冬の移籍マーケットもたけなわ。今シーズン一杯で契約満了を迎えるプレーヤーが、契約を延長するしないという話がマスコミを賑わせることも多くなってきています。今はミランのキャプテンとなったリッカルド・モントリーヴォも、3年前にフィオレンティーナとの契約を延長しないという選択をして、移籍金ゼロでミランに移籍したという経緯がありました。それに関するテキスト。

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9月21日にフィレンツェで行われたフィオレンティーナ対パルマ、試合開始前の選手紹介であるプレーヤーの名前が呼ばれると、スタジアムは強烈なブーイングの口笛に包まれた。スタンドを埋めたヴィオラサポーターのターゲットになったのは相手チームの選手ではない。フィオレンティーナの中盤を支える主力中の主力であり、イタリア代表でも不動のレギュラーとなったリッカルド・モントリーヴォである。試合が始まってからも彼がボールに触るたびに降り注ぐ口笛は、何度か質の高いパスで好機を作り出すなど説得力のあるプレーを見せつけるまで、止むことはなかった。

昨シーズンまではキャプテンマークを腕に巻き、チームの顔と言うべき存在だったモントリーヴォが一転、サポーターから厳しく敵視されることになったのは、この4日前に持たれたクラブとの話し合いで、来年6月で切れる契約の更新を拒否するという最終的な意思をオーナーのアンドレア・デッラ・ヴァッレに伝え、今シーズン限りでフィレンツェを去ることが確実になったからだ。

このパルマ戦はそれ以来初めてのホームゲーム。サポーターが、愛するヴィオラに対する忠誠を放棄した「裏切り者」に激しい怒りをぶつけたのは、ある意味では当然のことだった。

2年近く前からクラブが提示していた更新のオファーに対して回答を引き延ばしてきたモントリーヴォが、サインしないという決心を初めて明言したのは、昨シーズン閉幕直後の5月23日のこと。「他のクラブとの合意があるわけではない。僕はヴィオラのシャツを愛している。しかし、数年前と比べて何かが変わってしまった。チームを取り巻く空気、デッラ・ヴァッレ家(オーナー)のクラブとの距離……。フィオレンティーナの未来に対して疑いを抱かざるを得ない。いずれにしても、もしクラブが契約満了までヴィオラに残れと言うならば、喜んで残りたい。僕の側に問題はない」というのが、その時のコメントだった。

言うまでもないことだが、主力選手が契約満了でチームを去るというのは、クラブの側からすれば最悪の事態である。戦力的な損失を被るばかりか、本来ならば手に入るべき移籍金(モントリーヴォクラスになれば適正価格は1000万ユーロ単位)もゼロになってしまうのだから。

それゆえクラブは、文字通りあらゆる手段を使ってこの事態を避けようとするものだ。契約の残余期間が1年になると翌夏の満了を見越して移籍金の相場(市場価格)が下がってくるから、そうなる前に契約を更新することが目標になる。選手がそれに応じない場合には、出場機会を剥奪したり練習でも差別的な扱いをするなど、不当労働行為ギリギリの手段に訴えて更新を受け入れさせようとするケースも少なくない。

2年前の09-10シーズン、ラツィオが契約更新を拒んだゴラン・パンデフとクリスチャン・レデスマを「飼い殺し」にして、レーガ・カルチョの調停委員会が仲裁に入った事件はその典型的な一例である。この時には、契約満了まで1年を切っていたパンデフが即時の契約解消を勝ち取ったのに対し、翌シーズン末まで契約を残していたレデスマの同じ要求は認められなかった。

選手の側が契約の更新を拒否する場合、その裏ではすでに他のクラブとよりいい条件で満了後の移籍について合意ができ上がっているケースも少なくない。ルール上では、選手が所属クラブ以外のクラブと移籍交渉を持つことができるのは契約期間が残り6ヶ月を切った時点(満了するシーズンの1月)からだが、実際にはそれよりもずっと早いタイミングから、代理人が先を見越して売り込みに動いているというのが現実だ。実際、レデスマとパンデフの場合も、すでにインテルとの間で事実上の合意が成立しており、それを盾に取っての延長拒否だった。

主力選手に契約満了で「タダ逃げ」されるというのは、人件費に限りがありサラリーキャップを設定せざるを得ない中堅以下のクラブにとっては、避けることのできないリスクである。これにどのように対応するかは、どのクラブにとっても重要かつ深刻な問題だ。

ウディネーゼのように、経営の基本戦略として「発掘・育成・売却」のサイクルを確立しているクラブは、一部のベテランを除く若手、中堅の全選手に対し、満了2年前までに契約を更新するよう義務づけている。それによって「タダ逃げ」のリスクを回避し、その代わりピッチ上での結果に応じてビッグクラブへのステップアップを保証するという、明確なノウハウを持っている。今夏手放したサンチェス、インラー、サパタは、合わせて5000万ユーロを超える移籍金をクラブにもたらし、選手自身もウディネーゼ時代の数倍の給料で格上クラブへのステップアップを果たした。ここでは、クラブ、選手共にハッピーという、いわゆるWIN-WINの図式が成立している。

微妙なのは、フィオレンティーナやナポリのような、ビッグクラブの一歩手前にいて、このまま戦力を強化(あるいは熟成)すれば列強の仲間入りも不可能ではないというクラブである。チームを支える主力選手に対して、国内外のビッグクラブから常に獲得の手が伸びてくる。タイミング良く高値で手放せば経済的利益が手に入るが、それを移籍市場に投じても戦力的な穴が埋まるかどうかは保証されていない。かといって、契約を延長して引き留めようにも、ビッグクラブがオファーするような高給を保証することは困難だ。サポーターはそれを強く要求するが、人件費が膨らめば待っているのは財政の悪化、下手をすると経営破綻である。

