カルチョポリ勃発当時にリアルタイムで書いたテキストその5。当時のサッカー界におけるモッジの存在感は大変なもので、彼自身も「カルチョの世界を裏で牛耳っているのはモッジだ」という世評を進んで受け入れ利用しているようなところがあったし、自分は何をやっても許されると信じていたふしすらありました。彼の支配が及ぶ世界の内側にはその権力の庇護を謳歌する人々がいて、外側では、あれは明らかにやり過ぎだ、という暗黙の共通認識が広がっていた。カルチョポリの勃発はショッキングでしたが、イタリアのサッカーマスコミの端っこにいたぼく自身にとっても、決して晴天の霹靂ではありませんでした。むしろ、起こるべくして起こった事態だという印象を抱いたことを覚えています。

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7月9日、ベルリンのオリンピア・シュタディオンで行われたワールドカップ決勝は、あたかもユヴェントスのフェアウェルパーティのようだった。

ピッチに立った22+6人のうち、イタリア5人(ブッフォン、カンナヴァーロ、ザンブロッタ、カモラネージ+デル・ピエーロ)、フランス3人(トゥラム、ヴィエイラ+トレゼゲ)の計8人がユーヴェの所属。これは他のいかなるクラブよりも多い数字である。欧州クラブサッカーシーンにおけるユヴェントスの存在感を、これほど端的に象徴する事実はない。

しかし、夏のヴァカンスが明けた来シーズン、彼らのうち何人が引き続きビアンコネーロのシャツを身に付けてピッチに立つことになるのかは、現時点ではまったく定かではない。

それは、5月にイタリアで表面化した旧首脳陣による不正行為疑惑、いわゆる「カルチョ・スキャンダル」を巡って進められてきたイタリアサッカー協会(FIGC)のスポーツ法廷で、ユヴェントスが、セリエBへの降格という厳しい処分を受ける可能性がきわめて濃厚になっているからだ。7月14日に出された一審判決は、セリエB降格の上、マイナス30ポイントのペナルティ、そして過去2シーズンのスクデット剥奪という、ショッキングなものだった。

ユーヴェとともに、クラブの役員が直接不正行為にかかわったとして責任を問われていたフィオレンティーナ、ラツィオも、それぞれポイント剥奪を伴うセリエB降格、役員ではなく契約社員(審判担当スタッフ)の不正行為が取り沙汰されたミランは、B降格こそ免れたものの大幅な勝ち点剥奪と、それぞれ非常に厳しい判決を受けている。

ただし、この一審判決の後、5日間の準備期間をおいて、7月19日からは控訴審が行われることになっており、最終的な処分が確定するのは、本誌の発売日である7月25日(この日がUEFAへの欧州カップ出場チームリスト提出期限)前後となる見通し。一部では、控訴審の判決は、一審判決よりも量刑が軽くなる可能性が高いという見方も出ている。

しかし、その内容がいかなるものであれ、ひとつだけ確かなことがある。それは、この05-06シーズン、象徴的にはベルリンでのワールドカップ決勝をもって、10年以上にわたって続いた「ユヴェントスの時代」が、完全なる終焉を迎えたということである。

80年代後半から90年代前半にかけてカルチョの世界を席巻した、シルヴィオ・ベルルスコーニによる「ミランの時代」が、そのベルルスコーニの政界進出(94年)とともに終わりを告げて以来、ユヴェントスは圧倒的な強さでセリエAに君臨し続けてきた。94-95シーズンに8年ぶりのスクデットを勝ち取って以来、これまでの12シーズンで優勝7回、チャンピオンズリーグでも4度にわたって決勝進出を果たしているのだ。

ユーヴェにこの栄光の時代をもたらした立て役者こそが、今回の「カルチョ・スキャンダル」最大の黒幕にして腐敗の根源と見なされている2人の旧首脳、すなわちアントニオ・ジラウド(代表取締役)とルチアーノ・モッジ(ゼネラルディレクター)だった。

