セリエAからトップレベルのプレーヤーが他国に流れるようになったきっかけはカルチョポリでしたが、翌シーズン以降もその傾向は続いて行くことになります。これは2007年夏にそのあたりの事情についてまとめたテキスト。今となってはすっかり当たり前の話ばかりですが……

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アルプスの向こう側ではもうとっくにリーグ戦が開幕しているが、セリエAもついにこの週末から新シーズンに突入である。

参加20チームが横並びでスタートする今シーズンは、最大の人気を誇るユヴェントスが復帰したことも含めて、セリエAにとっての「正常化元年」と位置づけることができる。昨シーズンのようなペナルティもなければ、それ以前のようなモッジ一派による審判の不正操作もない(審判使命責任者にはあのコッリーナが満を持して就任した)、正しくフェアでニュートラルなカンピオナートがやっと実現したのだ。

それは大変喜ばしいことなのだが、開幕に向けた移籍マーケットの動向を検証すると、もうひとついえることがある。それは、今シーズンはセリエAにとって「人材流出元年」になるだろうということだ。

この移籍マーケットで、国外に流出したイタリア人選手は7人に上る。

ポジション別に見ると最も多いのがフォワードで、ルカレッリ(リヴォルノ→シャフタール・ドネツク)、ビアンキ(レッジーナ→マンチェスターC)、トーニ(フィオレンティーナ→バイエルン)の3人。問題は、この3人が昨シーズンの得点ランキングで2位、4位、7位を占めていた大物ストライカーであり、セリエAはこれだけで合わせて64ゴール分の人材を失ったという点にある。

ビアンキは伸び盛りの若手、他の2人は30代のベテランと立場も違えば、「流出」に至るまでの事情もまた、3人それぞれ異なっている。しかし、3人のケースに共通しているのは、イタリアのクラブがオファーした契約条件(年俸その他)よりも、移籍先となった国外クラブのそれの方が、選手にとって魅力的だったということ。逆に言えば、イタリアのほとんどのクラブには、移籍マーケットの目玉商品クラスの選手が要求する「相場」に、ついていくだけの資金力がないということである。

90年代のセリエAは、圧倒的な資金力を持って世界中のトッププレーヤーを吸引し、欧州カップを独り占めにするほどの繁栄を誇った。しかし21世紀に入ってTV放映権バブルが弾けた後は、リーグ全体のビジネス規模でプレミアリーグにあっさりと追い抜かれ、リーガにも差をつけられて「三大リーグ」中の三番手に陥っている。ピッチ上の結果の指標となるUEFAカントリーランキングでも、スペイン、イングランドに次いで3位だ。

イタリア育ちのストライカーということでいえば、10代半ばからレッチェの育成部門で育ち、昨シーズンはユヴェントスでプレーしていたブルガリア代表のボジノフも、ビアンキ同様エリクソン監督率いるマンCに移籍したし、昨シーズンの後半パルマでプレーし9得点を挙げたマンU所属のジュゼッペ・ロッシも、複数のイタリアのクラブからのオファーを蹴って、ヴィジャレアルへの移籍を決めている。

ストライカーというのは、最も移籍金・年俸の「相場」が高いポジションであり、したがってその移籍動向には、クラブ間、リーグ間の経済的な力関係がわかりやすく表出するものだ。それでいうと、イタリアからはトーニ、ルカレッリというベテランだけでなく、ビアンキ、ボジノフ、ロッシという若きタレントが「流出」し、逆に国外から「流入」したトップクラスは、ミランが投資のために先物買いしたパトと、もはや行き場がなくなっていたカッサーノの2人くらい。収支は明らかにマイナスである。

フィールドプレーヤーでは他に、ミランが保有権を持つMFドナーティ(アタランタ)がセルティックへ、そしてイタリア代表の左SBグロッソがインテルからリヨンへ、それぞれ移籍している。前者は中堅クラスだが後者はトーニ同様、ワールドカップ優勝メンバー。このクラスが国外に「流出」するというのは、90年代半ばのボスマンショックでヴィアッリやゾーラがプレミアに流れた時以来、ほとんどなかったことだ。

さらに今シーズンは、デ・サンクティス(ウディネーゼ→セヴィージャ)、ストラーリ(ミラン→レヴァンテ)と、イタリア人GKが2人もスペインに移籍した。ここに、AEKからレクレアティーヴォに移ったソレンティーノ(トリノ育ち)を含めると、イタリア人GKのスペイン「流出」は3人、もう何年もモナコ、チェルシーでプレーしているローマ、クディチーニ、そして昨冬スパルタク・モスクワに渡ったペリッツォーリを合わせると、「国外組」は6人という勘定になる。

不思議なのは、その一方で、セリエAの正GK20人中イタリア人は11人と、やっと過半数を確保しているに過ぎないという事実である。しかもそのうち1980年代生まれはアメリア(リヴォルノ・25歳)とバッシ(エンポリ・22歳)の僅か2名のみ。逆に60年代生まれが3人もいる。そして、9人の外国人GKのうち4人は、つい7~8年前まではGKに一番向かない国民と言われていたブラジル人なのである。

かつてのゾフからブッフォンに至るまで、イタリアは常に世界的なGKを輩出する国だった。ところがたった10年足らずでこの体たらく。これも、人材流出以上に深刻な問題である。□

(2007年8月19日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。