フィオレンティーナが直面しているのは、まさにそのジレンマだ。プランデッリ(現イタリア代表監督)の下、将来性を見込んだ若手を積極的に補強、「2010年にスクデットを争えるクラブを目指す」と明言して目先の勝利よりも将来を見据えた野心的なチーム作りを掲げたのが2007年のこと。その後の数年間はコンスタントにEL出場権を確保し、CLにも進出してベスト16まで勝ち進んだ。しかし、さらなる飛躍を目指した09-10シーズンは11位という惨状に終わる。獲得した若手の中で主力を担うまでに成長したのはモントリーヴォとヨヴェティッチくらいで、チームは高齢化が進み、競争力はむしろ低下傾向にあるのが現実だ。

2002年夏の破産直後にセリエC2から再出発したクラブを買い取りここまで率いてきたオーナーのデッラ・ヴァッレ兄弟も、ビッグクラブに成長するための切り札と目論んでいた新スタジアム&複合施設構想「チッタデッラ・ヴィオラ」があえなく頓挫し(とはいえ、市内の一等地にある広大な差し押さえ物件をタダ同然で、しかも競売の手続きも経ずに手に入れるという虫の良過ぎる手続きが前提だったので、客観的に見れば当然の結果)、本業のファッションブランドにとっても旨味の大きなビジネスプランが崩れてしまったこともあり、フィオレンティーナへの情熱は一時と比べると明らかに冷めてきている。リーダーとしてチームを率いるべき立場にあるはずのモントリーヴォがそれを敏感に感じ取り、キャリアのピークを迎える20代終盤を、より高い年俸とよりハイレベルな活躍の舞台を用意してくれるビッグクラブで送りたいと考えるのも、当然といえば当然の話だ。

ちなみに現在の年俸は160万ユーロ、契約更新で提示されていたそれは220万ユーロ。一方、代理人のジョヴァンニ・ブランキーニはすでに、ミランとの間で年俸300万ユーロの4年契約に合意しているとも伝えられている。モントリーヴォ本人は「他のクラブと合意があるわけではない」と語っているが、合意を公に認めればルール違反になるので、こう言う以外にはない。

フィオレンティーナは、モントリーヴォの更新拒否宣言を受けた今夏の移籍マーケットで1000万ユーロという値札をつけ、せめて戦力としての価値に見合った利ざやを確保しようと試みた。しかし、1年後に移籍金ゼロで獲得できる選手にそれだけの大金を費やそうというクラブは、イタリアはもちろん国外にも存在しない。こうして残留が確定した9月に入り、デッラ・ヴァッレは最後の説得を試みたが、その会談も物別れに終わって冒頭のパルマ戦を迎えたというわけだ。

会談の翌日、クラブの経営トップであるマリオ・コニーニ会長は次のように語った。「彼は、契約を更新する意思はない、より重要なクラブを舞台に勝利を掴みたい、フィオレンティーナというプロジェクトをもう信じてはいないと明言した。そう言った時点でもはや彼は、フィオレンティーナにふさわしい選手でもなければ、フィオレンティーナの選手でもない。しかし、彼をプレーさせるかどうかはミハイロヴィッチに委ねられる。監督に対してクラブはいかなる圧力もかけることはない。これはフィオレンティーナがフェアでモダンなクラブであることを示している」

契約満了による移籍の自由が認められている以上、クラブが選手に圧力をかけ契約更新を強要するのは、明らかに不当な行為である。しかし、実際にはそれがしばしば行われているというのがイタリアの現実だ。それどころかクラブサイドは、統一契約書をめぐる労働協約の更新にあたって、「別メニュー練習の許容」という条項(クラブの意向に反する選手への懲罰や報復の武器になり得る)を付け加えることで、選手に対する支配力を強めようという姿勢を打ち出している。これが選手組合による今シーズン開幕戦ボイコット(ストライキ)の直接の原因となったことは既報の通りだ。

それと比べれば今回のフィオレンティーナの態度はなかなか潔いものだと言える。しかしよく考えてみれば、イングランド、ドイツ、オランダといったゲルマン=アングロサクソン系の国々においては、選手が契約を更新せず満了を待ってフリートランスファーで移籍するというのは、ごく普通のことである。契約更新を拒否する選手をクラブが飼い殺しにしたり、サポーターが敵視してブーイングの嵐で迎えたりという話は聞いたことがない。バラックのような絶対的な主力が契約を更新せずチームを去ることになっても、バイエルンの首脳陣は泰然としたものだった。選手とクラブ、選手とサポーターの関係はずっとドライでビジネスライクで、契約社会という言葉がぴったり来る感じがする。このあたりは文化の違いだとしか言いようがないが……。

実は今イタリアには、モントリーヴォに加えてもう1人、契約を更新しないまま最終年を迎えている代表クラスの大物がいる。トッティと並ぶローマのシンボル、ダニエレ・デ・ロッシである。レアル・マドリーやマンU、マンCが、800万ユーロクラスの超高額年俸を用意して獲得を狙っているといわれるが、ローマがオファーできる年俸は550万ユーロまで。当面の間、モントリーヴォに続くメロドラマの主人公になることは間違いない。■

(2011年9月23日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。