ユーヴェの実質的な親会社といえる自動車メーカー・フィアットグループの経営幹部だったジラウドは、財務・経理、経営企画といったマネジメント全般を取り仕切る。一方、スカウトからの叩き上げで30年のキャリアと人脈を持ち、移籍マーケットに精通するモッジは、チームの強化と運営を担当する、いわば現場の総責任者。彼らがオーナーのアニエッリ家から課されたのは、親会社からの資金援助を一切受けない独立採算経営を維持しながら、長年遠ざかっているスクデットをユヴェントスに取り戻し、新たな繁栄の時代を築くという、非常に困難な仕事だった。

ライバルのミランやインテルは、大富豪のオーナーが毎年数十億円という私財を投じて赤字を補填し、チームを強化して戦うことができる。結局のところ、資金力がすべてと言っても過言ではないプロサッカーの世界で、ユーヴェにとってこれは尋常ではないハンディキャップだった。この格差を穴埋めしてライバルと互角に戦うためにはどうすればいいのか。この困難な問いに直面したジラウドとモッジが出した答えは、資金力以外のあらゆる手段を動員して、ユヴェントスを強いチームに仕立て上げることだった。

その結果のひとつが、98年に表面化し、今も裁判が続いている「ドーピング疑惑」である。本来はスポーツとはまったく関係のない抗うつ剤や心筋症治療薬を、疲労感の軽減や士気高揚を目的(要するに興奮剤の代用)に使うというのは、たとえ狭義のドーピングには当たらないにしても、違法すれすれのアンフェアな行為であることに変わりはない。

これは主にジラウドの権限に属する行為だったが、モッジもモッジで、自らの広範な人脈をフルに活用して、カルチョの世界のあらゆる場所に影響力の網を広げて行った。その柱が、今回のスキャンダルで中心テーマとなっている、FIGC首脳との癒着と審判部の抱き込みによる、構造的な腐敗の網、すなわち「モッジ・システム」の構築である。

ナポリ検察局が、04-05シーズンを通してモッジが6台の携帯電話を使って交わした会話をすべて傍受し、「スポーツにおける不正行為を目的とする共同謀議罪」の容疑で立件を目指しているという情報をマスコミが一斉に報じたのが、5月初めのこと。次々とマスコミに流出した膨大な捜査資料から明らかになったのは、モッジが、各試合の担当審判を決める審判指名責任者、合わせて20人近い主審・副審、さらにFIGCの懲罰委員会までも影響下に収めて、明らかに一方のチームに有利/不利なジャッジをはじめ、様々な手口で試合の展開と結果、ひいてはシーズンの展開までを左右する術を手に入れていたという事実だった。その具体的な手口は、文末に置いた【別項1】の通り。

この腐敗の網を通じ、具体的に内容や結果が左右された疑いがあるとされた試合は、04-05シーズン全体で20試合以上に及んでいる。試合内容や結果の不正操作に関わったとされるクラブは、主犯格のユヴェントスに加えて、フィオレンティーナ、ラツィオ、ミランの4つ。

こうした事実が表面化したことを受けて、6月初めからFIGC自身も、刑事事件を立件するために捜査を続けている検察当局の動きとは別に、不正行為を行ったクラブと個人を処分するため、内部調査に基づくスポーツ裁判の手続きに入った。

検察当局が進めているのは刑法に基づく犯罪捜査だが、FIGCのスポーツ裁判は、組織内の規律を正すことを唯一の目的とする、いってみれば軍法会議のようなもの。不正行為に対する責任を問い、必要ならばポイント剥奪、降格などの処分を下して、シーズンの最終順位を確定させることが目的である。これが決まらないうちは、来シーズンの登録チームも決まらず、したがってシーズンを始めることすらできなくなるので、迅速な審理によって結論を出す必要がある。

6月30日から7月14日まで、ローマのスタディオ・オリンピコで行われた一審の審議では、ステーファノ・パラッツィ検事が、ユヴェントスのセリエC降格をはじめ、予想を上回る厳しい求刑を行った。しかしチェーザレ・ルペルト裁判長が、4つのクラブに対し下した判決は、文末の【別項2】の通り、求刑と比べればやや穏やかなものだった。とはいえ、被告4チーム中3チームがセリエB降格というのが、ショッキングな判決であることには変わりない。

