カルチョポリ勃発時にリアルタイムで書いた原稿その8。とりあえず前回分までで同時進行は一段落して、これは12月に書いたまとめ的なテキストです。この後、もう少し時間を置いて俯瞰的にまとめ直したものが2本あるので、それも順次上げて行きます。

bar

12月12日、CONI(イタリアオリンピック連盟)の審議委員会が、2チームだけ残っていたレッジーナとアレッツォに対する調停結果を発表して、5月の勃発以来7ヶ月に渡って続いてきた、カルチョスキャンダルを巡るスポーツ裁判のプロセスが、やっと幕を閉じることになった。

すべての発端となったのは、トリノ、ナポリの両検察局(とりわけ後者)が、04-05シーズンに行った、大規模な電話傍受捜査である。現在もなお継続されているこの捜査が明らかにしたのは、ユヴェントスのゼネラルディレクターだったルチアーノ・モッジを中心として、サッカー協会首脳、審判部から、代理人エージェント、マスコミにまで拡がる腐敗の構造が存在していたということだった。

マスコミに流出した捜査報告書において、モッジをはじめ、この構造の中核部分に位置していた何人かは「プロサッカーのシステム全体を絶対的な支配下に置きコントロールすることを目的として、様々な不正行為を行うべく組織された犯罪グループ」と位置づけられていた。報告書の前文には、次のような一節がある。

「このグループは、脅迫、精神的暴力、そしてあらゆる種類の黙認、沈黙の掟を活用するという戦略によって、直接的かつ継続的な圧力を行使し、FIGCやプロサッカーリーグの長を決める選挙に影響力を及ぼし、また試合の勝敗やリーグ戦の展開を左右するまでの能力を手に入れている。その目的は、手に入れた独占的な権力と経済力を可能な限り長期間にわたって保持し続けることにある」

FIGCが進めてきたスポーツ裁判のプロセスは、検察から入手したこの捜査結果を元に、内部調査の結果も加味して、不正行為を行ったクラブや個人に対する処分(クラブは勝ち点剥奪や降格、個人は資格停止や永久追放)を下すために行われたものだった。

スポーツ裁判における、各クラブの容疑と求刑内容、一審、二審の判決、そしてCONI審議委員会による最終的な調停結果は、別表の通り。ステーファノ・パラッツィFIGC検察官による当初の求刑内容が非常に重いものだったのに対し、判決は一審、二審と量刑が軽くなり、CONIの調停によって更に「割引」される結果になったことがわかるだろう。

この処分をめぐる最大の問題点は、検察の捜査報告書と、それを元にしたFIGC調査室の報告書(このスポーツ裁判における検察側資料)の土台となっている状況認識、つまり、「モッジ・システム」と呼ばれる腐敗の構造の存在自体が、二審判決の段階でほとんど否定されてしまったことにある。

二審判決の内容を見ても、「モッジ・システム」にはまったく触れられておらず、不正行為はすべて個々のクラブが独自の試みとして個別に行ったもので、その中で最も重大な不正を行ったのがユヴェントス、という話にすり替わってしまっている。検察側の論理はほとんど換骨奪胎されてしまったと言ってもいい。

1980年に起こったサッカー賭博を巡るスキャンダルでは、八百長を試みた「可能性がある」という理由だけで、ミラン、ラツィオがセリエB降格の処分を受け、パオロ・ロッシをはじめ10人近い選手が3年間の出場停止処分を受けた。2005年夏には、ジェノアのエンリコ・プレツィオージ会長が、セリエA昇格がかかったシーズン最終戦の対戦相手ヴェネツィアを買収しようとしたという疑惑が持ち上がったが、この時にもジェノアはセリエA昇格を取り消された上、C1降格を命じられている。

こうした過去の事例と比較すれば、審判の判定や規律委員会の処分(出場停止など)にまで影響力を行使する「システム」を首脳陣が構築していたユヴェントスはもちろん、複数の試合について結果を操作しようと「試みた」ことが明らかになっているフィオレンティーナ、ラツィオ、ミラン、レッジーナ、そしてアレッツォが今回受けた処分は、客観的に見て、不当と言っても過言ではないほどに甘いものだといわざるを得ない。4つのクラブすべてに対する処分が、検察側求刑→一審判決→二審判決となし崩し的に軽減されて行き、最終的にはB降格を喫したユーヴェも含めて、当事者の誰もが抱いていた楽観的な見通しよりもさらに軽い内容になったという事実が、すべてを物語っている。

なぜこうした「甘い」判決が下ることになったのか。その理由を探るには、逆に検察側の求刑通りの判決が下ればどうなっていたか、多少の想像力を働かせてみるだけで十分だろう。

ユヴェントスにとってセリエC降格は、破産宣告にも等しかったはずだ。年間売上高(約2億6000万ユーロ)の大半を占めるTV放映権料とスポンサー収入をほとんど失うことになれば、経営はまったく成り立たなくなる。2002年に破産しC2から出直したフィオレンティーナがそうだったように、復活には少なくとも4〜5年の時間、そして巨額の投資が必要になったはずだ。

ミラン、フィオレンティーナ、ラツィオにとっても、セリエB降格は大きなダメージになったに違いない。そして何よりも、欧州サッカー界の勢力地図におけるイタリアの退潮は、絶対に避けられなくなっていただろう。これらのチームが抱えているスター選手がすべて移籍マーケットに流出し、その多くが国外に移籍することになれば、セリエAの商品価値と人気は間違いなくがた落ちである。プレミアリーグ、リーガ・エスパニョーラと並ぶ「欧州三大リーグ」からの脱落は必至だったに違いない。

