カルチョポリ勃発時にリアルタイムで書いた原稿その7。諸事情あって更新が停滞していましたが再開します。とりあえずカルチョポリ関連を片づけてしまいましょう。

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カルチョ・スキャンダル、すなわちセリエAでの不正行為疑惑をめぐるFIGC(イタリアサッカー協会)スポーツ裁判の二審判決が出てから1週間あまりが過ぎた。イタリアもやっと、新シーズン開幕に向けた流れが固まってきたのかといえば、まだまだそんなことはない。カルチョの世界を支配しているのは、今なお不確実性であり、未来に向けた見通しの立たなさである。

前回触れたように、カルチョ・スキャンダルをめぐる処分がまだ最終的に確定しておらず、セリエA、Bの登録チームもカレンダーも固めようがないという状況があることも、その理由のひとつ。しかしそれ以上に大きいのは、スキャンダルに伴って旧勢力が駆逐された結果、サッカー界を取り仕切る権力が空洞化し、そのヘゲモニーをめぐる水面下の攻防が今なお続いているため、イタリアサッカー界の新たな枠組み、向かうべき方向性が見えてこないことだ。

スキャンダルが表面化したのを受け、カッラーロ会長を筆頭にFIGCの上層部が軒並み辞任したのが5月半ばのこと。その後、サッカー界の権力中枢たるFIGCの運営は、上部団体にあたるスポーツ界の総元締め、イタリアオリンピック連盟(CONI=日本の体協、JOCにあたる組織)から送り込まれた特別コミッショナーの手に委ねられている。

その任に当たっているグイド・ロッシ弁護士は、イタリア独禁法の父と呼ばれる会社法の専門家で、サッカーに関しては何の経験もない素人だ。しかし、FIGCが抱えていた構造的な腐敗を一掃し、フェアで透明性のある新たな仕組みとルールを確立するという、当面の最重要課題に取り組むにはうってつけの人材だと評価されてきた。

事実、ロッシ特別コミッショナーが就任以来進めてきた取り組みは、まさにこの路線に沿ったものだった。4月の総選挙でベルルスコーニ率いる中道右派を政権の座から引きずり下ろして発足した中道左派新政権のスポーツ大臣に支持を取り付けると、組織の浄化と新たな秩序の構築に向け、様々な手を打って行った。

腐敗の温床だった審判部は、トップの首をすげ替えて、セリエCから若手審判の大量抜擢を図るなど、大幅な刷新を受けた。不正行為疑惑の捜査を担当する調査室長には、政界汚職摘発で名をはせたボッレーリ元検事を任命し、徹底追及の姿勢を打ち出す。疑惑をめぐるスポーツ裁判(一審)の担当である裁定委員会も、カッラーロ時代のメンバーを一新して、法曹界で大きな権威を持つルペルト元憲法裁判所長を委員長に据えて、公平性を担保した。

ユヴェントス、フィオレンティーナ、ラツィオの3チームにセリエB降格を命じ、降格を免れたミランに対してもCLへの出場権を奪った上で-15ポイントのペナルティという、相対的に見れば厳しい内容の一審判決(検察側求刑よりは軽いかったが)は、ロッシ臨時コミッショナーが打ち出した改革路線に沿ったものだったといえる。

ところが、カルチョの世界には、この一審判決の示した方向性や、その他様々な改革への動きに強く反発する「抵抗勢力」が根強く存在している。その代表が、今回のスキャンダルで辞任に追い込まれたFIGCのカッラーロ前会長である。

今回が2回目だったFIGCの会長職はもちろん、CONIの会長からIOC役員、そしてローマ市長の経験まで持つ、このイタリアスポーツ界最大の実力者は、セリエA、Bのほとんどのクラブに大金を貸し込んでいる大手銀行グループ「カピタリア」と密接な関係を持っており、自らも同グループのマーチャントバンク「メディオクレディート」のオーナーである。もちろん、政界との利害関係も非常に深い。

00年代前半、カッラーロ会長時代のFIGCは、ラツィオ、パルマ、ローマ、レッジーナ、メッシーナ、シエナといったクラブが深刻な財政難に陥り、セリエAへの登録基準をクリアできなくなりそうになった時、様々な抜け道を提供して破産へのシナリオから救い出したものだった。その背景には、これらのクラブが破産すると、カピタリアが融資した多額の資金が不良債券化し、焦げ付いてしまうという事情があった。

カッラーロ=カピタリアの利害にぶら下がる形で生き延びてきた多くの中小クラブは、カッラーロがカルチョの世界から排除されて改革が進むと、経営的に困難な状況に陥る可能性が高いだけに、潜在的にカッラーロと利害を一にしているといっていい。つまり、カルチョの世界の当事者である多くのクラブは、カッラーロの失脚を望んでおらず、同時にロッシによる改革の進展に対しても反発する立場にあるということだ。

そういう側面から見ると、信じられないほどに大甘だった今回の二審判決は、前回見たように、ヨーロッパ市場におけるイタリアサッカーの経済的利害を護る政治的判断という意味合いを帯びていたと同時に、カッラーロとその背後にいる政財界、そしてカルチョの世界を巻き込んだある種の「利権集団」による、ロッシ改革路線に対する巻き返しだという側面も持っているといえる。

象徴的なのが、この二審判決で最もドラスティックに刑を減じられたのは、誰あろうカッラーロ自身だったという事実である。一審の求刑は資格停止5年間(永久追放の提案つき)、一審判決では4年6ヶ月の資格停止だったものが、この二審判決では資格停止なし、罰金8万ユーロと警告のみ。事実上の無罪放免を勝ち取っている。そして、二審の判決を下したFIGC法廷のメンバーは、すべてカッラーロが会長時代に選び任命した顔ぶれから成り立っていたのである。

ロッシ特別コミッショナーという「外様」のトップによる改革路線と、カッラーロを象徴としてカルチョの世界の「身内」が暗黙のうちに手を結んだ守旧派利権集団とのせめぎ合いは、この先も当分続くことになりそうだ。その動向によって、イタリアサッカーの未来像は少なからず変わってくることになるだろう。

実はここにもうひとつ、TV放映権という最大の利害に関連してベルルスコーニとミランという存在が絡んでくるから話がややこしくなるのだが、その話はまた機会を改めて。■

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。