この一審判決に基づくと、来シーズンのセリエA20チーム、セリエB22チームの顔ぶれは【別項3】のようになる。チャンピオンズリーグに出場するはずだった4チームのうち、ユヴェントス、ミラン、フィオレンティーナが脱落し、残ったのはインテルのみ。本戦へのもうひとつの出場権はローマの手に渡り、キエーヴォ、パレルモという、格としてはUEFAカップが似合う中堅クラブが、予備予選に挑戦する機会を得ることになる。

しかし、二審の判決が出ても、それですべての決着がつくかどうかは、まだ定かではない。というのも、FIGC内部のスポーツ裁判としての枠内では、二審判決が最終判決となるが、フィオレンティーナとラツィオは、もし二審でもB降格の判決が変わらなければ、この判決の不当性を訴えるため、民事訴訟を起こすと息巻いているからだ。

イタリアでは2003年の夏、カターニアのセリエC1降格を巡って当時オーナーだったルチアーノ・ガウッチ(中田のペルージャでおなじみ)が民事訴訟を起こし、降格処分の取り消しを勝ち取ったという前例がある。もしそれと同じことが繰り返されれば、結論が8月半ば以降に持ち越されることは必至。8月27日にカレンダー通り、06-07シーズンがスタートできるかどうかは、まったくわからなくなる。要するにまだ当分、どさくさは収まりそうにないのである。

しかし、この問題がどのような形で決着するにしても、もはやセリエAは昨シーズンまでのセリエAではあり得ないだろう。残念ながらそれだけは確かだといわざるを得ない。

ユヴェントスのB降格が覆る可能性はほぼゼロに近い。マイナス30ポイントという重いペナルティは、1年でセリエAに復帰する可能性が事実上断たれたことを意味している。これが確定すれば、残留を明言しているデル・ピエーロとネドヴェドを除く、主力選手全員の流出は不可避。ユヴェントスは文字通りゼロからの出直しを強いられることになるだろう。セリエAで上位を争うところまで戻るのに、少なくとも数年を要することは避けられない。

「ユヴェントスの時代」を通して、その最大の対抗勢力だったミランも、来シーズンはチャンピオンズリーグに出られないばかりか、セリエAでも大きなハンデを背負って戦わなければならず、主役になることは難しい。80年代に起こったように、「ミランの時代」が「ユヴェントスの時代」にすぐさま取って代わることはあり得ないだろう。

看板だった「ビッグ3」の、一角どころか“二角”が崩れることになれば、セリエAの魅力が少なからず失われることは避けられないだろう。プレミアリーグ、リーガ・エスパニョーラと並ぶ「ヨーロッパ三大リーグ」という構図から脱落する可能性だって、ないとはいえない。

しかし、たとえ本当にそうなったとしても、それをむやみに嘆く必要はない。栄枯盛衰は世の習い。セリエAは、80年代末から20年近くにわたって、多少の浮き沈みはあったとはいえ、欧州サッカー界の最前線に位置し続けてきた。そのこと自体が特別なことだったのだ。

70年代、欧州サッカー界の頂点に立っていたのはブンデスリーガだった。80年代になると、イングランドリーグがそれに取って代わる。しかしイングランドは、イタリアの台頭と入れ替わるようにして、フーリガン問題、スタジアムの老朽化といったトラブルを抱えて、5年間もの間ヨーロッパの舞台から遠ざからなければならなかった。忘れてはならないのは、そこで厳しく妥協なき自己改革を自らに課したからこそ、現在のプレミアリーグの繁栄があるという事実だ。

いまイタリアが抱えているのも、当時のイングランドと同様、歴史的な矛盾の積み重ねがもたらした構造的な問題である。

不正行為を行ったユヴェントス、フィオレンティーナ、ラツィオ、ミランは、その重大さ見合った形で罪を償わなければならない。そうした不正をこれまでうやむやにしてきたことこそが、今回のスキャンダルの最大の原因なのだから。

