今週行われたヨーロッパリーグR32で、イタリア勢5チームがすべてベスト16に勝ち上がるという珍しい出来事(!)がありました。中でも、夏のCLプレーオフでナポリを撃沈したアスレティック・ビルバオを敵地サン・マメスで破ったトリノは大金星です。
とはいえこれが意外な躍進かといえば必ずしもそうではなく、ひとりの監督の下で時間をかけてチームを熟成してきた結果。これは昨シーズンのチームについてのテキストですが、現在までつながる成長のバックグラウンドにも触れているので、そのまま上げておくことにします。
ここからチェルチもインモービレもいなくなったにもかかわらず、今季ELとセリエAを両立させているのは大したもの。そもそもELは、本来出るはずだったパルマが税金未納でUEFAライセンスが取れず、その代わりに出場権が転がり込んだという経緯がありました。今となってはパルマがそのまま出なくて本当に良かったという話です。

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イタリア第4の都市トリノ(人口90万人)を本拠地としてスクデット7回を誇る名門ながら、世界的な知名度と人気を誇るメガクラブ・ユヴェントスの影に隠れて、このところ存在感が薄かったトリノ。しかし、3シーズン過ごしたセリエBから昇格して2年目の今季は、11月から3月半ばまで安定して1ケタ順位を保つという、近年にない好調ぶりを見せている。

前半戦で不振に陥った10~11月と同様、カレンダー的に強豪との対戦が続く後半戦半ばの3月に順位を落としているものの、終盤に盛り返せば93-94シーズン以来20年ぶりとなるセリエA1ケタ順位でのフィニッシュも視野に入ってくる。

その立役者と言えるのが、就任3年目のジャンピエロ・ヴェントゥーラ監督と、ここまでの27試合で合わせて24ゴールを叩き出しているアレッシオ・チェルチ、チーロ・インモービレの強力2トップ。

セリエAでも屈指のドリブル突破力を持ちながら、エキセントリックな性格が災いしてその才能を存分に解き放つ舞台を得られなかった26歳のチェルチは、昨シーズンの右ウイングからよりゴールに近いところでプレーできるセカンドトップにコンバートされて、ゴールへの嗅覚にも目覚めた感がある。

インモービレは、宿敵ユヴェントス育ちで現在も保有権の半分はユーヴェにあるという難しい立場にもかかわらず、ハードワークを苦にしないダイナミックなプレースタイルでサポーターの心を掴み、セリエA2シーズン目で2ケタゴールの大台をクリア、チェルチと並んでA代表に招集を受けるまでになった。

この2トップのスピードとダイナミズムを活かすために、昨シーズンの4-2-4からより重心の低い3-5-2にシステムを切り替え、このチームが以前から持っていたサイドのスペースを効果的に使ったビルドアップやボールポゼッションを重視するスタイルを保ちながらも、攻撃に縦の奥行きを作り出したのがヴェントゥーラ監督だ。

トリノの3-5-2は、左右のインサイドハーフ、そしてウイングバックにも、オフ・ザ・ボールでスペースに走り込んでボールを引き出す走力と質の高いテクニックを備えたプレーヤーを擁しているところが大きな特徴。

ビルドアップの鍵を握るのが、右ダルミアン、左パスクアーレ(前半戦は1月にインテルに移籍したダンブロージオ)という両サイドハーフ。早いタイミングで高めの位置に進出し、最終ラインとレジスタのパス回しからの展開を引き出して攻撃の中継点となる。そこからインサイドハーフ、さらには外に流れてきたFWと絡んだコンビネーションで、崩しの局面に結びつけて行く。

中盤は最終ラインをプロテクトする中央低めにハードワーカーのヴィヴェスを置いて攻守のバランスを確保し、インサイドハーフにはワンツーなどのコンビネーションによる縦の突破が持ち味のファルネルド、高いテクニックと創造性を備えたファンタジスタのエル・カドゥーリと、攻撃的な性格の強いプレーヤーを擁している。

2トップはいずれも前後左右の動きで前線にスペースを作り出すプレーに長けており、敵DFに基準点を与えず周囲とのコンビネーションで作り出したギャップを衝いてフィニッシュを狙っていくという流れが基本だ。

