アジアカップで日本が敗退してしまったので、セリエAでプレーしている本田、長友のクラブ復帰も10日近く早まることになりました。その本田さんが毎日通っているミランのトレーニングセンター「ミラネッロ」を紹介したテキストです。8年前に書いたものですが、今も大筋は当時から変わっていません。変わったのはプリマヴェーラの監督(今シーズンはクリスティアン・ブロッキ)、ミランラボの責任者(メールセマン、デミケリスはもういない)、そして記者会見が試合前日のみになり、マスコミに対する入場規制が厳しくなって、プレスルームや共用スペースも会見の前後1時間くらいしか使わせてもらえなくなったところでしょうか。

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ACミランが毎日の練習を行っているトレーニング施設が、「チェントロ・スポルティーヴォ・ミラネッロ」(ミラネッロ・スポーツセンター)だ。

ミラネッロがあるのは、ミラノから北北西に約50kmほど離れた、ヴァレーゼ県カルナーゴ村。アルプスに近い丘陵地帯、標高350mほどの森の中にある12ヘクタールという広大な敷地には、練習用のピッチや雨天練習場に加えて、ロッカールーム、トレーニングジム、プール、メディカルセンターなどのトレーニング施設が集まったスポーツ施設棟、レストランや会議室、そしてチーム用の宿泊施設を備えた小規模ホテル並みのクラブハウスまで、トップチームの活動に関するすべてが集中している。

Jビレッジをやや小振りにしたような総合スポーツトレーニング施設を、クラブが単独で持っているようなもの、と考えてもらえると、どんなところかイメージしやすいかもしれない。

この施設ができたのは1963年。いまから44年も前のことだ。当時の日本はまだプロリーグどころか、シーズン制のリーグ戦そのものすら存在しておらず、トップレベルの実業団チームでも、週2、3回しか練習をしていなかった。そんな時代にイタリアではすでに、ひとつのクラブが専用の宿泊施設まで備えたトレーニングセンターを作っていたのだから、驚いてしまう。

ミラノからミラネッロまでは、高速道路を使って車で30分強かかる。公共交通機関は通っておらず、アクセスには車を使わなければならない。決して近いとも便利ともいえない場所にこの施設が作られたのは、大都市の喧騒から離れて、豊かな自然の中でトレーニングに専念できる環境を選手たちに提供するためだった。

ミランの選手たちは、練習のために毎日通って来ることはもちろん、ホームゲームの前日は全員がここに宿泊するし、プレシーズンのキャンプもここで合宿を行う。ミラネッロは、自宅よりもずっと長い時間を過ごす、「第二の家」のような場所なのだ。

セキュリティ上の問題もあって、ミラネッロは敷地全てがフェンスで囲まれており、部外者は立ち入り禁止。サポーターに開かれた施設ではなく、練習の見学も原則として認められていない。

このあたりは、練習の見学が可能でサポーター用の観客席も用意しているライバルのインテルとは対照的だ。ファンの立場からすると、少々閉鎖的に過ぎるような気もするが、選手の立場を第一に考え、快適でストレスの少ない最高の環境を提供するというのがミランの考え方である以上、仕方ない部分もある。
 
それでは以下、ミラネッロの施設を具体的に紹介して行こう。

ミラネッロの敷地内には、大きな建物が2つある。そのひとつが、正門をくぐってすぐの場所にあるクラブハウスだ。ちょっと山小屋を思い出させる2階建ての建物は、記者会見が行われるプレスルーム、会議室、ロビー、レストラン、ビリヤードルームといった共用スペースと、全部で20室あまりの宿泊スペースとに分かれている。山や高原にある小さな田舎風のホテルを想像してもらえばいいかもしれない。

共用スペースは、取材に訪れた記者や来客など、ミラネッロへの入場が許された部外者も自由に使うことができる。

試合がない通常の練習日には、通常午後1時半から30分ほど、プレスルームで記者会見が開かれる。チャンピオンズリーグの前日には監督と選手の計2人並んで出席するが、それ以外は1日ひとりが原則。セリエAの試合前日にはアンチェロッティ監督が会見を行い、そのほかの日には選手が出てきて記者団の質問に答える。毎日の新聞に載るインタビューは、この記者会見での発言がもとになっていることが多い。

