棚ボタのような形で天下のレアル・マドリーの監督に就任したラファ・ベニテス。8年前、CL決勝でミランにリヴェンジを喰らった時のお話です。ナポリでも予算不足で欲しい選手買ってもらえなくて気の毒でしたが、欲しくない選手まで買ってもらえるR.マドリーでは果たしてどんな仕事を見せてくれるでしょうか。

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「今すぐ、たくさんの資金を投下してチームを強化しなければならない。それができなければ、狙った本命の選手を獲得できず、第2候補、第3候補で満足しなければならなくなってしまう」

チャンピオンズリーグ決勝翌日の記者会見で、敗軍の将ラファ・ベニテス監督が発した言葉である。

「プレミアリーグでは、マンUに21P、チェルシーに15Pもの差をつけられた。彼らはこの移籍市場でもさらに大金を投入して補強を図ってくるだろう。もし我々も同じことをしなければ、今後も3位、4位になるためだけに戦わざるを得ない。我々のサポーターはそうなることを望んでいない。マンUやチェルシーがMFをひとり獲るのに2000-3000万ユーロを費やしている時に、我々が1500万ユーロのFWで満足しているわけにはいかない」

フットボールの世界とて結局はカネの力が全て、という身も蓋もない真実を、しかしこれほど露骨に認めたコメントも珍しい。戦力的に劣るチームの力を限界まで引き出して期待を大きく上回る結果を残す自らの手腕を、常々誇りにしているように見えたベニテスの発言だから、なおさらそう感じるのかもしれないが。きっと、ミランに敗れたのがよほど悔しかったのだろう。

決勝前半のリヴァプールは、戦術的な観点だけから見れば、まったく完璧だった。フィールドの10人が有機的に連携して、前線から息の詰まるようなプレッシングを仕掛け、テクニックで明らかに上回るミランにパスを3本とつながせなかったのだ。高い位置でボールを奪って逆襲に出て、一気にミランゴールに迫った場面も、前半だけで4回はあった。そのいずれかを決めていれば、おそらくリヴァプールは勝利を収めていただろう(右ウイングがペナントではなくC.ロナウドだったら、そうでなくともせめて、ベニテスが獲得を望みながら予算不足で断念せざるを得なかったというダニ・アルヴェスだったら……)。

ベニテスは、監督として可能な手はすべて打ち、しかも成功させて、リヴァプールというチームのポテンシャルを100%引き出した。にもかかわらず勝てなかったのはなぜか。それは、プレッシング&ショートカウンターという守備オリエンテッドなサッカー以外に選択肢を与えてくれない、限られた戦力しか持ち合わせていなかったからである。

クラウチをスタメンで起用しなかったことを弱腰と非難する向きもあるようだが、カイト(1500万ユーロのFWだ)が敢行したあの鬼プレスをクラウチに要求するのは不可能だろう。そしてあのプレッシングがなければ、ミランはずっと自由にボールを動かして試合を支配し、レイナが守るゴールを脅かしていたに違いないのだ。

勝てなかったのは選手の質が低いから。もっといい選手を買ってくれなければこれ以上の結果は出せない。(でも)買ってくれればプレミアでもCLでも優勝してみせる——。どう見てもこれがベニテスの本音である。

幸運なことにリヴァプールは、今年2月、マンU、アストン・ヴィラに続いてアメリカ人の大富豪に買収されたばかり。ジョージ・ジレット、トム・ヒックスというふたりの新オーナーは、ベニテスの発言を受けて早速、「ラファがどうしてもスクービー・ドゥーが欲しいと言うのなら、買う用意はある」とコメントしている。

スクービー・ドゥーはアメリカで人気の犬のアニメキャラ。必要ならば犬だって買ってやる、というのだから、大した太っ腹である。チェルシー、マンUに続いて、リヴァプールも、移籍市場に大金をばらまく金満クラブの仲間入りを果たしたことは、どうやら間違いなさそうだ。

これら莫大な資金力を背景にしたメガクラブが、それこそ金に糸目をつけずにワールドクラスのビッグネームや、将来を嘱望される若きタレントの争奪戦を繰り返した結果、ここ数年の移籍マーケットでは、移籍金と年俸の相場がまた急速に吊り上がっている。新たなバブルの到来と言ってもいいかもしれない。

「また」とか「新たな」という言葉を使うのは、以前にも、90年代末からの数年間で相場が倍近く吊り上がったことがあったからだ。当時の主役は、TV放映権料の売却システムが変更された恩恵で目先のあぶく銭を手に入れたイタリアのクラブ(ラツィオ、ローマ、パルマ、インテルetc)、そしてフロレンティーノ・ペレスが会長に就任したばかりのレアル・マドリー(フィーゴ、ジダン、ロナウド……)だった。

移籍金と年俸の相場が上がれば上がるほど、トップレベルの選手を獲得できるクラブの絶対数は少なくなる。今やワールドクラスのビッグネームは、年俸400万ユーロ(約6億円・ちなみに手取りである)以下のオファーには見向きもしない。

しかし、そんな年俸を払えるのは、ヨーロッパを見回しても、レアル・マドリー、バルセロナ、マンU、ミラン、チェルシー、インテルの6つしかない。これは、昨シーズンの売上高ランキングの上位6クラブと完全に重なっている(売上高はすべて2億ユーロ以上=300億円超)。この夏からはここにリヴァプールが加わることになるわけだ。

一方、バイエルン、ローマ、リヨンといったクラブは、チャンピオンズリーグでベスト8を争うレベルにあるにもかかわらず、財政的にこの年俸の高騰についていけないため、より高い年俸をオファーする上記「欧州ビッグ7」に、主力を引き抜かれる運命に直面している。例えば、サラリーキャップを250万ユーロに設定しているローマ(ただしトッティは特別)が、これらライバルから引く手あまたのメクセスやキヴ、マンシーニを慰留することは、非常に難しいだろう。

これはまた近々別の機会に書くことになると思うが、このバブルを通して欧州サッカー界がどこに向かうことになるのかは、今後注視しなければならないテーマである。□

(2007年5月27日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。