カルチョポリ勃発当時にリアルタイムで書いたテキストその3。当時はわかりやすさを重視して「カルチョ・スキャンダル」という呼び方をすると決め、専らそれを使っていたのでした。今はもう歴史上の出来事になったので、イタリアでの呼び方をそのまま使ってもいいでしょう。

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ここイタリアのスポーツニュースは連日、開幕を目前に控えたアズーリのワールドカップ情報(故障者続出で初戦はレギュラー3人落ちのピンチ)と、5月初めに勃発したカルチョ・スキャンダル関連情報の二本立て興業が続いている。前回はワールドカップの話題を取り上げたので、今回はスキャンダルの話に戻ろう。

ユヴェントスを中心に、サッカー協会首脳、審判部、他の“同盟クラブ”のオーナーや幹部、果てはマスコミの一部にまで広がっていた腐敗が表面化してから1ヶ月あまり、現在の動向は、大きく2つの流れに分けることができる。

ひとつは、ルチャーノ・モッジ(元ユヴェントスGD)をはじめ、腐敗にかかわっていた個人を容疑者として、刑事事件を立件するために捜査を続けている検察当局の動き。もうひとつは、不正行為を行ったクラブと個人に対する処分を下すため、内部調査に取り組み始めた、イタリアサッカー協会(FIGC)調査室の動きである。

前者は刑法に基づく犯罪捜査であり、立件されれば裁判が始まることになる。イタリアの裁判はなかなか前に進まないことで有名だから、一審判決が出るまでに1年や2年はかかかりそうだ。だが後者は、FIGC憲章に基づく内部調査であり、目的は不正行為に対する処分にある。こちらは、決着をつけなければ05-06シーズンの順位が確定せず、したがって新しいシーズンを始めることすらできなくなってしまうので、作業はきわめて迅速に進められなければならない。

UEFAに対して、来シーズンの欧州カップ参加チームリストを提出する期限が7月25日(CLとUEFAカップの抽選が28日)だから、少なくともそれまでには、勝ち点剥奪や降格(クラブ)、資格停止や永久追放(個人)といった一連の処分が、所定の手続きを経た上で確定している必要があるのだ。

このFIGC内部調査と処分に関しては「どうせイタリアのことだから、また適当にお茶を濁してうやむやで終わらせるのではないか」と思われる方も少なくないかもしれない。しかし、ここまでの流れを見る限り、こと今回に限ってはそう甘っちろいことにはなりそうにない。というのも、うやむやで終わらせるよう圧力をかけるべき、サッカー界を牛耳る権力そのものが、このスキャンダルの風圧で、これまでに例のない空洞化状態に陥っているからだ。

サッカー界の権力中枢であるはずのFIGCは、カッラーロ会長、マッツィーニ副会長、ギレッリ事務局長という3首脳が軒並み辞任。カルチョの世界に、その後任を選出して自ら疑惑を解き明かす自浄能力がないことは明白なため、FIGCの運営は現在、上部団体に当たるスポーツ界の総元締め、イタリアオリンピック連盟(CONI=日本の体協に当たる組織)による直接の管理下に置かれている。

CONIが、空席になっている会長職に代わって運営を統括する特別コミッショナーに任命したのは、イタリア独禁法の父と呼ばれる会社法の専門家で、大学教授、証券取引委員長、上院議員などを歴任した75歳のグイド・ロッシ弁護士。サッカーに関してはなんの経験もない素人だが、FIGCが抱えていた構造的な腐敗を一掃し、フェアで透明性のある新たな仕組みとルールを確立する任務を帯びた、ニュートラルな経営管理人には適任の、非常に優秀な人物だと評価されている。

そして、そのロッシ特別コミッショナーが5月23日、内部調査の責任者たる調査室長に任命したのが、フランチェスコ・サヴェリオ・ボッレーリ元検事(75歳)。この人はミラノ検事局長時代の90年代前半、“マーニ・プリーテ”(清潔な手)と呼ばれる大捜査作戦を展開して、イタリア政財界の腐敗を容赦なく摘発、大物政治家を検挙しまくり、戦後50年を牛耳ってきた政治体制をひっくり返したという経歴の持ち主である。圧力に屈するような玉ではないのだ。

ボッレーリ調査室長とそのスタッフは、就任して最初の1週間を、検察から提供された膨大な捜査資料の読み込みと整理に費やした後、今週から関係者からの事情聴取に入っている。予定では1週間あまりでおよそ50人から事情聴取を行う見込み。

「システムとまではいえないにせよ、非常に広い(腐敗の)網があった」というのが、資料の読み込みを終えたボレッリのコメント。問題の全貌は、捜査資料を通じてすでにほぼ把握されているといっていい。

一方、今週から始まった事情聴取は、補完的な位置づけにとどまることになりそうだ。というのも、これまでボレッリとそのスタッフに事情聴取を受けた10人を超える審判とその他の関係者は、「記憶にございません」(これは日本もイタリアも同じ)をはじめとする曖昧な回答、あるいは黙秘に終始しているからだ。現時点では「完全に自供し協力した者はいない」(ボレッリ)という状況が続いている。

内部調査が終わり、調査室がFIGCの裁定委員会に調査結果と処分請求(裁判における検察側求刑にあたる)を提出するのが、6月20日前後。月末には裁定委員会(一審にあたる)が行われ、その判決を受けて被疑者が上告した場合には、今度はCONIのスポーツ裁判所で法廷が開かれ(二審にあたる)、それが最終判決となる。これが遅くとも7月半ば過ぎ。

カレンダー上は、グループリーグの最終戦あたりで「ユヴェントスにB降格の求刑」とかいうニュースが飛び交うことになるわけだ。しかもそこから先はずっと、その判決を巡るすったもんだがアズーリを悩ませることになる。

もっともそれは、イタリアがきっちりGLを勝ち上がればの話。一番の問題はそこなのだが。■

(2006年6月7日/初出:『EL Golazo』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。