レストランは、単なるセルフサービスの食堂ではなく、注文を取り食事を運んでくれるボーイさんが3人もいる、本格的なレストランだ。内部のスペースは、監督、選手などトップチーム関係者専用の部屋と、来客者も使える共用の部屋、ふたつに分かれており、選手がリラックスして食事できるよう配慮されている。

大きな厨房には専属のコックさんが常駐しており、毎日メニューの違う昼食と夕食が用意されている。メニューはもちろんイタリア料理で、スポーツ栄養学に基づいて組み立てられている。メニューの中心は、炭水化物をとるのに最適のパスタ、良質なたんぱく質が多く脂肪が少ない鳥肉や仔牛肉、そしてたくさんの野菜だ。健康にいいとは言えないインスタント食品やレトルト食品はいっさい使われていない。

宿泊スペースは原則として部外者立ち入り禁止だが、筆者は特別に見せてもらったことがある。部屋はシンプルで質素な作りで、高級ホテルというよりは三つ星クラスの清潔な中級ホテルという感じ。ホームゲーム前日の宿泊はもちろん、普段も選手たちが自分の部屋として使っている。ほとんどの選手には個室が割り当てられているが、カカとディガオ(兄弟)、ジダとセルジーニョ(ブラジル人同士仲がいい)、ネスタとピルロ(プレステ仲間)の3組だけは、2人で1部屋を共有している。
 
このクラブハウスから、正門と反対側に出ると、その向こう側にはいくつものピッチを含む練習場が広がっている。

練習場の主役(?)であるピッチは、フルサイズ(105m×68m)の天然芝だけで6面も用意されている。これは、同じピッチを毎日使うことによって芝が傷むのを避けるためだ。

6面のうち、フェンスの外から見学することができるピッチは1面しかないが、ここは主にプリマヴェーラ(U-19のユースチーム。監督は元ミランDFのフィリッポ・ガッリ)が使用しており、トップチームは敷地の中央、林の中にあるピッチを使うことが多い。セットプレーの練習やまだ実戦では使っていない新しい戦術練習など、部外者に見られたくない練習メニューも多いこと、外部の目を気にせずリラックスした雰囲気で練習するのが望ましいというアンチェロッティ監督の方針があることなどがその理由だ。

ファンサービスのことはほとんど考えられていない作りだが、ファンサービスは毎週2試合(セリエAとチャンピオンズリーグ、あるいはコッパ・イタリア)を戦うスタジアムでのプレーを通じて、というのが、ミランの基本姿勢というわけ。

フルサイズ6面の他にも、ミニサイズ(35m×30m)の人工芝が1面、雨天練習場(42m×24m)が1面、さらに「ガッビア」(鳥かご)と呼ばれる、周囲を高さ2m30cmの板で囲み、頭上も金網で覆った40m×25mのコートがある。この「ガッビア」の中でプレーすると、ボールがコートから飛び出すことがなく、常にオンプレーの状態になるため、持久力、集中力、プレースピードなどを高めるのに役立つ。3分も続けるとへとへとになるそうだ。

敷地となっている森の中には、アップダウンのある全長1200mのクロスカントリーコースも設置されており、プレシーズンの持久力トレーニングなどに使われている。
 

クラブハウスのすぐ目の前にある陸上トラックつきのピッチを挟んだ向こう側、ミラネッロの広い敷地の中央にあるのが、もうひとつの建物であるスポーツ施設棟だ。クラブハウスが、ピッチを離れて普段着で過ごす時間のための場所だとすれば、こちらはトレーニングウェアに着替えて練習に取り組むための場所だ。

クラブハウスと同じようなロッジ風の作りだが、こちらは1階建て。中には、2チーム分の広々としたロッカールーム、フィジカルトレーニング用のトレーニングジム、マッサージ室とメディカルルーム、リハビリ専用のプールなどがあり、さらに地下部分には、ミランが誇る総合的なコンディション管理のためのセンター「ミランラボ」がある。

ミランの選手たちにとって、毎日のトレーニングは、クラブハウスからロッカールームのあるスポーツ施設棟まで、200mほどの道のりを歩いて行くところから始まる。ロッカールームで私服からトレーニングウェアに着替え、練習開始に向けてマッサージを受けたりストレッチをしたり、ウォーミングアップをしたり。早い選手は練習が始まる2時間近く前からロッカールームに入り、準備を始めている。

