カルチョポリ勃発当時にリアルタイムで書いたテキストその2。ここで「クーポラ」と呼ばれている「モッジを中心とする犯罪グループ」(不正行為を目的とする共同謀議グループ)は、刑事裁判の一審、二審、そして先の上告審まで、一貫してその存在が認定されてきました。インテル、ミラン、ラツィオなど他のクラブとユヴェントスの決定的な違いは、FIGC上層部と審判団を巻き込んでシステマティックに影響力を行使していたかどうかという点にあります。

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5月3日の発覚以来、イタリアサッカー界を揺るがせている不正スキャンダルは、毎日のように飛び出していた新事実もそろそろ出尽くして、ルチャーノ・モッジを中心として広がる腐敗の構造の全体像が明らかになったことで、展開がやっと一段落してきた感がある。

驚いたのは、ナポリ検察局の管轄下、“オフサイド”というコードネームで進められていた捜査の膨大な報告書が、この月曜日、大手週刊誌『レスプレッソL’Espresso』の別冊(428ページ二段組)という形で、丸ごと出版されたこと。この捜査報告書、毎日小出しにマスコミに流出していた電話傍受記録の出所だったわけだが、それが丸ごと、個人情報部分を除くとまったく手付かずの“完全版”で公になってしまった。

これは、日本でいうと耐震偽装問題とかライブドア問題とか、そういう現在進行形の事件の捜査記録が流出しているわけで、我々日本人の感覚からすると想像を絶するほどに大胆な話ではある。この件についてコメントを求められた検事は「いずれにせよ証拠として法廷に提出される公の文書だから」と平然と答えていたが。

実際の捜査に当たった国防警察ローマ特捜部隊がまとめたこの報告書が、膨大な電話傍受記録その他を通して明らかにしているのは、モッジが中心となり、「プロサッカーのシステム全体に対する絶対的な支配とコントロールを可能にする地位を確立する目的で、様々な不正行為を行うべく組織された犯罪グループ」の全体像である。

報告書の前文はこう続ける。
「このグループの組織は、脅迫、精神的暴力、そしてあらゆる種類の黙認、沈黙の掟を活用するという戦略によって、直接的かつ継続的な圧力を行使し、FIGCやプロサッカーリーグの長を決める選挙に影響力を及ぼし、また試合の勝敗やリーグ戦の展開を左右するまでの能力を手に入れている。その目的は、手に入れた独占的な権力と経済力を可能な限り長期間にわたって保持し続けることにある」

報告書の中では、「モッジを中心とする犯罪グループ」を示す言葉としてクーポラcupolaという言葉がしばしば使われている。クーポラとは元々、教会などの丸屋根のことだが、マフィアのボスたちによる“執行部”を指す言葉でもある。これは、モッジを中心とするグループがカルチョの世界に及ぼしていた支配の構造は、マフィアが社会に対して及ぼしているそれとよく似通っているということを示唆している。

報告書は、容疑事実ごとに章分けされ、それぞれについてその証拠となる事実(ほとんどは電話傍受記録)が整理されているのだが、この章立てを見るだけで、“クーポラ”がサッカー界の権力中枢(FIGC、レーガ・カルチョ)に始まり、審判、他のプロクラブ、マスコミ、果ては公権力(政界、警察、法曹界など)まで、あらゆるところに権力の網を張り巡らせていたことがわかる。

この中で、最も規模が大きくまた最も直接的な影響をカルチョの世界に及ぼす手段となっていたのが、審判を通じたさまざまな“操作”である。前回も触れたが、モッジは2人の審判指名責任者(ベルガモとパイレット)、そして20人近い主審、副審の抱き込みを通じて、特定のチームに有利/不利なジャッジをはじめ、様々な手口で試合の展開と結果、ひいてはシーズンの展開にまで影響を及ぼす術を手に入れていた。

これらは、ユヴェントスやいくつかの“同盟クラブ”(ラツィオ、メッシーナ、レッジーナ、シエナ)に恩恵をもたらすためだけでなく、当時サッカー界の現状、つまりユーヴェ、ミランによる支配体制に叛旗を翻していた敵対クラブ(フィオレンティーナ、ボローニャ)に不利益を与えるためにも使われていた。

“クーポラ”がどれだけの影響力を行使する力があったかを象徴的に示しているのが、フィオレンティーナをめぐる“操作”である。04-05シーズンのフィオレンティーナは、あからさまに不利な判定を受け続けて深刻な不振に陥り、降格の危機に追い込まれていた。そんなある時、“クーポラ”の一員であるFIGC副会長マッツィーニが仲介に乗り出し、オーナーのデッラ・ヴァッレに“手打ち”を提案する。

マッツィーニ、モッジ、ベルガモと会食の席を持ったデッラ・ヴァッレは「今後カルチョの世界を変えようと試みたりはしない」ことを誓い、屈辱的な形で“クーポラ”の軍門に降ったが、その後は逆に有利な判定の恩恵を受けて、最終戦でギリギリの残留を果たすことになった。電話傍受記録は、このマフィア映画さながらのストーリーを、生々しくドキュメントしている。

それにしても、クリーンなイメージと高潔な振る舞いでカルチョの世界に新風を吹き込むかに見えたデッラ・ヴァッレが、こうした形で“クーポラ”の圧力に屈したというのは、ショッキングな事実だった。これでフィオレンティーナは、試合結果の操作に積極的に関わったとみなされることは避けられず、ユヴェントスやラツィオと同様、セリエB降格を免れることが難しい立場に立たされている。

しかし、それ以上に驚かざるを得ないのは、審判の判定が、これほどまでにあからさまに、試合の展開や結果を左右し得るのだという事実である。“クーポラ”がフィオレンティーナの生殺与奪の権を握っていた、というのは言い過ぎにしても、もしデッラ・ヴァッレがモッジの軍門に降らなければ、降格に追い込まれていた可能性は十分にあった。

そこまでの“操作”が可能なほどに、審判という存在の中立性が損なわれ、カルチョというシステム全体が腐敗していた。捜査報告書には、そのあまりにも明らかな証拠が、これでもかとばかりに詰まっている。

唯一の救いは、サッカー界が徹底的な追求によって膿を出し切らざるを得ないところまで追い込まれているところなのだが、その具体的な話はまた次回ということで。■

(2006年5月24日/初出:『El Golazo』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。