリーグの質低下にはつながらなかった」とすれば、その理由はどこにあるのだろうか?

改めて考えてみた時に浮かび上がってくるのは、CLで本戦(グループリーグ)出場権を得られるかどうか、というレベルにいるクラブの層は想像以上に厚いのではないか、という仮説である。

ヨーロッパのクラブサッカー全体をひとつのピラミッドに例えるならば、その頂点に位置しているのは、300億円以上の売上高を誇り、CL優勝を優勝を本気で狙っている強豪国のメガクラブだ。マンU、チェルシー、バルセロナ、R.マドリー、インテル、バイエルン、今季は敗退したがリヴァプールもここに入るだろう。

その下で2段目の層を形成しているのは、グループリーグ突破をノルマとしてベスト8、さらにその上を目指す五大強豪国+αのビッグクラブ。具体的には、アーセナル、ミラン、ユヴェントス、フィオレンティーナ、セヴィージャ、A.マドリー、ボルドー、リヨン、シュツットガルト、ポルト、さらには今季CL出場権を逃したローマ、ヴァレンシア、W.ブレーメンなど15クラブ前後がここに入ってくる。

そしてその下にいるのが、CL本戦出場権を目標とし、それが実現した時にはグループリーグ突破を唯一の目標とするようなレベルのクラブ、ということになる。五大強豪国でEL出場権を争うような中堅どころも入っては来るが、この層の大半を占めるのは中堅国の有力クラブである。

具体的に言うと、オランダ、ポルトガル、スコットランド、ベルギーといった西欧の伝統国から、ロシア、ウクライナ、ルーマニアなど東欧勢、そしてトルコ、ギリシャという東地中海勢まで、UEFAナショナルランキングで6位から15位くらいまでを占める国々でリーグ優勝を争うクラブたちだ。

このところのCLグループリーグを見ていると、実力的にかなり均衡しており、しかもバラエティに富んだスタイルを持つこれら第3グループのクラブたちが、かなり厚い層を形成し、着実に力をつけてきているという印象がある。CLのレギュレーションを少々いじってもグループリーグの面白さが損なわれなかった最大の理由も、ここの層の厚さにあるのではないだろうか。

これらのクラブが、CLへの参戦によって得た有形無形の経験を活かしつつ、UEFAから得た分配金を正しく、つまり育成や施設など長期的な果実をもたらす部分に投資し、地力を積み上げて行くことができれば、いずれ遠くない将来、その中からグループリーグで旋風を巻き起こし、決勝トーナメントに勝ち進むチームも出てくるに違いない。そうやってより多くの国とクラブがサッカー的に豊かになって行くことが、欧州サッカー全体の繁栄につながって行くはずだ。 

今季から中堅・弱小国にCLの門戸を広げたUEFAの狙いがまさにそこにあることは、これまで繰り返し触れてきた通り。9月のプレビューでは「格差拡大は善であり正義」と大見得を切ってしまったわけだが、グループリーグの内容はそれが決して的外れな議論ではないことを示したと思う。

欧州サッカー全体のバランスの取れた発展を目指すプラティニ会長は、CL、ELのレギュレーション変更に続いて、「ファイナンシャル・フェアプレー」という新たな錦の御旗を掲げている。

「経営的(または財務的)フェアプレー」と訳すことができるこのスローガンが実行に移されれば、収入を大幅に上回る資金を補強費や人件費に費やす赤字経営を続けながら、多額の借金、オーナーの私財による損失補填など“アンフェア”な手段によってそれを穴埋めすることは許されなくなる。言ってみれば、すべてのクラブが「持続可能な経営」を義務づけられるわけだ。

UEFAは今年9月の理事会で、2012-13シーズンからこのファイナンシャル・フェアプレーに関するガイドラインを適用することを決定した。それに照らせば、銀行から巨額の融資を受けて大型補強を敢行したR.マドリーも、毎年100億円単位の赤字をオーナーが穴埋めしているインテルやチェルシーも、現状ではアウト。CLへの参加資格を得られなくなる。

一方、今以上に有利な立場を得るのが、カネの力に頼らず優秀な選手を発掘・育成して健全な経営を保ちながら実力を高めているクラブだ。その意味で最も模範的なのがバルセロナ。イタリアではフィオレンティーナ、ウディネーゼ、サンプドリアがこのカテゴリーに入る。カカの放出や補強予算の縮小などで赤字経営からの脱却にひと足早く取り組み始めたミランも、結果的にはこの流れを先取りする格好になった。

高コスト経営が染みついているメガクラブが抜本的な経営の見直しを迫られる一方で、第2グループ、第3グループの中から健全経営で着実に力をつけるクラブが出てくれば、数年後には「格差拡大」から一転して「下克上」の時代がやってくるのかもしれない。当面はそこまで極端な変化は起こらないだろうが、「格差はあっても混戦模様」というトレンドが続く可能性は高そうである。□

(2009年12月17日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。