カルチョポリ勃発時にリアルタイムで書いたテキストその4。ここまでの3本はエルゴラに週1で寄稿していた連載コラムですが、これは勃発1ヶ月後くらいにそこまでの概況を総括して隔週刊のスポーツ総合誌に載ったものです。いろいろかぶってますがとりあえず上げておきます。

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5月初め、イタリアに激震が走った。ユベントスの首脳陣を中心に、サッカー協会首脳、審判部などを巻き込んだ腐敗の構造が、カルチョの世界を深く蝕んでいたという、一大スキャンダルが発覚したのだ。

発端は、ユベントスのゼネラルディレクター、ルチアーノ・モッジ(5月11日付で辞任)をターゲットに、検察当局が水面下で進めてきた電話傍受捜査だった。

1994年以来、ユーベのチーム強化を一手に担ってきたモッジは、過去12シーズンで7回の優勝をもたらした凄腕と評価される一方で、以前から「移籍マーケットの帝王」「カルチョ界の黒幕」などと呼ばれ、サッカー協会の中枢や審判部との癒着をはじめ、黒い噂が絶えなかった大物である。

そのモッジが04-05シーズンを通して、6台の携帯電話から交わした1日平均400(!)を超える通話をすべて傍受し分析した検察当局が明らかにしたのは、モッジを中心に、サッカー協会のマッツィーニ副会長、セリエAの審判指名責任者であるベルガモとパイレットなどを構成員とする「プロサッカー界全体に対する支配とコントロールを目的として、様々な不正行為を行うべく組織された犯罪グループ」の存在だった。

操作から浮かび上がった不正行為の中で、最も大きくまた複雑なのは、2人の審判指名責任者を抱き込むことにより、直接、間接にユーベと関係のある試合を、様々な形で“操作”していた、その手口である。

多くの審判がユベントスに有利な誤審を繰り返しているというのは、ずっと以前から囁かれていたことだ。今回の捜査結果は、それが紛れもない事実だったことを、具体的な裏付けとともに証明することになった。

例えばモッジは、2人の指名責任者と癒着し、ユベントスの試合はもちろん、利害関係のある他の試合についても、ユーベに好意的な主審、副審を送り込むよう、影響力を行使していた。捜査報告書によれば、20人近い主審、副審がモッジの影響下にあったとされる。

また、全審判の評価と査定の権限を持っていた2人の指名責任者は、ユベントスに不利な誤審を行った審判を厳しく咎める一方で、同じ誤審でもユーベに有利なものは見逃すなど、偏った判定を奨励する空気を、審判部の中に意図的に作り出していた。

電話傍受記録には、モッジが指名責任者に、ユーベに不利な判定を下した審判を処罰したり、特定の審判を優遇したりするよう要求する電話が、複数残されている。

それだけではない。モッジの影響下にある審判が、ユベントスと次節に対戦する相手の試合に送り込まれ、主力選手を警告や退場で出場停止にするという手の込んだやり方で、対戦相手の戦力削減に手を貸していたケースも複数あった。

こうした、審判に対する圧力を利用した試合の操作は、直接的な金銭授受などを伴っていないため、いわゆる「買収」「八百長」にはあたらない。しかし、サッカー協会の罰則規定は「試合内容、試合結果を意図的に操作することは、それが直接、間接にかかわらず、いかなる手段によるものであっても、スポーツ上の不正行為に当たる」と定義づけている。ここまで見てきた行為が、この規定に反することは明らかだ。

スポーツ上の不正行為は、たとえそれが未遂であっても厳しく罰せられる。しかも、クラブの役員がそれに直接かかわっていた場合は、最も罪が重くなる。

昨年6月のセリエB最終戦で、対戦相手のベネツィアを買収しようと会長自ら試みたジェノアは、セリエA昇格を取り消された上、セリエCへの降格を言い渡された。たった1試合の買収でこの処分だとすれば、シーズンを通して、審判ぐるみで複数の試合結果を操作しようとしてきたユーベが、降格処分を免れることは難しい、と考えるのが自然だろう。中には「セリエBなら御の字、厳格に考えればセリエC(3〜4部)への降格が筋」という見方すらある。

事実、一部の噂によれば、モッジをはじめ旧首脳陣を一掃し、まっさらの新体制による再出発を模索しているユーベのオーナー、アニエッリ家に対し、サッカー協会のコミッショナーは「もしクラブとして罪を認め、協会の処分を受け入れる姿勢を見せるならばセリエBへの登録は保証する。しかし処分を受け入れず、裁判所に控訴して戦おうとするならば、最も厳格な処分(C降格)は免れない」と通達し、一種の司法取引を持ちかけているともいわれる。

サッカー協会の内部調査に基づき、裁定委員会が開かれるのは6月末。そこで出た処分が確定するのは7月半ばの予定である。絶対的な主犯であるユベントスに加え、フィオレンティーナ、ラツィオにも降格の危険があり、ミランも勝ち点剥奪を受ける可能性がある。ワールドカップと並行して、イタリア国内の動向からも目が離せない。■

(2006年6月9日/初出:『Sports Yeah!』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。