誰が見てもB降格は避けられなかったユヴェントス以外の3チームをセリエAに引き留めた上で、ミランをチャンピオンズリーグに送り込むという二審判決の内容は、そうした「没落のシナリオ」からイタリアサッカー界を救い出そうという政治的な意図を、露骨なほど明らかに浮かび上がらせるものだった。

しかしこれが、これらのクラブが犯した不正行為に対する厳正な処罰と、イタリアサッカーの繁栄という、相矛盾する2つの論理をバランスさせる最大限の妥協点なのだとしたら、それはそれで受け入れる以外にはないだろう。

今後、問題の焦点は、このような事態を二度と起こさないための、イタリアサッカー界の構造改革に移ることになる。グイード・ロッシが辞任した後、9月半ばに特別コミッショナーの座についたルカ・パンカッリは、現在、審判部の仕組みから代理人制度の見直し、内部調査体制の強化とスポーツ裁判プロセスの簡素化まで、FIGCの内部改革に取り組んでいる。

今のところ最も大きな具体的成果は、ルイジ・アニョリン審判部コミッショナー(11月23日に任期満了で退任)の下で進められた、審判部の組織改革。審判指名方式が大きく変わった(抽選を廃止し完全指名制に)だけでなく、歩合給の比率が高かった報酬制度の見直しも行われた。

今シーズンの審判部は、カルチョスキャンダルで「モッジ・システム」の影響下にあるとされた多くの審判が退任を余儀なくされたため、セリエCから抜擢した若手が多くを占める、非常にフレッシュな顔ぶれになっている。当然ながら、マスコミが取り上げるような大きな判定ミスも少なくないのだが、昨シーズンまでのように、それが特定のチームに偏向しているという現象は見られなくなっている(もちろんどのチームも平等に恩恵/ダメージを受けているわけではないが)。その点はポジティブに評価できるだろう。

ただし、アニョリンの審判部コミッショナー退任を受けて審判部長となったチェーザレ・グッソーニは、非常に保守的な人物であり、審判部の大きな改革には積極的ではないといわれる。

その他の改革については、FIGCはもちろん、組織上はその傘下に置かれているレーガ・カルチョ(セリエA、Bの参加クラブで構成されるリーグ運営団体)の協力と同意も大きな鍵になる。ところがそこでも、反動的な動きが強まっている。FIGCから資格停止処分を受けたガッリアーニ前会長の後任に選ばれたのが、80年代から90年代前半にレーガ会長、FIGC会長を歴任した守旧派のアントニオ・マタレーゼ。就任後に打ち出した、FIGCの改革志向に対する保守反動ともいうべき、現状維持志向のスタンスには、サンプドリアのリッカルド・ガローネ会長をはじめ、レーガ内部からも批判の声が出ているほどだ。しかしどうやら、すでに利権を手にしており変化を望まない過半数の会長たちからは支持を得ているようで、リーグ参加チームの削減をはじめとする、ドラスティックな改革を受け入れる方向には進まない気配である。

スポーツ裁判では、クラブに対してだけでなく、不正行為を行ったとされる個人に対しても、一定期間の公的活動を禁止する資格停止処分が下されている。事実上の追放処分を受けた元ユヴェントスのルチアーノ・モッジ、アントニオ・ジラウドの両名は別として、フィオレンティーナ、ラツィオ、ミランの首脳陣たちは、レーガ・カルチョの会議やFIGCの会合には出席していないものの、クラブの経営者としての活動は従来通り行い、スタジアムにも姿を見せるなど、何事もなかったように振る舞っているTV放映権を巡るレーガ・カルチョの会議の前日には、レーガ・カルチョ本部に近いホテルに、TV放映権問題のエキスパートであるミランのガッリアーニ副会長をはじめ、主要クラブの会長連中が勢ぞろいして「非公式の懇親会」を開き、この問題について話し合うという始末。資格停止はほとんど有名無実と言っていいだろう。

それでは、すべての元凶とも言うべきルチアーノ・モッジは、今何をしているのだろうか。スキャンダルが勃発した当時は、涙を流してカルチョの世界から身を引くと語ったものだったが、喉元過ぎれば熱さもなんとやら、新シーズン開始と同時に、ミラノのローカル民放局「アンテナ3」のカルチョ討論番組「ルネディ・ディ・リゴーレ」にオピニオニストとして毎週登場し、好き勝手なコメントを垂れ流している。先頃は「カンナヴァーロがバロンドールなら、インテルはモンゴリーノ・ダルジェント(銀の知恵遅れ)だ」と放言して顰蹙を買った。

以前から「拠点」としているミラノの高級ホテル、ウェスティン・パレスのロビーで業界関係者と会っている姿もしばしば目撃されており、あわよくばカルチョ界への復帰、そうでなくとも間接的な影響力行使に向けて、工作が始まっているようである。モッジの人脈は今でも、カルチョの世界(特にセリエB、C)に網の目のように張り巡らされているだけに、その影響力を完全に排除することは事実上不可能と言っていい。それが、かつての「モッジ・システム」のように、サッカー界の権力中枢にまで及んだり、特定のクラブに利益をもたらすような形で行使されないよう、今後も監視が必要だろう。■

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。