カルチョポリ勃発時にリアルタイムで書いた原稿その7。ユヴェントスは1年でAに復帰できるところまで勝ち点減が削られ、ラツィオとフィオレンティーナはB降格を回避、ミランはCL出場権を手に入れるという「手心」が加わって、スポーツ裁判はとりあえずの決着を見たのでした。ミランは続く06-07シーズン、プレーオフからスタートしてCLで優勝を勝ち取りることになります。

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7月25日、「カルチョ・スキャンダル」をめぐるFIGC(イタリアサッカー協会)のスポーツ裁判で、最終審となる二審判決が下され、05-06シーズンの最終順位がとりあえず確定した。5月はじめから3ヶ月近くに渡ってイタリアサッカー界を騒がせてきた不正行為疑惑に、これで一応の決着がついたことになる。

一応の、という但し書きがつくのには、2つ理由がある。ひとつは、場合によってはまだ、レッジーナをはじめとするいくつかの中小クラブに、不正行為にかかわった疑いで処分が下される可能性があるため。その成り行き次第では、来シーズンのセリエAの顔ぶれが多少入れ替わることもあり得る。

もうひとつは、ミラン以外の3クラブが、このスポーツ裁判そのもの(判決ではなく)の不当性を、FIGCを敵に回した民事裁判で争おうという姿勢を見せているため。スポーツ裁判というのは、例えば軍法会議などと同じく、組織内で処分を下すための内部措置であり、その処分についての不満を一般の法廷に持ち出すというのは反則なのだが、ここまで来たらゴネ得ねらいでなりふり構わず徹底抗戦、というのが、フィオレンティーナ、ラツィオ、そしてユヴェントスの姿勢である。

二審判決の概略は、別表1(文末)の通り。別表2は、それに伴って決まった05-06シーズンの最終順位と、来シーズンの欧州カップ出場チームの顔ぶれである。前回お伝えした一審判決と比較すると、大幅に手心が加えられた、ほとんど「骨抜き」と言っていいほどに甘い内容になっている。

一審判決は、ミラン以外の3チームがペナルティつきのB降格、Aに踏みとどまったミランも欧州カップに出場できないところまで昨シーズンの順位を下げられた上で、マイナス15ポイントのペナルティという内容だった。ところがこの二審判決では、B降格はユヴェントスのみ、ミランに至っては予備予選からとはいえチャンピオンズリーグへの出場権まで確保している。

一審における検察側求刑が、ユヴェントスがセリエC降格、残るクラブもB降格の上厳しいペナルティという非常に厳しいものだったことを考えれば、この処分の軽さは、スキャンダラスという形容詞を使っても誇張にはならないだろう。

そもそも、今回のスキャンダルの発端となったナポリ検察局の捜査(現在も継続中)が明らかにしたのは、ユヴェントスのゼネラルディレクターだったルチアーノ・モッジを中心として、サッカー協会中枢、審判部などに広がる腐敗の構造が存在していたということだった。「モッジ・システム」という言葉が使われたことが示す通り、審判への影響力行使を初めとする不正行為が、システマティックな形で行われていたというのが、基本的な状況認識だった。その認識は、ナポリ検察局から捜査資料の提供を受け、さらに当事者への事情聴取を行って事実関係をまとめたFIGC調査室の報告書(このスポーツ裁判における検察側資料)でも変わってはいない。

ところが、今回の二審判決においては、この腐敗の構造が存在すること自体がほとんど否定されてしまった。判決文を読んでも、不正行為はすべて個々のクラブが独自の試みとして行ったもので、その中で最も重大な不正を行ったのがユヴェントス、という話にすり替わってしまっている。検察側の主張はほとんど受け容れられず、ほぼ完全に換骨奪胎されてしまった。4つのクラブすべてに対する処分が、検察側求刑→一審判決→二審判決となし崩し的に軽減されて行き、最終的にはB降格を喫したユーヴェも含めて、当事者の誰もが抱いていた楽観的な見通しよりもさらに軽い内容になったという事実がすべてを物語っている。

事実関係から見て不当といえるほどに甘い判決が下った理由はどこにあるのか。容易に想像がつくのは、イタリアサッカー界が抱える経済的利害の保護という側面である。

もし仮に、検察側の求刑通り、ユヴェントスがセリエCに落ち数年に渡って表舞台から姿を消し、さらにミラン、フィオレンティーナ、ラツィオまでBに降格することになれば、欧州サッカー界の地図におけるイタリアの退潮はまず避けられなかっただろう。トッププレーヤーは軒並み海外流出してセリエAの商品価値と人気はがた落ち、プレミアリーグ、リーガ・エスパニョーラと並ぶ「欧州三大リーグ」からの脱落も必定だった。

誰が見てもB降格は避けられなかったユヴェントス以外の3チームをセリエAに引き留め、しかもミランをチャンピオンズリーグに送り込むという二審判決の内容からは、そうした没落のシナリオからイタリアサッカー界を救い出そうという意図が、露骨なほど明らかに浮かび上がってくる。

実は筆者は、つい数日前に発売された某SS誌に、イタリアサッカーが一時的に没落してもそれをむやみに嘆く必要はない、今最も重要なのは「モッジ・システム」のような構造的な腐敗を許してきた体質を見直し、新たなモラルと厳格なルールを確立することであり、すべてを一度リセットして出直すことこそが、カルチョがヨーロッパの最前線に返り咲くための唯一の処方箋だ——と書いたところだった。でも、徹底したリアリストであるイタリア人にかかると、こういうモラリストじみた物言いは、鼻で笑われておしまいである。

イタリアのサッカージャーナリズムを代表する論客マリオ・スコンチェルティ(かつてフィオレンティーナの副会長を務めたこともある)は、7月26日の『コリエーレ・デッラ・セーラ』紙にこう書いている。「今回の判決は、論理的には破綻しているが、現実感覚を備えた良識的な内容だ」。■

——————————-別表1——————————
◇ユヴェントス
05-06シーズン:最下位扱いでセリエB降格。
06-07シーズン:セリエBでマイナス17ポイントのペナルティ。
04-05および05-06シーズンのスクデットを剥奪。
◇フィオレンティーナ
05-06シーズン:勝ち点74ポイントから30ポイントを剥奪。4位から9位に格下げ。
06-07シーズン:セリエAでマイナス19ポイントのペナルティ。
◇ラツィオ
05-06シーズン:勝ち点62ポイントから30ポイントを剥奪。6位から16位に格下げ。
06-07シーズン:セリエAでマイナス11ポイントのペナルティ。
◇ミラン
05-06シーズン:勝ち点88ポイントから30ポイントを剥奪、2位から3位に格下げ。
06-07シーズン:マイナス8ポイントのペナルティ。

—————————–別表2——————————
■05-06シーズンの最終順位(数字は勝ち点)

76インテル
69ローマ
——————(以上チャンピオンズリーグ本戦)
88→58ミラン(-30)
54キエーヴォ
——————(以上チャンピオンズリーグ予備予選)
52パレルモ
49リヴォルノ
45パルマ
——————(以上UEFAカップ)
45エンポリ
74→44フィオレンティーナ(-30) 
43アスコリ
43ウディネーゼ
41サンプドリア
41レッジーナ
39カリアリ
39シエナ
62→32ラツィオ(-30) 
31メッシーナ
29レッチェ
21トレヴィーゾ
91ユヴェントス(最下位扱い) 

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。