こうした組織的な攻撃のメカニズムをチームに定着させるためには、それなりの時間が必要になる。現在のトリノの好調は、ヴェントゥーラ監督にそれを可能にするだけの時間を与えた、クラブサイドのサポートによるところが少なくない。

今シーズンで就任3年目となるヴェントウーラ監督を支えているのは、スポーツディレクターとしてクラブの強化責任者を務めるジャンルカ・ペトラーキ。選手時代の90年代末にはペルージャで中田英寿のチームメイトだった、あのペトラーキである。

ペトラーキSDとヴェントゥーラ監督という関係は、実を言えば今回のトリノが初めてではない。ペトラーキがSDとしてのキャリアをスタートしたピサ(当時セリエB)で、07-08シーズンにヴェントゥーラを招聘、残留を目標に開幕に臨んだチームでセリエA昇格目前まで迫る大健闘を見せ、大きな注目を集めたことがあるのだ。

この時に導入されたのが、その後バーリ、そしてトリノでも採用されることになる攻撃的な4-2-4システム。そのキープレーヤーが、ウイングとして攻撃を担った当時20歳のチェルチだった。

初めてコンスタントな出場機会を得て2ケタゴールを挙げたこのシーズンは、彼にとってもキャリアの重要な発射台となる。つまるところ、トリノの今回の躍進は、ペトラーキSD、ヴェントゥーラ監督、チェルチという3人が、5年の時を経てトリノで再会を果たしたところが出発点だったというわけだ。

そのペトラーキがトリノのSDに就任したのは09-10シーズン。ほかでもないピサでの手腕が認められての招聘だった。

トリノのオーナーは、2005年、前経営陣の下で破産・消滅の憂き目に遭い、地元政財界の手で再建されたばかりだったトリノを買い取ったウルバーノ・カイロ会長。それからの数シーズンは、すべての権力を自らの手中に収めるワンマン経営を続けたが、監督、選手はおろかスポーツディレクターまでが毎年入れ替わるという迷走が続いて、一度はA昇格を果たしたものの(ザッケローニ監督の下で大黒将志がプレーしたのもこの当時のことだ)結局定着は果たせず、再びBに降格してそのまま低迷するという困難な状況に陥っていた。

ペトラーキは、昇格を狙うはずのチームが降格争いに巻き込まれていた09-10シーズン途中にSDに就任すると、下部リーグから無名選手をかき集めてメンバーを一新、後半戦の巻き返しで昇格争いに絡むところまでチームを建て直す。こうして実績と結果を積み重ねることでカイロ会長の信頼を勝ち取り、強化責任者としての権限も手にして手腕を振るうようになった。

バーリを解任されてフリーだった「同志」ヴェントゥーラ(90年代には監督と選手という関係でもあった)を、満を持して招聘したのが11-12シーズン。現在も主力としてチームを支えるグリク、ダルミアン、バシャなどを擁して就任1年目でA昇格を勝ち取ると、チェルチを呼び寄せた昨シーズンは余裕を持っての残留、そして今シーズンは1ケタ順位を狙う躍進と、チームは着実にその力を積み上げている。

ペトラーキSDに現場を任せ、オーナー会長として経営面のコントロールに専念するようになったカイロ会長も「権限を委譲したことでチームが機能するようになった。現在の体制はベストと言っていい。ペトラーキとヴェントゥーラは今後もプロジェクトの中核だ」と満足を隠さない。

このプロジェクトが順調に続いて行けば、トリノは90年代前半以来20年ぶりにセリエA定着を果たし、中堅クラブとして安定した地歩を築くことができるかもしれない。

100年以上に及ぶ長い歴史をふり返れば、1940年代の伝説的な「グランデ・トリノ」によるスクデット4連覇、70年代に最強を誇ったトラパットーニのユヴェントスとがっぷり四つに組んで勝ち取った75-76シーズンのスクデット、UEFAカップ決勝、コッパ・イタリア優勝などビッグクラブと対等に張り合った90年代前半と、トリノはほぼ常にセリエAでも重要な存在であり続けてきた。90年代後半からの衰退と2005年の破産、そしてその後の長い停滞期を過去のものにして、クラブの「格」に見合った本来あるべき姿に戻ることができるか。今後の数年間が勝負である。□

(2014年3月11日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。