ロッカールームに隣接するトレーニングジムには、トレーニング機器のトップブランドであるテクノジム社の最新鋭マシンが揃っている。ジムの中央には、あとで詳しく見る「ミランラボ」のコンピュータとつながったディスプレイが設置されており、各選手が自分のために用意されたキー(ジムの壁にかかっている)を入れると、各自がその日にこなすべき筋力トレーニングのメニューが画面に表示される仕組みだ。トレーニングメニューは、必要ならばプリンターを使って紙に打ち出すこともできる。

こうした各自のトレーニングメニューも含めて、選手一人ひとりのフィジカル(身体的)/メディカル(医学的)/メンタル(心理的)なコンディションを総合的に管理するためのセンターが、ロッカールームの地下にある「ミランラボ」だ。

ミランラボの運営は、フィジカルコーチのダニエレ・トニャッチーニ、チームドクターのジャンピエール・メーセルマン、スポーツ心理学者のブルーノ・ディミケリスという、3つの分野のエキスパートが共同で行っている。

ミランのように、シーズンを通して毎週2試合ずつ、年間50試合以上というハードスケジュールをこなさなければならない欧州トップレベルのチームにとっては、選手のコンディション管理が何よりも重要な課題だ。カカやピルロのようにスーパーな能力を持った選手も、疲労がたまっていたり、小さな故障を抱えていたり、心理的なプレッシャーを感じていたりすれば、持てる力を100%発揮することは難しい。ミランラボは、上に挙げた3つの分野から定期的に選手の状況をモニターし、先回りして必要な対応を取ることによって、選手のパフォーマンスの低下や故障を未然に防ぎ、安定したコンディションを保つことを目的としている。

メディカル(医学的)な観点からいうと、毎週1回の血液検査によって、血中の乳酸やアンモニアの濃度、血球の組成などをチェックし、体調や蓄積疲労の度合いを常時モニターしている。これによって、疲労が目立つ選手はメンバーから外して休ませたり、疲労回復のための特別なトレーニングメニューをこなすなど、コンディションを落とさないための予防措置を取ることが可能になっている。

フィジカル(身体的)な観点からも、毎週必ず各種の運動能力テストを行ってパフォーマンスが落ちていないかどうかをチェックしている。テストの結果に応じて必要な筋力トレーニングのメニューを組み、それをこなすことによって、フィジカル能力の向上を図るという仕組みだ。

ミランラボの最大の特徴は、フィジカル、メディカルに加えて、メンタル(心理的)な側面も含めた総合的なコンディション管理が行われているところだろう。センターの中には「マインドルーム」と呼ばれる部屋があり、試合の映像を通して自分のプレーを見ながら脳波や心拍数といったデータを取ったり、うまく行ったプレーを繰り返し見ることでポジティブなイメージを高めるといった心理マネジメントが行われている。
 
最後につけ加えれば、ここまで見てきたことからもわかるように、ミラネッロはトップチーム専用に作られた施設だ。下部組織の中でミラネッロを使用しているのは、ユースカテゴリーの中で最も年長のプリマヴェーラ(U-19)のみ。ベレッティ(U-18)からプルチーニ(U-8)までのユースセクション8チームは、ミラノ市内にある「チェントロ・スポルティーヴォ・ヴィスマーラ」(ヴィスマーラ・スポーツセンター)で練習を行っている。

ミランの下部組織は、イタリアの中でも10本の指に入るレベルにあり、少なくないセリエAプレーヤーを生み出している。だが、ほぼ全員がミランではなく他の中小チームを活躍の舞台にしているのが現実だ。

ミランのように、世界でもトップレベルのチームになると、ユースから直接トップチームに上がってプレーできる選手は、10年に1人出ればいい方。現在のメンバーでユースから昇格した選手は、20年以上前にセリエAにデビューしたキャプテンのマルディーニただ1人。その後も、コスタクルタ、アルベルティーニ、ココなど、ユース出身の選手は指折り数えるほどしか生まれていない。

ミラネッロという素晴らしい施設でトレーニングすることを許されているのは、世界でもわずか20数人。本当のスーパーエリートだけに許された特権なのである。■

(2006年11月19日/初出:『中学サッカー小僧』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。