今求められているのは、「モッジ・システム」のような構造的な腐敗を許してきた体質を見直し、新たなモラルと厳格なルールを確立することだ。すべてを一度リセットして出直すこと。それが、カルチョがヨーロッパの最前線に返り咲くための、唯一の処方箋なのである。■

【別項1】
・ユヴェントスに好意的な審判グループの形成とそれに従わない審判の排除
・ユヴェントスに不利な判定をした審判への報復と脅迫
・影響下にある審判を使った偏向判定による試合展開、結果の“誘導”
・影響下にある審判を使った警告、退場処分による、次節、次々節の対戦相手の戦力削減
・FIGC懲罰委員会との癒着による出場停止など懲罰処分の操作

【別項2】

<ユヴェントス>
容疑:審判に影響力を行使するための「モッジ・システム」構築の首謀者。ユヴェントス対ラツィオなど3試合に対する操作の疑い。
求刑:セリエAからの除名。過去2シーズンのスクデット剥奪。FIGCコミッショナーの判断により、セリエC1(3部リーグ)以下のリーグに降格の上、06-07シーズンはマイナス6ポイントのペナルティ。
一審判決:セリエA05-06シーズンは最下位扱いでセリエB降格。06-07シーズンはマイナス30ポイントのペナルティ。

<フィオレンティーナ>
容疑:ボローニャ対フィオレンティーナなど5試合について、「モッジ・システム」への働きかけを通じた操作の疑い。
求刑:セリエA05-06シーズンは最下位扱いでセリエB降格。06-07シーズンはマイナス15ポイントのペナルティ。
一審判決:セリエA05-06シーズンは最下位扱いでセリエB降格。06-07シーズンはマイナス12ポイントのペナルティ。

<ラツィオ>
容疑:ラツィオ対ボローニャなど3試合について、「モッジ・システム」およびフランコ・カッラーロFIGC会長(当時)への働きかけを通じた操作の疑い。
求刑:セリエA05-06シーズンは最下位扱いでセリエB降格。06-07シーズンはマイナス15ポイントのペナルティ。
一審判決:セリエA05-06シーズンは最下位扱いでセリエB降格。06-07シーズンはマイナス7ポイントのペナルティ。

<ミラン>
容疑:審判担当スタッフのレオナルド・メアーニを使い、ミラン対キエーヴォにおいてミランに有利な判定をする審判の指名を働きかけた疑い。
求刑:セリエA05-06シーズンは最下位扱いでセリエB降格。06-07シーズンはマイナス3ポイントのペナルティ。
一審判決:セリエA05-06シーズンは、勝ち点88ポイントから44ポイントを剥奪し、2位から8位に格下げ。06-07シーズンはマイナス15ポイントのペナルティ。

【別項3】
◆06-07シーズン・セリエA出場クラブ(上から、05-06シーズンの最終順位の順・頭の数字は同シーズンの勝ち点)
76インテル
69ローマ
——————(以上チャンピオンズリーグ本戦)
54キエーヴォ
52パレルモ
——————(以上チャンピオンズリーグ予備予選)
49リヴォルノ
45パルマ
45エンポリ
——————(以上UEFAカップ。ただしエンポリが資格を満たせず出場不可能のため、理屈の上ではミランが代替で出場することになる)
88→44ミラン(-15)
43アスコリ
43ウディネーゼ
41サンプドリア
41レッジーナ
39カリアリ
39シエナ
31メッシーナ
29レッチェ
21トレヴィーゾ
B アタランタ
B カターニア
B トリノ

◆06-07シーズン・セリエB出場クラブ(ABC順)
アルビノレッフェ、アレッツォ、バーリ、ボローニャ、ブレシア、チェゼーナ、クロトーネ、フィオレンティーナ(-12)、フロジノーネ、ジェノア、ユヴェントス(-30)、ラツィオ(-7)、マントヴァ、モデナ、ナポリ、ペスカーラ、ピアチェンツァ、リミニ、スペツィア、トリエスティーナ、ヴェローナ、ヴィチェンツァ

(2006年7月13日/初出:『Sports Yeah!』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。