先週木曜日にローマで起こった、フェイエノールトのウルトラスによる破壊行為はひどいものでした。それで思い出したのが、3年前に同じローマで起こった、ローマとラツィオのウルトラス混成部隊によるトッテナムサポ襲撃事件。フェイエノールトのウルトラスには政治的背景はまったくなく、単に暴れたり壊したりしたいだけということのようですが……。

bar

いささか旧聞に属するが、2012年11月22日にローマで行われたELラツィオ対トッテナムの前夜、ローマの中心街にあるパブに集まっていたトッテナムサポーターおよそ20人が暴徒によって襲撃され、1人が重傷、10人が軽傷を負うという事件があった。

事件が起こったのは、ローマ旧市街の中心地にあるカンポ・デ・フィオーリ広場。21日の深夜1時過ぎに、広場に面した著名なパブ「ドランケン・シップ」を、ヘルメットや目出し帽で顔を隠し、鉄パイプ、ナイフ、チェーンなどで武装した暴徒約30人が突如襲撃、ガス弾を店内に投げ込むと2つの入り口から突入して、中にいた人々を奥の一角に追い込み、「これはただの冗談だ」「エブレイ(イタリア語でユダヤ人を指す)の糞野郎」などと叫びながらテーブルや椅子、グラスなど店内にあったあらゆるものを投げつけ、さらに殴る蹴るの暴行をおよそ10分近くにわたって続けた。

店の外にも何人かの見張りが立っており、店から逃げた何人かのイギリス人に暴行、うち1人はナイフで太腿を刺され、頭部も20針を縫うという重傷を負った。店内にいた近隣住民の通報を受けた警官が救急隊とともに到着したのは、通報から20分も経ってから。その時にはすでに暴徒は逃げ去っており、逃走経路には襲撃に使われた武器が散乱していたという。

パブ店主によれば、イングランド人グループはその日の午後からずっと店に居続けていたが、誰ひとりトッテナムのユニフォームやマフラーを身につけていたわけでもなければ、チャントを歌っていたわけでもなく、単にがやがやとビールを飲み続けていただけだという。ただし、昼間に広場を徘徊している時にはチャントを歌って陽気に騒いでおり、おそらくその時点で目をつけられていたものと見られる。

ローマでは以前にも、リヴァプールのサポーターがスタジアムの外でローマウルトラスに襲われ、ナイフで刺される事件が起こっており、イングランド人サポーターが標的になったのはこれが初めてではない。

しかし、サポーターであることを誇示するような挑発的な態度を見せているわけでもない普通のイングランド人のグループを、深夜に、しかも成り行きではなく計画的に襲撃するというのは、今までにはなかったことだ。それだけを取ってみても、この事件が単にウルトラスの暴力やゴール裏間の対立という文脈だけでは捉えきれない特殊性を持っていることがうかがえる。

実際、翌日になって監視カメラの映像などから割り出され、主犯として逮捕されたのは、ラツィオではなくそのライバルであるはずのローマのウルトラス2人だった。そして、襲撃したグループはローマとラツィオのウルトラスの混成部隊であり(ラツィオウルトラスの新興勢力として警察が動向を注視している極右系グループのリーダーも加わっていた)、そこにさらにトッテナムとは骨肉の関係にあるウェストハムのフーリガンまでが加わっていたことも明らかになる。20人に上る容疑者から押収された携帯電話のSMS通話記録から、彼らは事前に連絡を取り合って近くに終結し、そこからパブを目指したこともわかっている。

事件が起こった当初からマスコミレベルで指摘されていたのが、ネオナチ、ネオファシストといった極右勢力が掲げる反ユダヤ主義との関連。よく知られている通り、トッテナムは北ロンドンのユダヤ人が多い地域に本拠地がありユダヤ人サポーターが多いために「ユダヤ人のクラブ」というレッテルを貼られてきた。

ローマとラツィオのゴール裏は、いずれも極右勢力と深いつながりを持つウルトラスのグループが主導権を握っており、しかもかつてのような対立関係にはなく、むしろしばしば共闘体制を取るようになってきている。

2004年のローマダービーで、警官隊に子供が殺されたというデマを流して試合を中断に追い込んだ事件しかり、2007年に起こった警官によるラツィオサポーター射殺事件の当夜に起こした警察署襲撃事件しかり。今回も、反ユダヤという旗印の下で双方のウルトラスが連携し、さらにラツィオウルトラスと友好関係にあるウェストハムのフーリガンまで巻き込んで行動に出た可能性が高いという指摘が出ている。

翌日夜にスタディオ・オリンピコで行われた試合では、ラツィオのゴール裏が「Juden Tottenham」(トッテナムのユダ公)というユダヤ人に対する人種差別的なチャントを繰り返し、さらに「Free Palestina」(パレスチナに自由を)という横断幕を張り出すなど、反ユダヤのメッセージを強く打ち出した。

さらに、この試合の3日後に行われたプレミアリーグのトッテナム対ウェストハムでは、ウェストハムのサポーター席から「Viva Lazio」「Adolf Hitler’s coming to get you」(いずれも翻訳する必要はないだろう)といった露骨なチャント、さらには「Ssssss…」というガス室の口真似が飛び出し、特定されたサポーター5人が逮捕されるという事件も起こっている。

2つのスタジアムで起こった出来事に直接の関連があるというわけではないようだが、反ユダヤという共通項の下に複数のクラブのウルトラス/フーリガンが国境を越えて連携し始めているという事実は、軽視するべきではないだろう。

実はローマには、イタリア最大のユダヤ人コミュニティがある。その長であるリッカルド・パチフィチは、次のように警告している。

「この事件の背後には、ギリシャの『黄金の夜明け』(今年5月の選挙で国政に進出した極右政党。パナシナイコスのウルトラスと深いつながりがある)の例に倣って、現在分裂・分散しているイタリアの極右勢力をひとつの政治勢力に糾合しようという動きがある。この襲撃を誰が主導したのか、どのようなメカニズムで動いていたのかに注目する必要がある」

ヨーロッパ各国では近年、深刻化する経済危機や失業率の上昇による社会不安から、外国人排斥や反ユダヤ主義を唱える極右勢力がますます力を増しているという現状がある。イタリアやギリシャ、東欧諸国などでは、ゴール裏のウルトラスがその実行部隊として取り込まれているケースも少なくない。

地元紙の報道では、ほかでもないパナシナイコスのウルトラス幹部がローマで目撃されたという話も出ている。もしそうだとすれば、今回の襲撃事件は偶発的なものではなく、その背後にはもっと大きな動きが存在している可能性もあるということになる。

そのメカニズムがどのようなものなのかは、現時点では明らかになっていない。しかし、襲撃を受けたトッテナムサポーターは「ユダヤ人のクラブ」を応援しているというだけで彼ら自身がユダヤ系ではないし、そもそも一見しただけでそんなことがわかるわけもない。だとすれば、この襲撃が「ユダ公に制裁を加える」という象徴的な意味を持つ極右勢力の示威行為として行われたと考えた方が筋が通る。その背後にある動きがどれだけ大きな広がりを持っているのかは、気になるところである。□

(2012年12月15日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By admin

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。