カルチョポリが勃発した2006年当時、リアルタイムで事態の推移を追ったテキストを順次アップして行きます。これはその第一弾。ちなみに先日の上告審判決については、4月12日発売の『footballista』に原稿を書きましたのでそちらもお楽しみに。

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ドイツW杯出場各国の代表メンバー23人が発表になり、一昨日のチャンピオンズリーグ決勝を最後に欧州クラブサッカーのカレンダーも終了して、プラネット・フットボールは全面的にワールドカップモードに突入している。

その中で唯一イタリアだけは、検察当局が行ってきた大々的な電話傍聴作戦によって、カルチョの世界全体を覆う腐敗の構造が明らかになるという、とんでもないスキャンダルが持ち上がり、代表そっちのけで蜂の巣をつついたような大騒ぎが続いている。

すでに日本でも概要は報道されている通り、スキャンダルの主役といえる「悪の帝王」は、ユヴェントスのゼネラル・ディレクター、ルチャーノ・モッジ。以前から「カルチョメルカートの帝王」、「カルチョ界の黒幕」などと呼ばれ、サッカー協会内部や審判団から、中小クラブへの影響力行使まで、グレーな噂が絶えなかった大物である。

問題が発覚したのは5月3日だが、それからの2週間、毎日次々と新事実が明らかになり、問題は拡大する一方である。このスペースでそれをすべて紹介することはとても不可能なので、今回はとりあえず、現時点で見えている全体像だけでも整理しておきたい。

発端は、ユヴェントスのドーピング疑惑を捜査してきたトリノ検察局が、捜査を進める中で、ドーピングとは無関係な新たな容疑、すなわちユヴェントス(モッジ)とイタリアサッカー協会審判部の癒着を示唆する証拠をつかんだことだった。

イタリアサッカー協会(FIGC)審判部の中には、審判部長とは別に審判指名責任者designatoreというポストがあって、セリエA、Bの試合をジャッジする審判グループ(主審30人弱、副審60人弱)の管理・統括を一手に行っている。責任者だから通常はひとりなのだが、99-00シーズンから04-05シーズンまで6年間にわたって、ピエルルイジ・パイレット、パオロ・ベルガモという2人の元審判が共同でこのポストを務めるという奇妙なことになっていた。

トリノ検察局は、2004年の8月から9月にかけて、モッジがこの2人や他の関係者と交わした電話をすべて傍受。その傍受記録の中には、モッジがパイレットに対し、ユヴェントスの試合にどの審判を送るべきかを名指しで要求したり、あるサッカー討論番組の司会者に対し、番組の中で特定の審判に高い評価を与えるよう指示したりしている会話が含まれていた。だが検察は、これらの会話は刑事事件を立件するには証拠として不十分であると判断、結果的には不起訴のまま捜査を終えることになった。

だがこれは、スキャンダルのほんのきっかけに過ぎなかった。5月3日、トリノ検察の捜査記録がマスコミに流出して表に出ると同時に、ナポリ検察局も、まったくの別ルートからモッジの周辺を捜査していたことが明らかになる。こちらは、審判人事への介入と審判への圧力を通じた試合結果の操作、および息子のアレッサンドロ・モッジが会長を務める代理人エージェントGEAを通じた中小クラブへの影響力行使が対象であり、容疑は「スポーツにおける詐欺を目的とする共同謀議」。

スポーツにおける詐欺というのは、「不正な行為を通じてプロスポーツの結果を操作することにより、公正な競争を妨げ不当な利益を得る」ことを指している。これは罰金刑だけでなく懲役刑も適用される立派な刑事犯罪だ。

ナポリ検察局は、2004年11月から2005年6月までの8ヶ月間、モッジの6つの携帯電話の会話をすべて傍受しており、その傍受記録だけでも1万ページに及ぶといわれる。捜査記録そのものもすでに1400ページを超えており、それが毎日のように小出しにマスコミに流出している状況である。その中から出てきた事実は、はっきりいってとんでもないものだ。

・04-05シーズンの審判指名への介入(2人の指名責任者との癒着、影響力行使)
・ユヴェントスに好意的な審判グループの形成とそれに従わない審判の排除(指名責任者を通じた人事への介入)
・ユヴェントスに不利な判定をした審判への報復と脅迫
・TV討論番組司会者やジャーナリストとの癒着を通じた、マスコミの審判評価の操作
・影響下にある審判を使った警告、退場処分による、次節、次々節の対戦相手の戦力削減
・影響下にある審判を使った偏向判定による、友好的なクラブの支援と敵対的なクラブの排除
・FIGC懲罰委員会への介入による出場停止処分の操作
・GEAを通じた代理人市場の独占と中小クラブへの影響力行使

個別事例を具体的に紹介する紙幅がないので、それは次回以降に回すことにするが、これらの結果として、04-05シーズンに、流れや結果が「不正に操作」された試合は、具体的に挙がっているだけでも20試合に及んでおり、今後さらに増える可能性がある。

不正操作に関わったクラブとしては、絶対的な主犯であるユヴェントスに加え、フィオレンティーナ、ラツィオ、ミランの名前が挙がっている。

検察の捜査と並行して、FIGCの懲罰委員会も、刑事罰ではなく協会としての処分を下すべく、当局の協力のもとで内部調査を続けている。不正操作の事実が確定すれば、ユーヴェはスクデット剥奪と降格、フィオレンティーナ、ラツィオにも降格のリスクがあり、ミランは勝ち点剥奪の可能性がある。

したがって、つい先週末に終わったセリエAの順位は、ユヴェントスのスクデットも含め、すべて「暫定」。シーズンが終わった今週は、ナポリ検察による関係者からの事情聴取が連日続いている。

なにしろ材料が膨大な上に現在進行形なので、うまくまとめ切れなかったような気がするが、確かなのは、この問題はこれからひと夏続くだろうということ。今後も引き続き事態の進展を見守りつつ、逐次レポートしていきたい。■

(2006年5月17日/初出:『El Golazo』)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。